物件閲覧中。中編
なまり節が半額で売っていたのでつい購入。
大根との煮物しか思いつかないのですが、年に一回も買わない材料なのでレシピがなかなか増えませんね。
一階は販売スペースと製造スペースに分かれているようだ。
扉の向こうがわにあったのは販売スペース。
パンを並べる棚やテーブルなどはそのまま配置されていた。
結構年季が入っている。
街で長く愛されていたパン屋なのだろうか。
私の表情から疑問内容を読み取ったイグナーツが答えてくれる。
「老夫婦が若い頃からやっていたお店ですね。後継者がいなくて廃業を余儀なくされたのですよ。ちなみに老夫婦は仲良く介護施設に入っています」
「そうなのね」
「ええ、街でも有名なおしどり夫婦でしたから。三人の子供は残念でしたけど、パン屋を継がせなかったのは英断でしょう」
仕事が忙しい夫婦が子育てに手が回らないケースはよくある話だ。
また本人がどれだけできた人たちでも、子供たちが性質を受け継がないのもよくある話。
親の心子知らず。
無論その逆もしかり。
他者の手に自分たちの大切な店舗を預けたのだ。
その覚悟は知れる。
「パン棚やテーブルはそのまま服を置くのに使えそうね」
「ええ、そうですね。服を売るには少々狭いですが問題ないと思います」
「あちらの部屋では毎日パンを焼くのもありなのかしら?」
「パンの匂いのする服屋ですか……服と一緒にパンの販売も求められそうですね」
そうなってくると今の人数では回すのは難しそうだ。
孤児院から信用できる子供を連れてきて働かせるのもありだとは思う。
店では服を売り、作ったパンは昼時のみ屋台販売するという手もあるだろう。
孤児院を卒業した子たちに職業の選択肢が増えるのは嬉しい。
最初の一歩がこの店ならば、そこから先も進みやすい気がするのだ。
「住居部分はすばらしいです!」
「こんなに違うなんて……スラムと街の差を見せつけられた気分です」
レオンは感心一択だが、ディアナは凹んでしまったようだ。
無理もないが、ここで落ち込んでいる場合ではないだろう。
「そうですね。貴女は運が良い。その差を感じられる現状を目の当たりにできたのですから」
ああ、そうか。
まず本来であれば彼女たちには、見比べる機会すら与えられないのだ。
「口にできるのが既に贅沢な悩みだってわかっているんですけど、つい。すみません」
「いえいえ。自覚があるならそれで結構です。自分の目で見れば目標もより具体的になるでしょう」
「はい。それは間違いなく。最初はスラムのお店でも……ああ、頑張ればスラムのお店だけでなくここや他のお店やおうちも購入できるのか」
「孤児院では他に適正のある子もいるでしょう。ダンジョンに潜って一緒に商品を入手してもらえれば、二件目や三件目も考えられるのでは?」
「俺たちは運良くがっつりとダンジョンに入るための知識を与えられて、経験も踏めたからな。同じように指導してやればいいだろ」
圧倒的に力が上の人間や人外者に教えられるのと、友人に教えられるのとではいろいろと問題もでてきそうだが、目の前に食や住居があれば頑張れるのかもしれない。
「レオンは楽天家だよね……まぁ、皆だからこそ夢が見られるんだけどさ」
夢すら見えない孤児院での生活。
レオンのようなカリスマのある子は希少だ。
魅了娘のカリスマとは全く別物だから、良い方向に舵も取れるだろう。
「物件を押さえておくのってできるんですか?」
「手付けが必要だし、長くは無理だね」
「ですよねー」
「料理が上手な子はいるのかい? それこそパン焼きができるような子たちが」
二人は顔を見合わせて頷く。
「はい。シスターだけでは手が足りませんので、手伝う子は多いです。その、味見ができるときがあるので人気なんです」
「ええ、男女ともに。そうですね……即戦力なら五人ほど」
それは凄い。
この店舗の広さなら職人はそこまで必要ないが、交代要員として使えるだろう。
「その五人は優秀なので、たぶん研修させてもらえれば販売も可能かと思います」
「研修、ですか」
孤児院に在籍していたり、孤児院出だと名乗ったりすると、普通の店での研修は難しいと皆が話していた。
嫌な差別だが、実際犯罪に走る者も多いのだから無理からぬ話なのだろう。
研修させるがわとて損ばかりではやりきれない。
「うーん。私も女性専用販売所で短期間だけど店を出すつもりでいるの。そのとき、一緒に入ってもらってもいいけど……」
「「是非お願いします!」」
二人揃ってぶん! と音がするほど勢いよく頭を下げられた。
「問題ないわよね、彩絲」
「ふむ。主は言いだしたら聞かぬからのぅ……」
「女の子だけになっちゃうけど、できないよりはマシでしょう」
「マシだなんて! パンの販売は女性が好まれていますから、本当に有り難いのです!」
ディアナが力説した。
「そういえば、五人の内訳は?」
「あ、はい。女が三人、男が二人です」
ああ、なかなか良いバランスだ。
しばらくは大変だろうが悪くないスタートを切れるに違いない。
「……もしスラムとこちらの物件、両方となるのなら、購入より賃貸の方がいいですね」
さすがに二店舗一括購入するお金は用意できない。
勉強してもらってスラム住居購入がぎりぎりなのだ。
今彼らが持っているアイテム全てを一端こちらで適正価格の購入してもいいんだけど、そこまでするのは甘やかしすぎな気もする。
ですね。
夫も同意見のようだ。
ここまで反対意見が出なかったのも珍しい。
よほど孤児たちへの同情が強いのだろう。
「いろいろと話を進めてしまったけど、取りあえず三件目を見てから話を詰めた方がいいんじゃないかしら? もしかしたら三件目はもっと好ましい物件かもしれないわよ」
「それもそうだよな」
「先走り過ぎちゃってすみません……」
チャンスを逃したくない気持ちの表れと思えば、不快感を覚える態度ではない。
むしろそれぐらいの心持ちでないと、他の孤児を率いてはいけないのだ。
「では、次の物件に移動してしまってもいいですか? 最愛様、二階や三階は御覧にならなくてもよろしいでしょうか?」
「せっかくなので、拝見させていただいても?」
「あ! あの、もしよろしければ、最愛様の御意見も拝聴したいです!」
ディアナに言われて頷いた。
意見が多いと迷うが、大きい決断をする際には違う視点の意見も必要だろう。
二人とイグナーツが先導する後ろに続く、既に階段の手すりがあちらの物件より元々の素材が良かった。
これが立っている場所で大きく違う点の一つ。
スラムの物件がここに建っていても誰も購入しない。
それぐらいのレベル差がある。
施設に入るのに家具はいらないと、一式置いていったようだ。
二階は寝室になっていた。
優しい色のカーテンや壁紙。
寝心地の良さそうなダブルベッドが一つ。
寝具は替えもあるという。
備え付けのクローゼットの中にはシーツやタオルケットに毛布や枕なども入っていた。
一日の疲れを癒やす寝具には力を入れていたようだ。
もしかしたら幾つかは持っていったのかもしれない。
床には大きな絨毯が敷かれており、ベッドの足元には毛足の長い小さな絨毯が、家具の下にもそれぞれ家具のサイズに合った絨毯が敷かれている。
ベッド近くのサイドテーブルには照明も置かれていた。
クローゼットの他にはタンスも残されていたが、こちらには中身が入っていなかった。
「さすがにベッドは売るのかしら?」
「頑張った人の御褒美か、交代制で寝るのもありかなぁと思います」
「売るのは……勿体ないです」
大きなベッドを売却すれば、子供用の小さいベットを多めに置けそうだが、寝心地の良いベッドでの就寝を御褒美にすれば頑張る子も出てきそうだ。
「小さい子なら何人か寝れますし……もし借りられたら、そのまま残したいです」
残されている物を引き続き丁寧に使いたいという考えは好ましい。
きっと老夫婦も喜ぶだろう。
寝室の反対がわはリビングルーム。
テーブルに大きな一人用のソファが一つ、二人用のソファが一つ。
隅にはコンロが二つ程度のキッチン。
パンは下から持ってくるとして、それ以外の料理をこちらでしたのだろうか。
製造スペースは覗いていないが、作るパンによっては普通のキッチンのような設備もあってもおかしくはない。
食器棚には空きがあり、幾つかの食器も残されている。
何人ここにすむかはわからないが、さすがに購入しなければならない物の一つだろう。
「三階は?」
「老夫婦は足腰が大分弱ってきていたので、物置のように使っていたようですね」
「……お子さんたちが昔使っていた小物などもありました」
「少し埃が被っていましたが普通に使えそうなものばかりで嬉しいです」
孤児の子たちには有用なアイテムがあるのなら使えばいい。
片付けて共有スペースと寝室になるのかな?
スラム街の物件より狭いはずなのに、どうしてだか広く感じるのは、老夫婦が丁寧な時間を過ごしていた名残なのかもしれない。
三時間映画を見に行くか迷って、家で見ることに。
最近は結構早くテレビでも見れますよね。
や、三時間だとトイレがねぇ……。
次回は、物件閲覧中。後編(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします




