氷ダンジョンへ入る前に……。前編
健康診断の結果を握り締めて精密検査を受けに行きました。
結果。
問題なかった模様。
気になる点があると念の為チェックするのですよー、という返答でした。
いろいろと考え過ぎてしまい本人の想定より落ち込んでいたんだなぁと、結果を聞いた気分の浮上加減に苦笑しました。
時間をかけた朝食を終えて、カーテシーを残したヴェローニカが静かに部屋を辞した。
教会と孤児院の一件は一段落ついたので、しばし様子見とする。
手配した物件を上手く回せるかとか、仕事は頑張れているか、新しく増員されたシスターや職員に問題はないかとか。
時間が経過しないと判断できないからだ。
「アリッサが気にするから、まだこの街には滞在しないとだよねー」
「そうなるとやはり、氷ダンジョンの攻略に勤しむかえ?」
「ええ、そうしたいわ! 氷ダンジョン、本当に楽しみだもの」
「ほほほ。奥方は食に関しては妥協を許さぬのぅ」
「この世界の食環境が充実してまいりましたが、新しい風は常に吹いてほしいものです。ランディーニも常日頃言っているじゃありませんか?」
全てが完璧に思えるノワールも、ランディーニへの当たりだけが強い。
ランディーニもそれがコミュニケーションと思っている節があるので、介入するつもりはないが、ノワールの口調が鋭くなる度にドキドキしてしまう。
「ノワールはその辺りにしておけ。奥方がはらはらされておるぞ。己の感情より主人を慮れ。ランディーニもだ。奥方に甘えるな。氷ダンジョンなら装備はしっかりせねばなるまい。皆はどう考えておるのだ?」
容赦ないペーシュの言葉にノワールとランディーニが撃沈する。
珍しい。
図星だったのだろう。
私としてはそこまで感情を殺して仕える必要はないと考えているのだが。
彩絲と雪華も一緒に反省しているようなので、問題だったらしい。
「……大変申し訳ございません、主様。以降ランディーニへの対応を改めます」
「うむ。我もすまなかったの。奥方に甘えすぎた。以降ノワールへの対応が素っ気なく感じるかもしれないが、許容してくれると有り難いのじゃが……」
「うーん。あまり無理してほしくないのだけど……今後気になるようなら私も口に出すことにするわ」
「そうだな。奥方も寛容が過ぎる。御方も心配されるだろう」
『一線を越えたら警告は入れるつもりでしたよ?』
あら、夫も気にしていたらしい。
相性が悪い相手が多かった自分としては、仕事さえきっちりしてくれれば問題ないと思っていたのだけれど、そうではなかったようだ。
「御方が心配なさる不敬? になるのか、これは。ま、少し反省していればいい。奥方の氷ダンジョン装備は我が整えるから」
「よろしくお願いします」
「ああ。基本は雪山登山装備と同程度と考えてくれればいいぞ」
「なるほど」
落ち込んでいる四人が気になったが、そっとしておこうと決める。
考えを整理する時間が必要だろう。
「我としてはこんな感じだな。御方も意見をくれ」
『了解しました』
ペーシュが床の上に装備一式を出してくれる。
洋服はトルソーにセットされていた。
「え?」
「ふふん。いい出来だろう?」
『一体贈っていただきたいですね』
そう、そのトルソーは俗にいわれるリアル全身マネキンで、私にそっくりだった。
「そんなに気に入ったならこっちの服でも着せて送ってやろう。あとで好みの服を教えてくれ」
『恩に着ます』
何のやり取りをしているのだろう?
……と突っ込みを入れたい気持ちを抑えて、自分にそっくりなマネキンからゴーグルを外す。
目元も瓜二つだ。
思わず瞬きをするかな? と数秒ほど凝視してしまった。
「瞬きはしないぞー。せっかくだから鑑定でもしながら確認しとけ」
ペーシュが呆れた声で教えてくれるが、誰も見ていない所できっと瞬きをすると思ってしまう。
せっかくなのでゴーグルから確認してみた。
ゴーグル
全天候対応のピンクレンズ
ダブルレンズ
可視光線透過率 自動調節機能付
スキンフィット
UVカット100%
完全曇り止め
超軽量
眼鏡の上からでも装備可能
……向こうの世界のお品かしら?
鑑定表示がそうとしか思えない表現になっている。
「いや。こっち産だぞ。当然のダンジョンドロップ品だな。優秀なドワーフが作れば同レベルの物ができるだろうが、ゴーグル作りを得意にするドワーフが少ないから難しいぞ。鑑定結果が面白いのは奥方だからだろうよ」
「面白いって……」
「面白いだろう? ま、信頼できない相手に結果は言わないことだな。トラブル回避のためにも」
「了解です」
ところどころ不穏な表現をするが、夫との仲も悪くなさそうだし、もっと信頼すべきなのだろうが、イマヒトツ不信感が拭えない。
「はははは。それでいいさ。そのうち我にも慣れるだろう」
容赦なく感情を読み取られる。
少しは控えてくれると嬉しいのだけれど。
「無理だなぁ。我も早く奥方を理解しようと必死なんだ」
くくっつと悪役めいて笑われる。
見た目は本当に、美味しそうな桃にも見えるんだけどね。
「ほらほら、続けて鑑定しないとだろう? まだ装備はあるんだ」
「……はーい」
不満そうに返事をすれば伸びてきた触手が頭を撫でる。
不快感が微塵もないのには自分でも驚いた。
次に鑑定したのは帽子。
ふわもこキャップ
カラー やわらかいピンク色
上部分はシープウルフの毛でおしゃれに編み込まれている。
耳当て部分はスノーパンサーでしっかりと顎までフォロー。
ずれ防止機能付
保温性、吸湿性効果が高く、蒸れにくい。
防寒効果抜群
スキンフィット
デザインが可愛らしい。
そして肌触りが気持ち良い。
シープウルフ部分もスノーパンサー部分も触り心地は異なるのだが、どちらもすべすべと表現するのが正しそうだ。
「デザインも可愛いだろう? シープウルフもスノーパンサーも希少獣だから、王族が使用するレベルの品だ」
「……他の冒険者に目をつけられるんじゃないのかしら?」
「つけられるのは今更だろう。それに我を含め守護者は多いのだ。問題はない」
きっぱりと言われてしまった。
可愛い服を着るのと身の安全なら後者を優先したいけれど、どちらも安心すればいいと断言されてしまえば私に反対する言葉はない。
口の端をちょっとだけ上げてから次のアイテムに移る。
メリノンウールシャツ(ベースレイヤー)
カラー くすんだピンク
長袖でお腹もすっぽり隠れるラウンドネックタイプ
メリノウールのこちら版
効果もメリノウールと同様
保温性、通気性、防臭力が高い。
おぉ、メリノウール。
若干高めのお値段だけど、一度着てしまうとクローゼットに何枚か入れておきたい素材だ。
こちらにもあるなら、ルームウェアに欲しいかも。
「ゆったりデザインのワンピースが何種類かあるから使ってみるか?」
「是非!」
あるらしい。
さすがはペーシュ。
さすペー。
「さすペーはやめてくれ。何だかこう……間抜けだ」
「はーい」
次はミッドレイヤーかな? と思いつつ鑑定。
タートルネックジャケット(ミッドレイヤー)
カラー くすんだピンクに桜の花びら刺繍
左右にハンドポケット
左胸ポケット
速乾性、吸汗拡散性、保温性が高い。
重ね着してももたつかない薄さ。
超軽量
この手の装備で可愛らしい物は珍しい。
花の刺繍つきは向こうでもなさそうだ。
「可愛いは正義だろ?」
ペーシュがドヤ顔で言うので、大きく頷いておいた。
今度はアウターレイヤーですね? と確信しつつ鑑定。
ハードシェル フード付
カラー 汚れが目立ちにくいピンク
左右にハンドポケット
左右に胸ポケット
隠しポケット四つ
雨雪も安心の撥水性
速乾性、保温性が高い。
動きに支障を来さない薄さ。
超軽量
汚れが目立ちにくいピンクって? と首を傾げるも、確かにピンクベージュは他のピンクより汚れが目立たないのかもしれないと納得。
そもそも汚れたら誰かが即座に綺麗にしてくれそうだし、汚れるような状況にならないだろう気もした。
しかしポケットが多いなぁ……。
友人たちと久しぶりの食事会が行われるのですが、友人の一人が会社の福利厚生で、行くお店のドリンクサービスが受けられるよー、と連絡をくれました。
会社の福利厚生っていろいろありますが、一番有り難いのは健康診断だよねーと日々思っています。
家族も安価で受診できるっていうあれです。
次回は、氷ダンジョンに入る前に……。後編(仮)の予定です。
お読みいただいてありがとうございました。
引き続きよろしくお願いいたします。




