教会と孤児院に関する後日談。前編
母がからガンで入院中と連絡が来て飛び上がりました。
既に退院して術後の経過も良好なのですが、本当に驚きましたよ……。
断罪とは消耗するものだ。
何処までも平静を保っていたかに見えたクレメンティーネが疲れた眼差しで、〆の挨拶を告げるとその場に崩れ落ちた。
「ティーネっ! 最愛様、大変申し訳ございませんが、妻が心配です。あとはお任せしてもよろしゅうございましょうか?」
軽々と姫抱っこでクレメンティーネを抱き上げたエックハルトが、蒼白な顔色で尋ねてきた。
「了解しました。早く奥方様を安静な状態に……」
「重ねて申し訳ございません。御前失礼いたします!」
それでも丁寧に腰を折って頭を下げたエックハルトが、心配そうな眼差しでクレメンティーネを抱えたまま、足早に退出する。
「……と言われても、既に罪人たちは収監されたから、普通に解散でいいかしら?」
私はイグナーツを見詰める。
「はい。説明や質問は私が受けつけますので、最愛様も退出をなさってくださいませ。お疲れでございましょう?」
イグナーツの言葉に私は苦笑で返した。
こちらの世界に来て何度目の断罪だろう。
既にパターンを掴んでいるので、粛々とこなしていくのは難しくない。
でもイグナーツが指摘するように、できればすぐに横になりたいと思う程度には疲れていた。
相容れない思考に多く触れるので、精神の消耗が特に激しいのだ。
「うん、そうだね。申し訳ないけどあとはお任せしますね」
「確かに承りました」
私が説明するよりもイグナーツが対応した方が、相手も余計な恐縮をしなくていいだろうと席を立とうとすれば。
「最愛様! ありがとうございます!」
ハイデマリーが意を決したように声を上げる。
「ありがとうございます」
「かんしゃします」
「さいあいさまにおいのりいたします!」
その声につられたのか幼い声が幾つも上がった。
「私はあくまできっかけに過ぎません。シスター ヴェローニカや領主様やその奥方様が尽力してくれたおかげです。感謝ならその方々にもしてくださいね」
「はい、わかりました」
難しい表現を聞く声に紛れて、一度も声を上げなかったシスター、もしくはシスター見習いの反省と謝罪の声があった。
見て見ぬ振りをするという罪があっても、反省と謝罪が心からのものであるならば、引き続き同じ場所にいられるだろう。
私はひらひらと手を振って守護獣たちとともに宿へと向かった。
宿に帰ってから床についたのは日が落ちる頃だったと思うが、目が覚めたのはなんと次の日の朝だった。
想定より消耗していたようだ。
「うーん……よく寝たわ……」
深く沈み込んでいた体をゆっくりと起こす。
「よくお休みでした。御気分は如何でしょうか?」
宿の人ではなくノワールが衝立の向こうから入ってくる。
ワゴンの上にはモーニングティーがのっていた。
「……ん? チャイかしら」
スパイスのよく利いたミルクティー。
厳密な区別はさて置き、砂糖が多めに入っているとチャイかな? と思っている。
「この街で販売されているものと同じレシピでございます」
なるほどと頷いて口にする。
何時もなら甘いと感じるだろう砂糖の量も、今朝は身に染み入るようだった。
「あ。シスター ヴェローニカの体調はどう?」
「本人も大変驚いておりましたが、とても良好なようです」
「それは良かったわ。きっと荒んだ環境が心身を蝕ばんでいたのね」
「診断は極度の過労でした。魅了のせいで荒廃する前までは、日々清貧であっても健康的な生活を送れていたのでしょう。あと少し遅れれば……危ないところでございました」
「間に合って良かったわ。食事は一緒にできそう?」
「大丈夫かと思われます」
「ではよろしく」
お代わりのチャイを飲んでいるうちにノワールが下がり、彩絲と雪華が入ってきた。
「大丈夫かぇ、主?」
「うん。顔色も良さそうだね。チャイをお代わりしたなら朝食は控える?」
「夕食を食べていないから、普通で大丈夫な気がするけど……」
「じゃ、普通でいいかな。私はノワールを手伝ってくるよ!」
ノワール一人で十分な気もするが、病み上がりのヴェローニカ対策なのかもしれない。
雪華の背中にエールを送る。
「昨日の今日じゃからな。罪人どもは叫んでおるぞ」
「院長……じゃなかったヴォルデマールさんも?」
「いや。奴は罪人扱いされておらんな。孤児たちに文句は言われておるようじゃが、文句を言う孤児たちが笑顔じゃからなぁ……ゴットリープであった頃も、孤児たちはそこそこ懐いていたようじゃのぅ」
本当にこれは嬉しい誤算だ。
子供たちが懐いている以上、ヴォルデマールが再び足を踏み外す悪夢はないだろう。
「ヴォルデマールも朝食の席に呼ぶか?」
「……いえ。彼は孤児たちと一緒の方がいいでしょう」
「それもそうか。精々孤児たちに揉まれればよいわな」
チャイを飲み終えた私は彩絲にその身を委ねる。
全身を温かなタオルで拭かれたあとで、選んだ服を着せられるのだ。
紺色に銀糸で精緻な刺繍が施されているロングワンピースは、風通しが良く肌に優しい生地で誂えられていた。
腕には同じく銀細工の華奢なブレスレットの重ねづけ。
髪の毛は緩くアップにして、ワンピースと同じ生地と柄のリボンで纏められた。
朝食なのでアクセサリーは控えめなのじゃよ! と言いつつも、銀細工のトゥリングとネックレスが追加される。
準備が調ったよー、と雪華が顔を覗かせたのであとに続く。
衝立の三枚向こうに食卓は整えられていた。
「おはようございます、最愛様。この度は身に余る慈悲を賜りましたこと、深く感謝申し上げます」
細さは然程替わらないが顔色が明らかに良くなったヴェローニカが丁寧にカーテシーをしてくれた。
シスターの礼節にカーテシーはなかったはず……つまりはもと貴族位。
お家騒動あるあるかな? と心の中で首を傾げつつ返答する。
「丁寧な挨拶、痛み入ります。体調が幾分かでも回復に向かったのならば何よりですね。どうぞ、お座りください」
「失礼いたします」
昨日は気がつかなかったが、所作が美しい。
やはり元貴族令嬢なのだろう。
「どうぞ、召し上がってください」
「ありがとうございます。教会に入る前でもこれほどの朝食をいただく機会はございませんでした。ノワール様は誠に優秀なシルキーでございますね」
優秀なシルキーというのは最上の褒め言葉らしい。
ノワールが珍しく誇らしげな様子を見せた。
彼女の中でもヴェローニカは、自分と対等か、それ以上の扱いをすべき対象のようだ。
しばらくは当たり障りのない会話をしながら、朝食を楽しむ。
あちらでのモロッコに似た朝食だった。
世界の朝食フェアは好きだったのでよく夫に連れて行ってもらったのだ。
エグックや乳製品を使わない小さな穴がたくさんあいたパンケーキ、バグリール。
薄く焼かれているがもちもちしている。
鉄板はターバとビーハニーらしいが、今回は更にモンドスライスとパウダーシュガーがかかっていた。
美味しい。
バグリールと似た食材を使ったクレープ、ムサンメン。
層になるように折り重なっていて、かなりしっかりした食感。
こちらも鉄板はターバとビーハニーらしいが、今回は甘くない食べ方をしたいので、ベルベルオムレツやモロカンサラダとあわせて食べていく。
トマトゥとオニオーンをスパイスとともに煮込んだものに、エグックを落とした、ベルベルオムレツ。
普通のオムレツとはかなり違う印象。
むしろ卵料理のカテゴリ?
トマトゥ、パープルオニオーン、キュッカバ、オブーリをミクン(クミン)などのスパイスとオブーリオイルで和えた、モロカンサラダ。
スパイスが利いたサラダを食べると、何となくだけど暑い国に来たんだなぁという印象を抱く。
朝から野菜がふんだんに取れて幸せだ。
飲み物はノスノス。
コーヒー分が濃くてとても香ばしい。
甘くないミルクコーヒーだが、調節できるようにガムシロップ? のような液体が添えられている。
せっかくなので使わないで飲み、使っても飲んでみた。
どちらも美味しいけど、朝食には甘さ控えめが似合うかも。
アイスでいただいたが、ホットもあるなら飲んでみたい。
カードの引き落とし確定日が近いので確認したら、知らない請求が……。
とりあえずチャットで相談したらカード再発行になる模様。
早く落ち着きますように。
次回は、教会と孤児院に関する後日談。後編(仮)の予定です。
お読みいただいてありがとうございました。
引き続きよろしくお願いいたします。




