商人に会いにいく。後編。
ミュージカル鑑賞は大変楽しかったです。
行きたい演目があるのですが、チケットが取れないんですよね。
今回もハムセットを当てるつもりでの応募でしたから。
無欲の? 勝利です。
お代わりの飲み物を恐縮しながらもらう二人を前に、店主が話の流れを説明している。
魅了娘と院長の対応のところで、ハイタッチをしていた。
この世界にもあるのね、ハイタッチ。
とまた変なところで感動しつつ、暖かい眼差しで二人を見守る。
彩絲たちや店長もそんな二人を咎めはしなかった。
「お勧めの家は三件ほどありますが、移動は他の子たちも一緒にしますか?」
「いいえ。俺たちだけで大丈夫です。小さい子らの話を全部聞いた日には永遠に決まらないと思いますので……」
「普段は弁えている子たちですけど、夢物語のような展開に我を忘れる未来しか見えませんから……」
肩を寄せ合って、何時かはこうなりたいね、と様々な夢を語り合ったのだろう。
夢が現実になると思わないままに。
本来なら得られなかった幸運は、小さい子たちにとって毒にもなりかねない。
だからこそ、二人だけでいいと言い切るのだ。
小さい子たちが暴走したら、今回の一件が露と消えてしまう可能性を心配している気もした。
さすがに小さい子たちが不憫なので、一度差し出したものを取り上げるつもりはないが、暴走の度合いによっては、今後の対応について考え直しもする。
現実を知らしめるために。
「分かりました。それでは早速移動しましょう。近い物件から行きましょうね」
「はい! よろしくお願いします」
「お手数をかけますが、よろしくお願いいたします」
二人が店主に向かって深々と頭を下げた。
「移動はどういたしましょう」
何故か店主の瞳がきらきらしている。
「おや、店主。大蛇での移動を御所望かぇ?」
彩絲が看破したぞぇ! と言わんばかりのドヤ顔で店主に向かって小首を傾げる。
店主の顔が誰が見ても分かるほどに赤く染まった。
「と、年甲斐もなくお恥ずかしい限りです」
好奇心旺盛でなければ優秀な商人に慣れないとは、よく聞く話だ。
子供のように目を輝かせた店主に対して勿論嫌悪感なんて抱かない。
むしろ心の中で、わかるー、と同意する始末だ。
「いいえ、私も乗ってみたいもの」
「ん? そうじゃったか。遠慮なぞいらんのに」
「モリオンとホークアイに悪いかなぁと思って」
あの二体は私の移動に関しては譲るつもりはないといわんばかりに、率先して足を買って出ている。
今回は長距離の移動で心を躍らせているので、街の中での移動は譲ってくれるが、ダンジョンに馬車が入れるなら、喜び勇んで一緒に入ってくれたはずだ。
……誰かから乗馬のスキルをコピーするべきだろうか。
「あの二体は働き者じゃからのぅ……それでも街の中での移動くらいは我慢するじゃろう、たぶん。まぁ、蛇移動は問題ない。蜘蛛移動でも構わぬぞ?」
大蜘蛛に乗っての移動。
大蛇に乗っての移動とどちらが目立つだろう。
高速移動ならどちらにしても同じ扱いなのかもしれない。
「究極の選択ですな」
店主が出会ってから一番悩ましげな表情をしている。
レオンとディアナは、行きは蛇だったので次は蜘蛛に乗ってみたいとのことだ。
「何件か見て回るんでしょう? 私は蛇と蜘蛛、交互に乗らせてもらうよ」
「じ、自分も最愛様と同じでよろしゅうございますか?」
「うむ。よいぞ」
「ありがとうございます!」
髪の毛が乱れる勢いのお辞儀を見て、ふと思い出したので、尋ねてみる。
「そういえば、店主さん。貴男のお名前を聞いてなかったんだけど……聞いても大丈夫かしら?」
名刺の裏に署名はあったんだけど、達筆すぎて読めなかったんだよね……。
今の今まで店主で話が通ってしまったから、すっかり質問しようと思っていたのを忘れていましたよ。
「……大変失礼をいたしました。既に名乗ったつもりでおりました」
会話を思い出してみる。
ここぞというタイミングでの名乗りはなかった。
名刺への署名が名乗りだったのかな?
「名刺の名前は達筆すぎて読み解けなかったんです。ごめんなさい」
「こちらこそ、申し訳ございません。高位の方へはその、好まれる署名なのです」
あー、格好良く見せる見栄みたいな奴ね。
私が異世界人じゃなかったら、読めたのかしら。
そもそも商人と高位貴族だと名乗りがないのかもね。
商人は高位貴族の名前を知っていて当然だし、高位貴族は商人の名前などに興味がないのだろう。
王城でも身分制度を勘違いしている奴らが山ほどいたし。
「イグナーツ・バルヒェットと申します、時空制御師最愛様」
「私はアリッサよ。そう呼んでくれる人は少ないけれどね」
名前呼びを強要すれば困るのは相手だ。
身分的には王族クラスしか難しいだろう。
プライベートな空間であれば身分差があっても大丈夫かもしれないが。
気に入った相手が大変な目に遇うのは嫌なので仕方ない。
最愛と呼ばれるのは恥ずかしいが、夫に愛されている気もするので納得しよう。
ええ、そうしてください。
満足げな夫の囁きが届く。
「許されるのであれば、イグナーツとお呼びくださいませ」
「ふむ。それがよかろう。バルヒェットの名を持つ者には勘違いしがちな者も多いでな」
「そうなの?」
「はい。むしろ最良か最悪かの両極端な家系でございます。イグナーツ殿は最良の方で有名な御仁です」
「ありがとう、ノワール殿」
ノワールの情報に間違いはない。
夫の囁きもないので、下の名前で呼ぶとしよう。
「では、今後ともよろしく、イグナーツ」
「はい。最愛様。末永くご贔屓いただければ幸いです」
そういえば、この世界に来て随分経つが夫は一向に帰還を勧めてこない。
こない以上私はまだまだこの世界にいるのだろう。
百年単位で夫に会えないのはさすがに嫌だなぁと思いつつ、望めば夜に会えるので構わないのかなとも思いつつ。
「では、参りましょう」
イグナーツが席を立つのに続く。
部屋を出れば大蛇と大蜘蛛が威圧感も凄まじく待っていた。
「主様はこれに乗ると良かろうて」
彩絲が示してくれた大蛇は鮮やかな青色。
向こうの世界では変異種でしかいなかった色……だったと記憶している。
目の覚めるような青色の美しさに、私はついつい頭を撫でてしまう。
鱗と同じ色の瞳が伏せられて、すりっと頭が寄せられた。
小さい蛇ならまだしも、大蛇を可愛いと思う日が来るとは思わなかったなぁ……さすがは異世界。
乗りやすいようにと頭を下げてくれたので大蛇の首? 辺りに横座りに落ち着く。
何かしらの魔法かスキルでも働いているのか、体はソファにでも座っているような座り心地の良さだ。
滑らかな鱗はひんやりとしているのに不思議なことこの上ない。
感動している私から少し離れたところで、イグナーツが大いにはしゃぎながら黄金色の大蛇に乗っている。
商人が口を極めて褒めたからなのか、黄金色の蛇は誰が見てもわかるほどに誇らしげだった。
レオンとディアナは大蜘蛛に乗っている。
真っ黒な蜘蛛の上にはレオン、真っ白い蜘蛛の上にはディアナだ。
「すっげぇ、ふわふわ」
「大蜘蛛がこんなにふわふわした感触だなんて……彩絲様の眷属だからかしらね」
どうやら大蜘蛛はもふもふらしい。
二人が年齢に相応しい無邪気な表情で、大蜘蛛の毛並みを堪能している。
大蜘蛛が許しているのは、二人が純粋に賞賛しているからだろう。
彩絲の眷属とはいえど、嫌ならばその背中に乗せはしないはずだ。
「では、行こうかの」
彩絲の言葉で大蛇と大蜘蛛が移動を開始する。
動き始めも滑らかだった。
周囲は距離を保ったまま、興味深そうに凝視している。
小さい子供の目には憧れの色が強かった。
忌避の色がないのに驚く。
この世界では好まれる生き物なのだろうか……。
「最愛様が慈しむものを嫌うわけにはいくまい」
「あら、じゃあ、基本的には疎まれているの?」
「表だって出そうとする者どもは、主の目が届かぬところへ追いやられているのじゃよ。妾でもそうする。主は自分の気に入った者を殊の外、大切にするからのぅ」
「当たり前のことを言われても困るわよ」
何せ夫の許可が下りる相手の数が圧倒的に少ないのだ。
大事にしたって罰は当たらないだろう。
イグナーツの案内により、移動はどこまでもスムーズだった。
しかしだんだんと所謂スラム街めいた場所へと入っていくのに、多少の不安を覚える。
「……これから行く店舗つきの家は貧民街にあります。孤児院上がりの者が多く住んでいるのですよ。孤児院出の者が頑張って構えた家なのです」
「ああ、それなりに知れておるな。この店を足がかりにして貧民街から出た者も多かったと聞く」
「ええ、家主はとても優秀な女性でした。ただ……男を見る目がありませんでした」
男に騙されて人生狂わされた感じなのかな。
恋に狂うとどんな優秀な人物でも盲目になるからね。
レオンとディアナは神妙そうに聞いている。
二人も知る話のようだ。
最初から家族で住むのであれば、先住者の二の舞にはならないと思うけれど……。
最終的な判断を二人に任せるつもりの私は、玄関の扉を開けたイグナーツの言葉通り、先に入るように二人を促した。
そしてバレンタインが近いですね。
店舗で購入するべきか通販で購入するべきか迷ってます。
通販はそこまで萌えがなかったんですよね……。
今年は頑張って狩りに行こうかなぁ。
発送必須な相手には通販、自分と主人分は店舗でもいいかしら。
次回は、物件閲覧中。前編。(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします




