王都を出ました。
暑くなってきましたねぇ……外へ出るとしばらく使いものにならなくなって困りものです。
暑さ対策はしっかりしていくのですが、帰宅時はめまいが酷くなります。
皆様もご注意くださいね。
昨日のバイキングは美味しくて食べ過ぎた。
私は朝食を食べられなかったほどだ。
他の皆は執念で食べていたけれど、普段より少なかったと告げておこう。
二度と来ないわけではないので、屋敷の住人以外には挨拶は不要と伝えた結果、見送りは屋敷に残る者たちだけだった。
王城や神殿から監視というよりは偵察として派遣された人々も顔は見せなかったよ。
見せていたら私を不快にさせるって考えたんだろうね。
ちなみに抜かりないランディーニからの報告によると、王城から三名、神殿から五名だったそうな。
多いよ!
涙ぐむ屋敷の住人たちに見送られ、馬車に乗り込む。
旅装に相応しく、キュロットだった。
夫はスカートを穿かせたがるので珍しい選択だ。
一見スカートに見えるキュロット……という辺りに夫の抵抗が見られる。
私としては足捌きが楽なので、キュロットも常に歓迎しているのだが。
頑張ってくれただろう二人には感謝をしないとね。
馬車の内装は更にゆったりとした仕様にカスタマイズされていた。
外側からは可愛らしい装飾がなされた馬車だが、中は普通のお屋敷……別荘の方がより近いかな?
お風呂にトイレ完備で、キッチンもオーブンつきだし、ベッドは天蓋ベッドが設置されているんだから、もうね。
お尻が痛くなる馬車旅を覚悟していたけれど、過保護な周囲がそれを許すはずもなかったらしい。
別荘がそのまま移動している快適さだった。
モリオンとホークアイの二頭に引いてもらっているので、重くないのかと心配になって聞いてみましたよ。
普通の馬車と変わりないよ! という返答がありました。
重量軽減魔法がかかっているのかもね。
何時も通りなら問題ないのかな?
そんな快適空間なので、私は早速刺繍に挑戦した。
初心者向けなので、想像していたよりはスムーズに進められている。
今の今まで知らなかったけれど、彩絲の刺繍の腕前がプロ以上だった。
よくよく考えれば彼女は虹糸蜘蛛。
蜘蛛が刺繍上手って鉄板の設定だった。
余談だが雪華もなかなかの刺し手だ。
生き物が得意らしい。
目の前でさささっと刺した作品は鷹が兎に襲いかかる一コマ。
躍動感とストーリー性が半端なかったよ。
「相変わらず生き物は上手いのぅ」
「はははは。同じくらい動かないものも刺せたら、彩絲といってこいなんだけどね」
「そんなに、苦手なの?」
「うん。凄く苦手。たぶん今のアリッサより苦手」
ちくちくと刺したのは桜の花びら。
特有のステッチがあるんだよね。
それを五つばかり刺してみた。
決して上手いとはいえない。
初心者丸出しの仕上がり。
それよりも、下手、とか。
モチーフが違うだけでそこまで腕の差が出る点に驚かされる。
「同じ蛇族で、毒があれば植物でもいけるって子がいるけど……基本蛇族は植物や風景の刺繍が苦手ね」
「種族特性じゃな。その分編み物は上手かろう」
「寒がりだからね、切実よ」
「なるほど」
「タンザンコに向けて編み物をやるのもいいかもよ。教えるから何時でも言ってね?」
「ありがとう」
編み物は好きなキャラクターの編みぐるみを作っていたので、そこそこできる方なのかな。
一般的なアイテムも一通りは作ったし。
夫が喜んでくれるからね。
夫以外に作るのは許されなかったけどね!
編みぐるみの着替えを許されなかったら、少し拗ねたかもしれない。
……プロ顔負けのレベルなのだろう雪華に教えてもらうのは、凄く勉強になりそうだ。
刺繍に飽きたら編み物にも挑戦してみよう。
「根を詰めると疲れるからのぅ。少し休息を取るか」
「あ、外がちょうど川辺みたいよ。出てみる?」
「大丈夫なの?」
「うん。私たちに勝てるモンスターなんて、そうそういないよ?」
「そういうことじゃ」
他の皆も強いしね。
私一人を守るための戦力と考えたら完全に、過剰戦力って奴だと思う。
「あら、素敵ね」
雪華の手を借りて馬車を降りればそこは、キャンプができそうな川辺。
適度な木陰もあるし、涼やかな風も吹いている。
ノワールが率先してティーテーブルをセットしてくれた。
「早速釣りでもしてみる?」
雪華が目を輝かせて釣り道具を差し出してくる。
クエストの話はしてあったので、準備をしてくれたらしい。
「……うむ。美味な川魚や貝類も多くおるようじゃな」
「そうなの? それなら挑戦してみようかな。こっちの釣り餌って何を使うの?」
向こうではルアーか練り餌だった。
やはりほらイソメなんかのうねうね系は苦手だったのです、ええ。
「うーんとねぇ。こっちではルアーに該当するものはないの。練り餌か生き餌。食いつきの良さは生き餌って言われているけど、練り餌でも十分釣れると思うよ」
雪華が笑顔で二つの小箱を手にしている。
それぞれ練り餌と生き餌が入っているに違いない。
「生き餌は敷居が高いので、練り餌でお願いいたしますぅ……」
「ふふふ。アリッサはそういうと思っておった」
「私と彩絲は生き餌だよー。怖かったら見ない感じでねー。イソメ系だからさー」
彩絲も釣りをするらしい。
手慣れた流れで生き餌をつけている。
生き餌があり得ない元気さで、びちびち跳ねているのは見なかったことにしておこう。
「はい、どーぞ。爪の先くらいの量を丸めて、針につける感じで頑張ってみてね」
小箱を一つ渡してくれるので蓋を開ける。
肌色でしっとりとした練り餌は丸めやすかった。
鋭い釣り針の先に練り餌をセットする。
「あの辺りに向かって竿を振ってみてね」
川の流れが緩やかな場所を人差し指で指されたので頷き、竿を振るった。
「……もう少ししっかり餌をつけねば駄目じゃのぅ……」
彩絲の呆れ声に、ごめんなさい……と小さく謝罪をした。
練り餌がよく付いていなかったらしく、何と、彩絲の頭上にぽとりと落ちてしまったのだ。
今度はぎゅっぎゅっと力を込めて練り餌をつける。
それでも心配だったので雪華に見てもらったら、無言で頷かれた。
どうやらやり過ぎらしかったが、また誰かの頭上に落とすよりはよほどマシだ。
先ほどの失敗を鑑みて少しだけ肩の力を抜いて竿を振るう。
雪華がお勧めの場所より手前に落ちた。
が。
川の流れに乗って結果的にお勧めの場所へと落ち着く。
すばらしい!
「お! 一匹目じゃな。ふむ。アユリン(鮎)か。美味しい大きさぎりぎりといったところじゃのぅ」
早い。
既に彩絲が一匹を釣り上げている。
三十センチオーバー。
鮎と考えれば大きめなサイズといったところか。
「大きすぎると美味しくないの?」
「苦みが強くなるのぅ。そちらが好きな酒飲みもおるが、妾は好かぬ」
「ふっふー。私も釣ったよ! なかなか大きいジシミ(しじみ)だね!」
ん?
貝って釣るものだっけ?
自慢げに釣り先を見せられるので凝視すれば、あちらのホタテ貝サイズのしじみが釣り針をぱっくりと噛んでいた。
ほう。
こちらでは貝も釣るらしい。
納得している私の釣り竿にもヒットが来た。
優秀な釣り竿と釣り針は一度釣った魚を逃がさないらしい。
最高よね。
真の釣り好きによる賛否は分かれるかもしれないけれど。
「え、と?」
釣り針の先には長靴がぶら下がっている。
片方だけではない、揃いの一足。
しかしただの長靴ではないようだ。
びちびちと二人が釣り上げた魚と貝より激しく跳ねている。
「ほぅ。さすがは、アリッサ。釣り師の長靴を釣り上げるとはのぅ」
「自慢の御主人様は、釣りも得意なんだね」
更に二人から絶賛を浴びてしまった。
どうやら魚や貝よりも高評価の得物らしい。
「釣り師の長靴 女性向けレアバージョン 百合柄 釣り竿を持っている場合、どんな酷い足場でも決して転ばないという効果がございます。釣りの際には是非お履きくださいませ」
ノワールが解説してくれた。
おぉ!
すばらしい。
夫がそばにいない今、転ぶ可能性が高い私には似合いのアイテムだろう。
びちびちと跳ねている長靴にそっと触る。
観念したのか、そういった仕様なのか。
長靴はぴたりと動きを止める。
しかも針を外す手間もなく、すとんと足元へ落ちた。
今すぐ履けるようにきちんと揃えられた状態だ。
水に濡れていない点に対しては突っ込まないと決めた。
早速靴を脱いで長靴に履き替える。
サイズもぴったりで、少し歩き回っても全く問題がなかった。
「釣果も増える効果があったはずじゃ、もう少し釣りを楽しもうかのぅ」
「むー! 負けないからね! アリッサ!」
またしても優秀なアイテムを手に入れた私は、二人の言葉ににっこりと笑って釣り竿を振るった。
ちょっと遠い医者へ行く度に、そちらで美味しいランチを探してしまう邪。
アフタヌーンティーも気になります。
メロンは大好きなんだけど、ラベンダーはなぁ……。
香り自体は好きなんですけど、食べるとなると苦手になってしまう不思議。
次回は、一つ目の街。カプレシア到着。(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




