服ダンジョンに入る前に。
洋服については偏った趣味なので、文章として書くときには調べごとが多くて困ります。
ついつい調べすぎてしまって、上手に使いこなせないまでが何時もの仕様です。
ダンジョンに入る前にやることはといえば、冒険者ギルドでの確認だろう。
既に銅ランクのカードを持っているので問題はない……はず。
しかし冒険者ギルドに足を踏み入れれば、一瞬音が消えた。
私と違い彩絲と雪華は露出の高い服装の上、ノワールに至ってはメイド服。
さぞかし目立つだろう。
メイド服でダンジョンに入る人っているのかしら?
彩絲の知り合いらしい受付嬢が私たちを個室へと誘ってくれる。
御年配の婦人だ。
人族に見えるけど、違うのかもしれない。
王都から話が通っているのだろう。
絡んでこようとする冒険者は何人もいたが、他のギルド職員が全力で止めていたので、個室の扉を潜るまで絡まれずにすんだのは大変有り難い。
「ようこそ、カプレシアへお越しくださいました、御方様の最愛様」
「そこまで畏まらずともよいのじゃぞ?」
「……貴女は少し、最愛様に敬意が足りないようですね、彩絲」
「それだけアリッサ様の信頼をいただいている証なのじゃよ、おばば」
「おばば?」
「この受付のおばばは、先代虹蜘蛛族の長。妾の祖母になるのじゃ」
あ、そう言われれば瞳が美しく虹色に輝いている。
何で気がつかなかったのだろう。
認識阻害でもかけているのかな。
「不肖の孫が御迷惑をかけておらねばよろしゅうございますが……」
「何から何まで過不足なくお世話をしてくれる一人です。とても信頼していますよ」
私の言葉に彩絲が胸を張るのはわかるとして、何故か雪華とノワールまでもが胸を張った。
もしかして有名人なのかもね。
「それは何よりでございますじゃ。さて……何か依頼を受けていただけますでしょうか? ギルドマスターである自分が伺いましょう」
受付嬢じゃなかったんだ。
素知らぬふりをして受付にいたのは、普段からなのかしら。
ギルドマスターではなく、老年の受付嬢として対峙して、冒険者の見極めをしていたりしそうな気もする。
あらかじめ用意してあった分厚い本を開いて肘をついた彼女がにっこりと笑う。
額の皺が深くなった。
「高級釣り竿や高級練り餌も手に入ったから、釣りの依頼があったら受けてみたいです」
「初めての釣りで釣り師の長靴を釣り上げたからのぅ。妾としても是非受けさせたい依頼じゃな」
「銅ランクとは思えない充実した装備でございますね。さすがは御方様の最愛様。釣りに関する依頼ですとこちらになります。本来は最大五つまでしか受付できませんが、最愛様の御希望であれば、お幾つでもお受けくださいませ」
「アリッサ様が依頼を失敗するとは思わぬのじゃなぁ」
「貴女がついていて失敗をさせるのですか?」
「勿論させるはずがなかろう? 当たり前の質問をするでないわ!」
久しぶりに会う祖母と孫っぽい会話を聞くともなしに聞きながら、雪華と二人で依頼書が挟まっている本をじっくりと眺める。
貴族からの依頼が結構多い。
何しろ服ダンジョンで釣れるのは魚ではない。
服、もしくは服飾品なのだ。
「服ダンジョンのモンスターは鉄以下。隠しフロアのみ銀が出ます。釣りは鉄以下ですがレア物を狙うとすれば、銀相当になります。高ランク冒険者以外には隠しフロアの立ち入りは禁止、釣りでレア物を引っかけた場合は逃走するように指示を出しておりますが……」
「勿論隠しフロアは攻略するし、レア物も釣り上げるぞ?」
「最強の守護獣二体に、ランディーニ殿とノワール殿が付いておられるので、許可を出します。ただ安全には十分御注意くださいませ」
深々と頭を下げられたので会釈で了承を伝えておく。
万が一を心配するのは慎重なギルドマスターとして、尊敬できる。
彩絲がどことなく不満げなのは、私に祖母好きなのを知られたくない態度な気がした。
服ダンジョンは三階層。
一階は男性服。
二階は女性服。
三階は服飾小物。
各紙フロアはコーディネイト品や高価な宝飾品が出るとのこと。
ちなみに釣りができる池は三階にある。
依頼書にあった釣りで入手できるアイテムはこちら。
ウォータースカーフ。
薄い水色のスカーフでほんのり涼しくする効果がある女性用。
アイススカーフ。
濃い青色のスカーフで凄く涼しくする効果がある女性用。
アイスバンダナ。
青色のバンダナで凄く涼しくする効果がある。
男性用もしくは熱が出たとき用。
ホワイトアンブレラ。
純白レースが美しい日傘。紫外線と熱を完全に弾く効果がある女性用。
ブラックサングラス。
真っ黒いサングラス。紫外線と砂を完全に弾く効果がある男性用。
……の五点を選んだ。
最低一点以上の依頼で、何点でも同額で買い付けてくれるそうな。
ホワイトアンブレラで百合柄があったら自分用に取っておこうかなぁと考えている。
「複数の納品を心よりお待ちしております」
ギルドマスターは嬉しそうだ。
人気が高そうな品なので、品薄なのかもしれない。
男性服の依頼を雪華が、女性服の依頼を彩絲が、服飾小物の依頼をノワールが、隠しフロアの依頼をランディーニが選んでいた。
「……迷いもせずに、隠しフロアの依頼をお受けになるのですね?」
「御方も奥方もお望みじゃ。入れないはずはなかろうて。なれば、面白そうな依頼は受けるに限るのぅ」
「そうでございますか……こちらのコーディネイト品は、王族が望まれる品です。戦闘の際はくれぐれも御注意くださいませ」
隠しフロアではコーディネイトされた服がドロップするらしい。
写実的なイラストが依頼書についていた。
宝飾品もがっつりの豪華ドレス十五点セット。
依頼達成報酬は1000000ギルだってさ。
普通に購入するより安いんだろうか?
宝飾品のレア度によるのかな?
高い魅了効果付とかちょっと怖い。
「全ての依頼を達成できたなら、間違いなく銀ランクに昇格となりますね」
「御方様は水晶じゃからのぅ。妻としては並びたいところじゃな?」
「それはさすがに無理だと思いますよ、ええ」
十分に恵まれているけどね。
さすがに夫と同じは無理です。
どう考えても、無理です。
……夫の返事がないので、密やかに期待されているようだ。
プレッシャーが重い。
依頼書はまとめてノワールが管理してくれるらしい。
さくっと収納に入れている。
「それでは良いダンジョン踏破を」
ギルドマスターが部屋の外まで見送ってくれた。
ギルドを出るまで見送ってもらえば良かったと思ったのは、途中で絡まれたからだ。
絡まれたのは予想通りの相手。
ノワールが絡まれた。
「俺と勝負しろ! 無敗の漆黒メイド!」
との叫び声とともに。
……理由がおかしくないかな?
そして無敗なんだね、ノワール?
黒じゃなくて、漆黒なんだね、ノワール?
確かに今日のノワールは漆黒のメイド服を着ているけどね。
ダンジョン攻略にはこの服装と決めておりますって言ってたから、いろいろな付与がついているのだろう。
普段はベースのワンピースこそ黒だけど、エプロンやヘッドドレスはちゃんと白だからね!
でも、今日の服装は暗殺メイドとか囁かれたら、こっそり頷いてしまいそう。
「お断りいたします」
剣を突きつけてきた冒険者に対してノワールは美しいカーテシーを返す。
ほぅっと溜め息が零れた。
女性も男性もいたようだ。
さすがノワール。
ここでもさすノワ。
「うるせぇ! 俺様の愛剣の錆びになりやがれ!」
冒険者ギルド内で抜剣とか、阿呆なの? と思っている間に、冒険者の体が吹っ飛んだ。
開け放たれた扉から外へ飛んでいったので、どうなったかは見えない。
ただ怪我と失神ぐらいはしていそうだ。
飛んでいった、冒険者の仲間らしき人物たちは無視を決め込んでいる。
これはパーティーにも問題がありそうだ。
しかしノワールは武器らしい漆黒の魔女ホウキを背負って、くるんと受付嬢たちを振り返った。
「処理は適切に」
「はひっ!」
声を出せた受付嬢は一人だけ。
一番仕事ができる受付嬢なのだろう。
他の子たちは顔色を青やら白やらにしているだけだ。
王都ギルドより教育が必要な状態なのかも。
彩絲のおばあ様は何を考えてこの状態を放置しているのだろう。
わざとな気もするが、その意図がわからない。
まぁ、私が考える必要もないのだけれど。
「お待たせして申し訳ございません、主様」
すっかり戦闘メイドが纏う覇気で周囲を威圧するノワールに、私は乗ってみる。
「よろしくてよ」
言ってからちょっとだけ恥ずかしかったが、ノワールは勿論、他の三人も私の態度が誇らしそうだったので、よしとした。
しかし暑い日が続きますね。
皆様も体調には十分にご注意ください。
最近は自分の体のポンコツぶりには青息吐息です。
次回は、服ダンジョン一階 前編。(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




