御館様を召喚してみた。2
今月は見たい映画が二本も……。
レディースデイと映画館のサービスデイどちらを利用しようかしら。
贅沢に選べるなんて! と思うも、放映時間の関係で意外と選択肢が狭くなる罠です。
十体ものトルソーを並べられて途方に暮れる私の前へ、ひょっこりと姿を現したペーシュが例の婚礼用インドジュエリーを勧めてきた。
ペーシュの登場にイグナーツは硬直してしまう。
ランディーニがその正気を失わせぬよう、肩の上に止まって羽で頬を優しく摩った。
揃って歯ぎしりをして悔しさを表現した三人だったが、ペーシュの意見は抗えないほど魅力的だったらしい。
刺繍が緻密な純白のサリーを用意した。
黄金とルビーがよく映えるようにと選んだようだ。
着付けは彩絲と雪華がやってくれた。
全身が映る姿見が用意されて確認を求められる。
「け、化粧してないよね?」
「しておらぬぞ。せずとも主は十分に美しい」
「だよねー。正妻様が身悶えしちゃうかも」
すっぴんのはずなのに肌が艶やかだった。
保湿クリーム塗り立てのような肌に、思わず指の腹をあてる。
もちっとした弾力が返ってきた。
「エスコートは本来ならイグナーツ殿にお願いしたいが、御方が許さぬであろうからのぅ……」
「私たちがするよー」
守護獣の早着替えは見事だった。
彩絲と雪華は漆黒のサリーに銀一色の装飾品をつけている。
珍しくデザインも装飾も全く同じ物のようだ。
私は両側から二人に手を取られて、しずしずと会場へ向かう。
三人の装飾品がしゃりしゃりと音を立てた。
用意された会場は城の貴賓室といった雰囲気。
隅から隅まで品の良い豪奢な調度品が並んでいた。
きっとその一つの調度品だけで、見学した家三軒が購入できる代物なのだろう。
私たちの登場に部屋の中央に設置されたテーブルについていた二人が腰を上げた。
御館とその正妻に相応しい豪奢な装いだった。
「最愛様、この度はカプレシアに足をお運びいただきまして、誠にありがとうございます」
「服ダンジョンは楽しまれましたでしょうか? カプレシア自慢のダンジョンでございます」
「ええ、素敵な服をたくさん入手できたわ」
「ふふふ。そちらの素敵なお召し物もそうでございましょうか?」
「はい。そうですね。まだまだ同等の物がたくさんありますよ」
二人の目が一瞬ぎらりと強欲に光った気がする。
だがそれは本当に一瞬。
見間違いかと思う僅かな時間だった。
「晩餐の支度はこちらでと思ったのですが、最愛様のシルキー殿が手配くださったようで……」
「この街の料理は既に幾つかいただいておりますし、お願いしたいこともございましたので、手配させていただきました」
「孤児院の件でございましょうか?」
「そうですね。孤児院も問題ですが、それ以上に問題なのは何か、指摘せずとも御理解くださっておりましょう?」
声が若干低くなった。
魅了娘に追い出された孤児たちがどれほど苦労したのか、本当に理解できているのだろうか。
「大変失礼いたしました! 主人には前から苦言をしておりましたが……」
「うううう。すまぬ。最愛様にもお手を煩わせてしまい、まっこと、申し訳ございませんでした」
私が座るのを見計らって腰を下ろしていた御館が再び席を立って、深々と頭を下げる。
正妻も御館に倣った。
目の届く席に座ったイグナーツが小さく頷いている。
そんな態度に出るほど正妻に愚痴られていたのだろうか。
「丁寧な謝罪をありがとうございます。どうぞ、座ってくださいませ」
二人が腰を下ろすのを見計らってグラスを取る。
何はともあれ乾杯だろう。
にこりと微笑めば、ごくりと喉を鳴らした御館が乾杯の音頭を取った。
「良き御縁に恵まれましたことを祝しまして、乾杯!」
乾杯はシャンパンだった。
フルートグラスに入っていてよく冷えている。
これを用意するのにどれだけの手間暇をかけているのだろう、と頭の片隅で考えながら飲み干す。
フルーティーで美味だった。
料理はフルコースタイプらしく、グラスを干したタイミングで皿が並べられた。
冷たい前菜のようだ。
野菜たっぷりのテリーヌは見た目が華やかで、特に女性に人気だろう。
正妻が小さく感嘆の声を上げている。
御館は半分を口に入れて、大きく目を見開いた。
口に合ったようで何よりだ。
空になったシャンパングラスの代わりに、うっすらと緑がかった飲み物が出された。
小さく気泡が弾けているところをみると炭酸らしい。
口にすればライムソーダだった。
甘さがほとんどないので口の中がさっぱりして食中の飲み物には最適だろう。
お酒も好きだが飲み過ぎては話ができない。
二人も同じ物を飲んでいるようだ。
驚いているところをみると、本来は甘いタイプを飲んでいるのかもしれない。
そちらの方が多いと聞いた記憶がある。
あくまでも向こうのインドの知識なので、こちらではどうかわからないが。
「……最愛様はその……かの娘の対処をどのようにお考えで?」
「自分よりも幼い子を孤児院から放逐する鬼畜です。厳重な処罰を望みます」
彼らが生き残ったのは運が良かっただけだ。
死んでいた可能性が高い。
「! 聞いていた話と違います!」
「……私は申し上げましたが?」
一応自分の手の者に調べさせてはいたようだ。
ただその情報は正しくなかった。
つまりあと少し時間がかかっていれば、誤った情報を伝えた者を経由して、御館まで魅了娘に絡め取られた可能性は高い。
正妻自身は騙されずとも、魅了に囚われた御館のせいで孤児たちと同じように放逐される未来だってあったかもしれないのだ。
御館はその辺、分かっているのだろうか?
「じゃあ、奴が裏切っていたと?」
「裏切ったというか……既に魅了されていたのでは?」
「そんな……」
『幼い頃から仕えていた側近の一人じゃったらしいのぅ』
『しかも女性だからねぇ。まさか女性が魅了されるとは思わなかったのかも?』
素知らぬ顔で料理を楽しんでいる彩絲と雪華が情報をくれる。
魅了娘の魅了は女性にも作用するらしい。
乙女ゲームやラノベの知識から察するに、側近の女性にそもそも問題がありそうだ。
例えば身分違いにもかかわらず幼馴染みだからと、側室もしくは正妻の地位を望むような。
考え過ぎでもないだろう、と思いつつ運ばれてきたサラダを咀嚼する。
インド風のスパイシーなサラダだ。
これはこの街で出されるお金持ち向けのサラダな気がした。
スパイスに苦手なものが入っていないのに安心している間に、二人の会話は終わったらしい。
「魅了娘には重い罰を与えようと思います」
「ええ、それがよろしいと思いますわ」
「貴男様。孤児院の院長にも罰を与えねばなりません」
「あぁ……あいつか。着任時はそこまで愚か者ではなかったと思うのだが」
「どうでしょう? もともと悪い評判もございましたよ」
「そうだったのか?」
御館!
情報が足りていない。
正妻さんの話をよく聞こうよ。
や、孤児院関係だからそこまでしっかり耳を傾けなかったのだろうか。
孤児院の経営なんて見栄で成り立っている場合も多いからねぇ。
「孤児院と教会の中で誰が魅了に囚われているのか、しっかりと把握しているのでしたら、その情報をいただけますか?」
「はい。こちらにございます」
部屋には護衛が何人も立っている。
当然の手配だろう。
それこそ魅了娘が飛び込んでくるとも限らない。
その護衛の一人がすっと正妻に何枚かの書類を差し出す。
正妻はその書類を自ら私の手元にまで運んだ。
私は素早く書類に目を通した。
「御館様はこちらを御覧になりましたか?」
「どうか、自分のことはエックハルトとお呼びくださいませ」
ファーストネーム呼びとか……夫が激怒しそう……あぁ、そうか。
「……奥方様のお名前は?」
「! く、クレメンティーネ・バルヒエットと申します!」
「では、クレメンティーネ様の書類を読みましたか、エックハルト殿」
数度瞬きしたエックハルトは、私とクレメンティーネのやり取りからきちんと察したようだ。
顔色が悪くなって声も震えたが、返答があった。
「さ、再度読ませていただきます」
クレメンティーネは自分の席に戻り、エックハルトの手に書類をわたす。
エックハルトは時間をかけて書類を読んだ。
そう、それが正しい。
私を待たせているからといって、流し読みをする愚行に走らない程度には、頭が回るようだ。
午前中最寄りのスーパーに行ったら野菜が軒並み高くて青息吐息。
駅の八百屋さんまでウォーキングしないと駄目かなぁ。
ちなみに何時も金額の割にレシートが長いのは、半額品を買うのが好きだからです。
次回は、御館様を召喚。2(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




