最愛の妻 自覚のない聖母 後編
後編です。
隠れ家っていいですよね。
自宅以外にふらっと寄れる場所があるといいよね! とか思ったりもします。
行きつけのカフェとかも入るのかな。
一人の時間が長いので、気分をリセットするのに場所を変えるっていうのは、良く使う手です。
放置プレイ中のノーパソをきちんと整備して、外原稿用にしたいところですが、なかなか時間が取れません。
「どうぞ、入って下さい」
「おじゃまします!」
少女は畳んだ傘を傘立てに入れて、脱いだ靴をきちんと揃えていた。
幼さを考えても礼儀正しすぎる気がする。
家庭内で少しでも難癖つけられないようにしている結果なのかもしれない。
「はい、どうぞ」
「わー! ふかふか! きもちいぃー」
バスタオルを渡せば無邪気に喜ぶ。
「ここに座って少しだけ、待っていてくれるかな?」
ビーズクッションを指差した。
一度も使った事がなかったが、少女なら喜ぶだろう。
「はーい」
元気よく返事をする少女の頭を撫ぜて、濡れた制服を乾燥機に入れて私服に着替える。
髪の毛はタオルで勢いよく掻き混ぜた。
顔を洗えば気持ちもさっぱりする。
「はい。どうぞ。ぬるめにはしたけど、ふーふーしてから飲もうね」
「うん! ……えー? 甘い!」
レンジにかけたぬるめのホットミルクには蜂蜜を入れてある。
「口にあったかな?」
「すごく、おいしい! こんなにおいしいのはじめて! ほっとみるく、だよね?」
「そうだよ。蜂蜜を入れてあるんだ」
「はちみつかぁ……」
少女はマグの中を覗き込んで何やら妄想しているらしい。
「こっちもどうぞ」
「わぁ……良い匂い……」
昨日作ったばかりの焼き菓子をシリカゲル投入済の缶から取り出した途端、甘い匂いが躍り出た。
ふんふんと鼻をひくつかせる様子がとても愛らしい。
「ガレットって言うんだ。フランスの焼き菓子なんだよ」
「なんか、ふらんすのおかしっていうと、かくべつにおいしそうなきがするね!」
テレビか何かの知識だろう。
そうだね、と相槌を打てば、ぱくりと開いた口が良い音を立ててガレットを咀嚼する。
胡桃を口一杯に詰め込んだリスのような可愛さ加減には、眦も垂れ下がるというものだ。
「まりさちゃん?」
「……なぁに?」
「私の愚痴を、聞いて貰っても良いかな?」
家族の恥部を広言できるほど低いプライドではない。
だから、一人。
家を出る準備を着々と進めてきた。
高校卒業と同時に、この家で生活できるように、計画は立ててある。
現時点では順調だ。
「わたしでいいなら、なんでもきくよ?」
こてんと首を傾げられた。
反射的に、違うお菓子を取り出して皿の上へ置く。
今度はフィナンシェだ。
ビターなチョコレートをがっつり入れてある。
彼女には大人の味すぎるかもしれないが、なんとなく、これはこれで楽しんでくれそうな予感を覚えつつ、口を開く。
「高校卒業と同時に、家を出ようと思っているんだ」
「えーと。じりつ、する?」
「うん。そうだね。両親と姉妹がいるんだけど、過干渉が過ぎていて、一人になりたいんだ」
「もしかして、まりさ、じゃまだった?」
周囲をきょろきょろろ見回してから、不安そうに見上げてくる。
潤んだ瞳に込み上げてきた甘い衝動に、驚いて。
同時に納得した。
どうやら私は、こんな幼い少女に恋してしまったようだ。
羞恥に顔を覆うと、少女の瞳に涙が滲み出す。
大慌てで否定した。
「その、逆だよ。君も……私とは経緯は違うと思うが、家に居たくないと思っているだろう」
「……うん」
「君の家族は言わないかな? 『貴方の為を想って言っているのよ!』って」
彼女の瞳が大きく見開かれる。
涙は目の端からすっと転がり落ちた一滴で止まってくれたようだ。
「! なんでわかったの!」
「私と君が同じだからだよ」
「……おなじ、だから……いっしょでも、いやじゃない?」
「そうだよ。同じだから一緒にいたいと思ったんだ……まりさちゃんは嫌じゃない?」
「たかひとさんかっこういいし! いやじゃ、ないよ」
家族に、赤の他人に、整った容姿を日常的に褒められているが、彼女に言われて初めてそれが嬉しい事なのだと実感できた。
「……色々と準備があるから。準備が整ったら、まりさちゃん。私と一緒に生活してくれる?」
「わたしで、いいの?」
「まりさちゃんじゃないと、駄目だと思う」
17年生きてきて、誰かと一緒に生活したいと思えたのは初めてなのだ。
聡明さと慈悲深さと持って尚、純粋な相手になんて会えるわけがない。
人は年を重ねるごとに、どんどんと純粋さを失っていく生き物だ。
幼い彼女だからこそ、自分をさらけ出せるという点に問題はあるが、それも彼女が喜んでくれるなら悪くはないだろうと思えた。
血が繋がっていることに胡坐を掻いて、彼女を否定し続ける存在よりは余程彼女に優しいはずだ。
「万全の準備を整えて、迎えに行くからね」
「まってる!」
「時々は会おうね。その時に状況を教えるよ。あーあと、家族が何か嫌な事をしたら教えて欲しい」
「たかひとさんも、おしえてくれるなら」
もじもじとスカートを握り締める彼女をきゅっと抱き締める。
彼女の小さな掌は私の背中をぽんぽんと叩いてくれた。
「約束です」
私も彼女も針千本を飲むことにはならないと思いながら、 初めての指切りをする。
上手い言い訳を考えて彼女を送り届けた。
にっこりと微笑めば、少女の母親は少女を怒るよりも私に媚を優先し始めたので、成功だろう。
御薬袋≪おみない≫と書かれた表札を再確認して、深々と頭を下げる。
振り返って手を振る彼女に、手を振り返せないのが残念だったが、聡明な彼女は私の微笑が彼女のためだけのものだとわかってくれたに違いない。
「……これから、忙しくなりそうですね」
どちらかと言えば裕福な部類に入ると思われる彼女の住まう一軒家を見上げながら、私は彼女と居る未来にために思考を巡らせ始めた。
これから喬人氏の怒涛の暗躍が始まります。
何歳ぐらいで一緒に暮らせるようになるかなぁ。
喬人氏宅も麻莉彩宅も、裕福寄りな家庭です。
麻莉彩宅はさて置き、喬人氏宅は凄く幸せそうな家庭と見られています。
喬人氏の凄まじい忍耐の下で成り立っていると気が付いている人は、現時点では皆無です。
だからこそ、麻莉彩に執着してしまった感じですね。
この作品の次の更新は、8月5日予定。
遅くなるようなら活動報告にて連絡します。
ストックが上手くたまれば早まることもあります。
旦那様は時空制御師 まずは、現状把握ですね? がタイトルになるかと。
お読みいただいてありがとうございます。
次回もまた、よろしくお願いいたします。
 




