御館様を召喚してみた。4
外壁にたまっている落ち葉を年に一度掃除しています。
毎年潜んでいる虫に悲鳴を上げての作業です。
今年も何度かガクブルしましたよ。
三軒並んでいるのですが、両隣は同じ箇所を掃除していないようなんですよね……大丈夫なのかなぁ。
ありますよ。
封印具も様々ですからね。
夫の返答はさすがは最高の旦那様! と心からの賛美を送れるものだった。
喜ぶ私の様子に察したらしい他の面々は、私よりも喜んでいる。
「封印具の代金は院長他魅了に屈してしまった人たちに、支払ってもらうことってできるかしら?」
「すばらしい御提案にございます!
間髪入れずイグナーツが返答する。
高価な封印具を壊されているからね。
無理もない。
「本人にも支払わせたいわ」
クレメンティーネの眼差しが仄かに暗い。
手配が遅れていたらエックハルトも魅了されていた可能性があるからねぇ。
当然の感情で、意見だ。
「……魅了娘って、結局どの施設に送るつもりなの?」
一同沈黙する。
思案中なのだろうか。
それとも言いあぐねている?
「私が知っている一番罰になりそうな施設って、宮廷魔導師館なんだけど……」
「おぉ! そちらへ入れていただけるのであれば、大変有り難いことでございます!」
「ええ! 被害者たちの溜飲も下がるというものですわ!」
「ふむ。厳し過ぎる気もするが……宮廷魔導師館なら手加減も絶妙であろうのぅ」
「主が指示すれば喜び勇んで引き受けるだろうねぇ。何しろ管理している責任者が主に心酔しているからさ」
エックハルト、クレメンティーネ、イグナーツが揃って強い視線を向けてきた。
敬愛と畏怖。
こちらの世界へ来て多く向けられている眼差しなので、忌避感はない。
「ではリーフェンシュタール様に連絡しておきます」
ノワールが腰を深く折って一歩下がる。
何やら連絡を取ってくれたようだ。
仕事が早すぎて声もでない。
「……はい。手配完了いたしました。送迎専門班を手配するとのことです。こちらは……到着まで十日前後お時間をいただきたいと」
私はエックハルトを見詰める。
エックハルトは大きく頷いた。
「それまではこちらでしっかりと牢に入れておきましょう」
「ああ、看守の代わりに封印具を設置している牢を使われるのですね?」
あら、そんな凄い牢があるんだ。
派手な犯罪でもあったのかな?
「一つしかございませんが、脱出不可能な牢でございます」
「私どもには理解できないのですが、牢の外から中への干渉はできるのですが、その逆は不可能となっているのです」
「お蔭でどれほどの凶悪犯罪者であっても、その牢の設置以降脱走を許したことはございません」
『御方が残した特殊技術が使われた封印具じゃろうな』
『たぶん、そうね。困っている人のところに勝手に飛んでいく機能をつけたとか、おっしゃっていたような……』
厨二病ですかね、喬人さん?
若気の至りです……。
どうやら夫製作のアイテムだったらしい。
高性能なのも、困っている人に優しいのも納得だ。
きちんと使われているのが嬉しかった。
使い方によっては完全監禁とかもできるからね。
「では魅了娘に関しては、その手配で決まりですね」
一番問題だった魅了娘の始末も決まった。
院長たちは労働で贖わせるので、こちらも完了。
となれば、今後は被害者への償いかな。
ふむふむと考えているとノワールが次の皿を出してきた。
話が一度区切れそうだから、続きはデザートと一緒にといった心配りかな?
「おお!」
「こ、これはすばらしい!」
エックハルトとイグナーツから感嘆の声が上がる。
「まぁ……こんなにも美しい真円は初めてですわ!」
少し遅れてクレメンティーネも続いた。
テーブルの上に置かれた皿の上には、まるうしのステーキが鎮座していたのだ。
それは見事な真円だった。
お店でいただいた物と比べても遜色ない。
つまりは超一流の食材だ。
「ん! この塩は……シーソルトじゃな?」
「そうか、シーソルト。パウダーソルトより美味しく感じるね!」
粗挽きのブラックペッパーは目視できたが、塩については見ただけでは分からない。
ナイフでほどよい大きさに切って口にする。
とろっと脂身がとろける柔らかさ。
気のせいかもしれないが、お店で食べたときよりも美味しく感じる。
ちなみにまるうしのステーキの周囲は、野菜とシーソルト、ブラックペッパーで囲まれていた。
鮮やかに赤いパップリン、目が覚める緑色のグリーンアフロ、かりっかりに揚げられたイモッコのフライ。
そのままで食べたり、シーソルトをつけてみたり、ブラックペッパーをまぶしてみたり。
どの食べ方でもそれぞれの美味しさがあって、一皿でいろいろなものが満たされる一品だった。
「……ここまで様々な野菜が食べられるコースなんて、夢のようですわ」
クレメンティーネはノワールの手によるフルコースにめろめろだ。
まるうしのステーキをぺろっと食べる辺り健啖家なのかもしれない。
食に対して拘りがあるのなら、野菜がなかなか手に入らない環境ではストレスも多かっただろう。
今後はイグナーツが暗躍して野菜の収受が楽になるはずだから、存分に堪能してほしいものだ。
デザートはこれまた、手が込んでいる。
ミニアフタヌーンティーセットといったところか。
二段のスタンドの上に、一口サイズのデザートが美しく飾られていた。
スタンドに絡まっているローズブルールツが殊の外、艶やかだった。
「で。被害者たちへはどのような慰謝料が支払われるのじゃ?」
彩絲が満足そうにミニスコーンを食べながら尋ねる。
ミニスコーンにはティースプーンで赤いジャムが乗せられている。
ロベリートスかな? と観察していれば。
『ポメグラネイトンのジャムじゃよ』
と返答があった。
柘榴ジャムとは希少だ。
ミニスコーンを半分に割って、一つはテッドクリーム、一つはポメグラネイトンのジャムでいただくことにした。
「一番の被害者は孤児たちですな。続いてシスター。そして関わりのあった商人や職人といったところでしょうか」
ムーンルツとスタールツのミニケーキを、ぱくりと一口で食べたエックハルトが首を傾げながら返答する。
「卒業した孤児たちにも被害があったと報告を受けております」
レッドドラゴンルツのゼリーをつるんと飲み込んだクレメンティーネは、果肉とゼリーの食感を楽しみつつエックハルトの発言に追加した。
「……愚痴を零してきた冒険者もいましたね。自業自得が多いですが」
呆れた口調のイグナーツはスチゴンマー(マンゴスチン)のアイスクリームを食べて、少しその苛立ちを収めながら呟く。
スチゴンマーのアイスは、皮の中に果肉とアイスクリームが入っている。
一瞬アイスクリームには見えなかったので、食べて驚いたデザートだ。
「孤児については再教育の子と、主が手配した冒険者&店員の勉強をする子を分けてあげないとね」
雪華は手に取ったウエハースに一瞬眉根を寄せてから、口の中に放り込む。
咀嚼してから満足げな顔で頷きながら告げた。
やっぱり何のスイーツなのか観察していたのがばれてしまい、こっそりと脳内に囁かれる。
ドドリアンのウエハースとのことだった。
独特の香りに美味しくないかも? と思ってしまい、つい顔に出てしまったらしい。
しかし口に入れてしまえばミルククリームの甘やかさが際だって、匂いは気にならず、どころか後を引く感じすらあったとのこと。
向こうでも現地では人気と聞いていた。
こちらでも同じなのかもしれない。
飲み物は温かいチャイに、冷たいラッシー。
どちらも美味しかったのでお代わりをしつつデザートを堪能する。
「商人と職人は……今後の事業に多少なりとも関わらせれば十分かと」
「最愛様と接点は持てないと、しっかり注意しておきますので!」
「冒険者には……ギルド長を締め上げねばならないようですわね?」
あらら。
冒険者はクレメンティーネから見ても日頃の行いがよろしくないようだ。
これを機に商人ギルドへの上から目線な態度が改善されればいいのだが。
「……皆様、一同が到着したようでございます」
もう少し食休みをしたいかなぁ、というタイミングで被害者と加害書が到着したようだ。
「では、少々待たせておこうかのぅ」
「被害者と加害者は分けてね。被害者には軽食と説明を」
雪華の指示にノワールが頷く。
「よろしくお願いいたしますわ」
クレメンティーネがノワールに頭を下げるのに続いて、エックハルトも深々と頭を下げていた。
義妹さん、姪っ子ちゃんと自分で焼けるお団子を楽しみに行く予定なのですが、骨折のギブスがやっと取れた姪っ子ちゃんが、今度はクラスメイトと衝突して骨折箇所を捻挫してしまった模様……災難て続くときがありますよね。
早く完治しますように。
次回は、魅了娘にざまぁを。前編(仮)の予定です。
お読みいただいてありがとうございました。
引き続きよろしくお願いいたします。