旦那様は時空制御師 密談とスイーツ。
なかなか王城から出られません。
そこはかとなく、乙女ゲームの電波ヒロインが頑張った結果の駄目な国になっている気がします。
そこに至るまでの話とかも別枠で書いてみたいものですが、連載作品をまずは完結させなきゃですから我慢します。
主人公の一部の人間から無条件に好かれるのも、異常に嫌われる仕様は、こっちの世界でも健在です。
「時空制御師の最愛の御方には、大変ご無礼致しましたこと、伏してお詫び申し上げます」
最上級の相手をもてなす為だろう豪奢な部屋へ案内され、ソファへ深く腰を下ろしたタイミングで土下座をされてしまった。
「顔を上げて、立ち上がって下さい！ 貴女にそこまでの謝罪をされる謂われはありません」
「……時空制御師の最愛の御方は、慈悲深い方でいらっしゃいますなぁ……それでも、私。リゼット・バローは王の乳母でありますれば、謝罪をお許しいただきたいのです」
「それならば尚更ですよ。未成年ならまだしも、成人男性の尻拭いなどする必要はありません。その！ 過保護が愚王を作ったのではありませんか？」
「……自覚は、ございます。でも、それでも！ せめて誰かが謝罪をしなければ、時空制御師の最愛の御方の御心が落ち着かぬではありませぬか！」
王のフォローでもなく、自身の罪悪感故でも虚栄心を満たすでもなく私の心の安定を思っての言葉ならば、大人しく聞くべきだろう。
王族とその周辺の人間と同じ場所へ堕ちるつもりもない。
私は目を細めると、リゼットのステータスを覗く。
リゼット・バロー
ＨＰ 1000 上級冒険者レベル。
ＭＰ 2000 最上級冒険者レベル。
ＳＰ 3000 ジャングルで一人サバイバルが出来るレベル。
スキル 生活魔法 メイドの必須です。
育児 乳母の必須です。
統率 上に立つ者の必須です。
礼節 王族に使える者の必須です。
謀略 王族側近必須です。
地図 王宮は迷路です。持っていないと迷います。
称号 忠義の者
主に対して真の忠義を持っています。
主が非道に走った場合、すみやかに暗殺もします。
＊信用して問題ない女性でしょう。
王族の情報を流して貰う約束などをすると良いかもしれません。
想像以上にハイスペックな女性だった。
取りあえずスキルは全コピーさせて頂こう。
育児は……まぁ、小さい子との出会いは異世界でのテンプレだし。
持っていて悪いものでもないだろう。
ありがたやー。
「それでは私が王宮を出たら、王族や聖女達の動向を教えて頂けますか？ 謝罪を許す、ではなく受け入ますので」
「そんなことで宜しいのでしょうか？」
リゼットが顔を上げる。
大きく見開かれた茶色の瞳は慈愛に満ちていた。
こういう人こそが聖女になればいいのにと切実に思うも、こういう人だからこそ王の乳母になったのかもしれないとも思う。
万人をではなく。
ただ一人を守り抜く存在だ。
「王にも聖女にも内緒でお願いしたいから、結構な背信行為だと思いますよ？」
「時空制御師の最愛の御方の御言葉は、王族より優先されます。されねばなりません。ですから、背信行為にはならないのです……そこまで、愚かな王ではありません。その点はご安心下さい」
「あの王女を妻に選んだ時点で、不安しか感じませんよ？」
「それは……私としたことが、失礼を致しました。まずはお茶の準備をさせて頂きます。ご説明はその後で必ずいたします」
ノックの音で腰を上げたリゼットが扉を開けると、可愛らしいメイドがワゴンを運んできた。
ワゴンの上へはスイーツが所狭しと乗っている。
「まずは一通りお味をお楽しみくださいませ」
メイドを下がらせたリゼットは、手早くティーセット準備する。
美味しい紅茶の淹れ方は異世界でも変わらないらしい。
私が覚えた作法と変わらない、しかし優美極まりない所作で紅茶が淹れられ、大きな皿の上へ彩も鮮やかな菓子が盛りつけられた。
「右から、ピンクピルンのババロア・ホワイトピルンのソースがけ、グリーンエクレアの中身はスタッチクリームとルミクリーム、フィナンシェの味はアココ、フロランタンは新物のモンドスライスをふんだんに使用しています。ズーチのスフレはスプーンでお召し上がりください。こちらはお熱くなっていますのでご注意ください」
「……どれも美味しそう……」
「時空制御師の最愛の御方と同じ異界から来られた方が残されたレシピで作られた物です。お口にあうと宜しいのですが……」
紅茶を一口飲む。
夫が淹れてくれる最高級茶葉と似通った味がする。
こちらは僅かに花の香りがついているが、本当に僅かなので気にならない。
ピンクピルンのババロア・ホワイトピルンのソースがけは、桃のババロア・桃ソースがけだった。
色や料理が向こうと同じなのはありがたい。
食材名は別物だけど、何となく向こうの言葉が連想される程度にかけ離れていないのも絶妙だ。
鬱陶しくない異世界気分を満喫できる。
「ん！ 美味しい……」
「ピルンは今が旬でございます。素材を生かす為に甘味等は加えておりません」
「甘さが染みます」
「お疲れなのでございましょう。さぁ、どうぞ他の物にもお手を伸ばして下さませ」
「ええ。遠慮なく！」
指先で摘まんだのはグリーンエクレア。
緑が鮮やかなスタッチクリームは、ピスタッチオの濃厚なクリーム。
ルミクリームは、乳臭さが堪らない純白の牛乳クリーム。
バランスが絶妙だ。
ぱくりと一口で食べてしまった。
口の中ではスタッチとルミの味が素敵なダンスを続けている。
「……三年前までは王は聡明であられました。幼馴染でもあった公爵令嬢と仲睦まじくお過ごしでおられました」
リゼットの声はスイーツを堪能するのに全く邪魔にならない。
耳に心地良い声質に音量だ。
「それが……突然あの女……現王妃が現われまして。王を籠絡されてしまったのです」
「……公爵令嬢様は」
「捜索は続けておりますが……未だ行方知れずでございます」
「どんな方でしたか」
「……王よりも時に聡明で冷静な方で……けれど、とても……王を愛しておられました……」
だとすれば、未だ生きている可能性は高い。
恐らく、王を救う手だてを考えているのだろう。
聡明で情が深い女性は得てして、駄目男を見捨てられないものだ。
ましてやそれが、偽りの愛に捕らわれていると解かっていれば尚更だろう。
ココア味のフィナンシェは中はしっとり、周囲だけがかりっとする食感。
これまたミニサイズなので一口でぺろり。
紅茶が消費されるもリゼットが阿吽の呼吸で新しい物を注いでくれる。
茶葉の種類が変わったが、邪魔にならない食欲を増進させる香りに代わりはなさそうだった。
「……王妃は魅了の力を持っていますね」
公爵令嬢も高い鑑定能力を持ち得ていたのではないかと思う。
だが、対抗手段がなかったので潜伏して機会を狙っているのではないかと推察もする。
「っ！ やはり、そうですかっ！」
「間違いありません。万能ではないようですが、王は完全に捕らわれてしまったようですね。国の宝物庫に魅了無効化の品はありますか？」
「……解除機能の付いた魅了無効の指輪と魅了封じのネックレスもございます」
「では私がそれに、ちょっと偽装を施してプレゼントする事にしましょう。王には私と連絡が出来る通信手段のアイテムとして、王妃にはサファイアのネックレスを差し上げられないお詫びとして、手持ちのアイテムをと申し出れば、嫌とは言わないでしょうし」
「ありがとうございます！ どちらも強力なアイテムとの逸話付きです。王の目も即時とは言わずとも、覚めることでしょう！」
瞳を輝かせるリゼットに大きく頷いた私は、フロランタンに手を伸ばす。
アーモンドスライスのかりっかりっ感と、頭まで染み渡る糖分に痺れた。
「では、宝物庫へ行ってまいりますので、ズーチのスフレをご堪能くださいませ。即時戻ります」
きっちりと９０度なお辞儀を残してリゼットが消える。
「隠密とか忍術とかないのかしら、スキル的に」
見事な消えっぷりに惚れ惚れしながらも、スフレにスプーンを入れる。
「んー！ ふわっふわっ！」
口に入れた瞬間にとろけて広がる濃厚なチーズの味。
食感がどこまでも儚いのに味が腹に残るほどの重さがある、そのギャップが最高だ。
「……喬人さんのスフレと同じくらい美味しいなぁ……」
首に重いサファイアを指で弄びながら隣に居ない夫を想う。
「ホームシックには早すぎるよねー」
ふぅと溜息を吐きつつも目を閉じれば、どうかしましたか？ 麻莉彩。と背中から優しく抱き締めてくれる夫の感触が甦ってきた。
「異世界も喬人さんと一緒の方が楽しかったよね、きっと」
夫もそう思ったに違いない。
それでも、私を一人で行かせたのには理由があるはずだ。
誤字脱字等ありましたら、囁いていただけるとありがたいです。
次回は、魅了封印と解除法具を偽装を施す。です。
タイトルだけで、話の内容が丸わかりですが、そういうのもありかと。
お読み頂いてありがとうございました。
次回も引き続き宜しくお願いいたします。
