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旦那様は断罪を希望しています。最愛たちの断罪。3

 またしても短編のコンテストがあるようなので、こちら用にも新作を書いてみようと思います。

 好きなテーマなので何本か書いてしまうかもしれません。

 ま、まずは思いついた一本目を仕上げようと思います。

 


 メルヒオールはぼろぼろぼろっと、大量の涙を零した。

 二人の元最愛がぎょっとしている。

 貴族は人前で涙を流すものではないと、教育されているからだろう。

 平民からのし上がった彼は、涙も武器と理解しているようだ。

 最も、その涙はここにいる誰にも通用しないのだけれど。


「自分は罪など犯しておりませぬ! 水制御師の寵愛を賜りまして、その御名を穢さぬよう、聖水の販売に励んでおりました。聖水はできる限り安価でと、商売人としては失格であるにもかかわらず、貴族の末端であればこそ! せめて矜持を持ってと!」


「……貴殿は、己の良心と貴族の矜持に則って聖水を販売していたと申すのじゃな?」


「はい! そうでございます! フュルヒテゴット様!」


「控えよ、無礼者! 大神官様を御名で呼ばわるなどと、不敬の極みっ!」


 マテーウスがメルヒオールの首に剣を当てた。

 文官とは思えぬ素早さだ。

 突きつけた剣は恐らくレイピア。

 神殿らしい装飾もない。

 ただ標的を貫くためだけの武器に相応しく、メルヒオールの首筋にぷちりと血の雫が浮かぶ。


「ひぃいいいい!」


 メルヒオールは拘束された状態でも、剣から逃れようとして蠢いた。

 捕食者に狙われた芋虫が這いずる様子に似ている。


「貴殿やその関係者が販売している聖水は、全て偽聖水と鑑定されているのじゃが?」


「そ、そんな馬鹿な! 自分どもが販売しておりますのは、間違いなく聖水でございます!」


「神殿関係者の鑑定と祝福は受けておるのか?」


「無論でございます! コンスタンティン大神官!」


「彼の者は大神官ではない! 大神官はフュルヒテゴット・キルヒシュラーガー様、ただお一人だ!」


 マテーウスの声がよく響く。

 傍若無人な二人の元最愛ですら口を挟めない。

 しかしメルヒオールは違う。

 恐らくコンスタンティンが次期大神官だと信じて疑わず、彼より階位の低いマテーウスへの敬意が足りていないのだろう。

 自分より下に見ているのだ。

 最愛でなくなり爵位剥奪目前のメルヒオールが、次期大神官に一番近しい地位にいるマテーウスより階位が低いなどとは、あり得ない妄想にすぎないというのに。


「たかが、一文官如き! 貴様こそ、口の利き方を!」


「……随分とコンスタンティンと親しかったようじゃが……奴は時空制御師様のお怒りに触れて、官位資産剥奪の上、下級神官に仕える一従者となったぞ?」


「……は?」


 おぉ、なかなかの間抜け顔。

 

 口と目を大きく開き、自分の耳がおかしくなったとでも思ったのか、しきりに耳の穴を爪先でほじくっている。

 爪の先に血がまとわりつき始めた。

 少々猟奇的な雰囲気だ。

 自分の身がいろいろな意味で危ういと、気がついたのかもしれない。


「一文官如きと言うがのぅ。マテーウスは次期大神官候補じゃ」


 まだ確定とは言わないらしい。

 カールハインツと決めかねているのだろうか。


「そ、んな、馬鹿、な」


「……コンスタンティンは時空制御師最愛様への不敬以外にも、聖職者とは思いたくないほどの、罪を犯していてのぅ……そのうちの一つに、聖水の偽造もあるのじゃよ。祝福していない聖水を、聖水として認めたのじゃと、のぅ?」


 本当かしら?

 水制御師の最愛なら、彼の力を借りなくても偽装を押し通せそうだけれど。


「それが真実であれば、自分たちは騙されていたというわけですね!」


「まだシラを切るか。うぬが申し出たのであろう? 万が一の保険にと、コンスタンティンに寄附金を積んで、聖水の祝福を行ったふりをしてくれと」


「ど、どこにそんな証拠が?」


 フュルヒテゴットが目を細めただけで、マテーウスが何枚かの書類を手に、メルヒオールの元へと歩み寄る。

 そして手にある書類を、メルヒオールの目の前へと翳して見せた。


「そんな、馬鹿な……こんな、書類があるなんて、聞いてない! 俺は聞いてない! 知らない!」


「自分の父親の名が出ているのにか?」


「知らない! 親父の独断だっ!」


「ふむ。実の両親を売るのか。それもよかろう」


 わかりやすい軽蔑の眼差しを向けたフュルヒテゴットが口を噤む。


「で、では! 自分に対する聖水偽造の罪は、冤罪だと認めていただけるのですね?」


「それは無理というものでしょう」


 腰を屈めたままのマテーウスが、違う書類をメルヒオールに見せつけた。

 メルヒオールの顔色が蒼白となり、唇がわなわなと震える。

 

「貴殿が販売した聖水を直接購入した者が、神殿へ鑑定依頼をした結果です。ざっと数百人。民は貴殿より、よほど賢いのですよ」


「こ、こんなのでっちあげ!」


「おや、神殿に冤罪を着せるおつもりか? これ以上罪を重ねるのも如何なものかと」


「冤罪はこっちだ!」


「諦めの悪い御仁ですねぇ。私はただ事実を言っただけです。偽聖水販売で、神殿は酷く名誉を傷つけられておりますもので……」


「だから、知らないと!」


『君は私に、嘘を吐いていたのだね。信じていたのに。寵愛を与えていたのに』


 部屋の何処からか声が聞こえてくる。

 初めて聞く声だ。


「水の制御師様?」


 どうやら水制御師の声らしい。


『時空制御師様に叱責されても信じていたのに……現場を見せられて、幾度も見せられて……お前が、偽聖水を聖水として販売していると理解したよ』


「違います! 僕は!」


『私をも偽ろうとするのか? はっ! 今更だな……私の寵愛を与えた者が迷惑をおかけいたしました。大変申し訳なかった。今の私に水制御師を名乗る資格はないと理解しているが、最後に水制御師として謝罪をさせてほしい。すまなかった』


 諦観に満ちた声だけが静かに響き渡る。

 頑なに自分の最愛を信じていた者の末路としては憐れでもあり、最後の最後で潔くもあった。

 珍しいパターンだが、これならばこの先の人生に救いがありそうだ。


「謝罪は受け取りましょう。また、感謝いたします。そこな愚か者も、さすがにこれ以上己の罪から逃れようとはしないでしょうから」


 フュルヒテゴットたちのやり取りを見守っていたローザリンデが慈悲深く微笑む。

 手こずると思われていた水制御師が、素直に謝罪をしたのだ。

 微笑みが深くなるというもの。

 しかし、その微笑はあくまで、水制御師へと向けられたもの。


「フュルヒテゴット様。神殿よりメルヒオールへの罰はございましょうか?」


「没収された資産を使って、偽聖水を購入した者への、謝罪の意思を示したいのぅ」


「承りました。販売名簿は既に押収しておりますので、全てお渡しいたします。そちらを参考にしてくださいませ」


「おぉ! 有り難い。神殿に虚偽を申し出る者はいないと思うが、万が一にも漏れがないようにしたいのじゃ。女王陛下に心からの感謝を」


「感謝は有り難く胸に留めますわ。神殿からの罰で被害者への贖いまでなされるとはすばらしゅうございます。こちらといたしましては、ハルツェンブッシュ子爵家の爵位剥奪と資産没収。また偽聖水販売に関与した者たちにも相応しい罰と贖いを与える所存でございます」


 少々茶番めいたやり取りが続く。

 メルヒオールは先ほどとは違い、声もなく泣いている。

 涙の量は先ほどよりも少ないが、心からの悲哀にくれているのだろう。

 己の罪が暴かれて、罰が与えられてしまうのだと理解して。

 さてその中に、自分の仕出かした罪のせいで、どれほどの人々を巻き込んだのか。

 巻き込んだ人々への申し訳なさが微塵ほどには含まれているのかで、情状酌量の余地があるか検討されそうだ。


 マテーウスが腰を上げて、元いた場所へと戻る。


「さて。メルヒオールの罪と贖いは確定した。次はどちらが、発言をするのか?」


「私よっ!」


 しかしこの少女。

 礼儀を知らないのか。

 最愛という称号を失った以上、メルヒオールの次に身分が低いはずなのだが。


「一体私が何をしたっていうのよ!」


「……今現在不敬罪を犯しておるな。ここには、時空制御師の最愛様もおられるというのに」


「どいつ、よ! がふっ!」


 きょろきょろと周囲を見回し、ベールを下ろしている私が最愛だと目星をつけたのだろう。

 間違いはない。

 ただ睨み付けるのは駄目だ。

 

 案の定夫の怒りが、威圧となって少女……エルメントルート・リッベントロップへ襲いかかる。


「げふっ! ごふっ!」


「元最愛と現最愛、それも最高位の最愛。時空制御師の最愛様を睨み付けるなど言語道断。正しき敬愛を示せ!」


 威厳に満ち溢れたローザリンデの言葉に夫も納得したようだ。

 頭を床へと叩きつける威圧が止まる。


「その、ベールの、おんな! がはっ!」


 話している途中で威圧されて、舌も噛んでしまったようだ。

 しかも勢いよく。

 舌先が噛みきられて飛ぶ。

 血がぷしゃっと吹き出た。


「ひたひぃいいいい!」


「神聖な場で、不浄の血を吹き散らすとは……」


 呆れかえった溜め息をついたエリスが、何やら呟く。


「不浄の血よ。神聖なる場よりとくと、消え失せよ!」


 うん、格好良い。

 エリスの声だから格好良い。

 これぐらいなら厨二病でもないと思うし。


 飛び散った血は消えて、出血も止まったようだ。


「ひぐぅ……いたい……」


 けれど痛みまではなくならないらしい。

 治癒ではなく浄化ならば当然だろう。


「こちらのベールをかぶっておられるのが、時空制御師最愛様にあらせられる」


 エルメントルートはのろのろと顔を上げる。

 口元から首筋にかけて血の跡が残ったその顔に、畏怖に引き攣った微笑をどうにか作って。


「時空制御師の、最愛様には、不敬を、お詫び申し、上げます」


 どこまでも悔しそうな、形だけの謝罪が発せられた。

 日焼け止めクリームの試供品をいただいたのですが、使い切れない悪夢。

 贅沢な悩みです。

 一般的にはどれぐらい保つんだろうなぁ……。


 次回は、旦那様は断罪を希望しています。最愛たちの断罪。4(仮)の予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 引き続き宜しくお願いいたします。

 

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