そして、断罪劇の幕が上がる。 5
ホラー映画を鑑賞してきました。
好きな監督さんの作品です。
三部作の第一弾とのこと。
第二弾が今作の前日譚にあたると聞いて興奮は倍増しました。
しかしこの監督さんの作品、しみじみ解説が欲しいです……。
唇を戦慄かせていたゲルトルーテが憎悪の眼差しを私に向ける。
何かを叫んだが、言葉にはならなかった。
宝珠が許さなかったのだろう。
ただ、夫が丁寧に教えてくれた読心術のお蔭で、ゲルトルーテの言葉がわかってしまう。
泥棒猫!
ゲルトルーテは私に向かって、そう言ったのだ。
ゲルトルーテ終了のお知らせです、ありがとうございます。
私は深く溜め息を吐いた。
向こうの世界で同じ言葉を吐いた人間の末路を見ている。
ゲルトルーテの未来は確定した。
くぉん!
よく音速を超えた表現として使われる擬音が、耳に届く。
緊張が緩んだのに気がついたのは、背後にある愛しい温もりが頬を優しく撫でたから。
「たか……!」
ひとさんと続くはずだった言葉は、何時間見ていても飽きない美しい指に触れられて消える。
私を除く周囲の人間全てが跪く、もしくは額ずく様子が視界に映り込んだ。
ちなみにゲルトルーテは宝珠によって額ずかされていた。
彼女の頭の上に宝珠が乗っていたのだ。
手は宝珠に乗せた状態なので、かなりの苦痛を伴う体勢だろう。
床に顔がめり込んでいるかのように強く押しつけられているのだから。
『ローザリンデ・フラウエンロープ』
名を呼ばれたローザリンデは立ち上がりざまに美しいカーテシーをして、この世界へ顕現した夫への敬意を見せた。
実に堂々とした美しい所作だ。
「はい。時空制御師様。私に如何な言葉をお授けくださいましょうか」
『罪人の断罪権限を宝珠とそなたに与える。我が最愛を貶めた者に、相応しい贖いを速やかに与えよ』
「はい。お言葉のままに、罪人に相応しい贖いを手配いたします」
「時空制御師よ! 何故に、ローザに権限をお与えになるのでございましょう! どうして、我にっ!」
ハーゲンががばっと頭を上げて、許可もなく妄言を撒き散らす。
主張をする時間は与えられなかったが、夫に対する敬意の薄さに苛つかされた。
『愚かな王よ。その座に相応しくなき者よ。時空制御師は愚かな者を好まぬと、その足りぬ頭で覚えておくがよい』
どちらが王ですか?
我が最愛の夫が王です!
と躊躇いもなく言ってしまいそうなやり取りだった。
私の夫は何時だって最高で最強です!
王は頭を上げて妄言を垂れ流した格好のまま硬直している。
夫に何を言われたのか、きちんと理解できたのだろうか。
『我が最愛は何物にも囚われぬ。自由を侵すことこそ最大の不敬と知れ』
ははーっと、全方位から一部の乱れもなく揃った声がする。
初めて見た。
そして聞いた。
自分と夫以外の全てが平伏している様子を。
私たちを絶対者として崇める声を。
……そうは言っても茶番は続きそうですが。
どうですか?
リアル断罪は。
私にしか聞こえぬ声で、夫が囁く。
想定していたよりも苛々させられるかな?
別世界にもかかわらず存在している夫の手首を、しっかりと握り締めながら微笑する。
ふふふ。
メインの断罪に備えて、耐久値を上げてくださいね?
メインはきっと今よりもっと苛々させられるでしょうから。
メインの断罪は恐らく、私の両親や兄弟を指すのだろう。
以前に話をしたように、両親や兄弟は既にこの世界へと堕とされたのだ。
そのときも今のように、そばにいてくれる?
今回の断罪は関係者ではないので、安心して見ていられる。
だが相手が両親や兄弟ともなれば話は別だ。
自分が絶対的に優位な立場だったとしても、対峙している間中ずっと、足元を掬われるような不安に晒され続けるだろう。
それは当然ですよ。
愛しい麻莉彩。
指先に施される慈愛に満ちた口づけに、心から満たされて。
長くはこの世界にいられない夫へ背中を預ける。
優しく抱擁され、耳たぶを甘く噛まれたあとで。
では私はこれで。
別れの言葉を残した夫の気配がこの世界から消え失せる。
払拭しきれない寂しさは夢で夫に訴えればいい。
私は断罪を任された片割れである宝珠を見つめる。
宝珠は心得たとばかりに点滅して、ゲルトルーテの手を乗せたまま、元の位置に戻った。
必然的にゲルトルーテの体も起こされて、先ほどと同じ体勢を取らされる。
額と鼻先が真っ赤になっているが、出血は見受けられなかった。
ただ、見るからに痛そうではある。
「愚かなる者よ。罪人の隣に並ぶがよい」
凜としたローザリンデの声が会場に響く。
ヒールの音も気高く玉座へと向かう姿は堂に入っていた。
フラウエンロープ夫妻のドヤ顔が微笑ましい。
「ろ、ろーざ?」
「時空制御師様はおっしゃった。王の座に相応しくなき者と」
「くっ!」
「更に愚かなる者は好まぬと、そうもおっしゃった。足りぬ頭で理解されるがよろしかろう。自分が裁かれる側に回ったのだと」
「そ、そんな!」
理解はできるがしたくない。
そんな表情だ。
「時空制御師様は、迅速にとおっしゃった。これ以上彼の方のお心に沿わぬ行動を取ると宣うのであれば……」
ハーゲンが足音も荒くゲルトルーテの隣に並ぶ。
時空制御師の言葉には従っても、憎々しげにローザリンデを睨み付けるのは忘れなかったようだ。
「では、宝珠とともに。私が断罪を続けたいと思います。もしお心に叶わぬことを申しましたら、どうかお言葉を賜りますよう、お願いしてもよろしゅうございましょうか」
一歩足を踏み出したローザリンデが私に問うてくる。
「ええ、勿論。ローザリンデ」
私の返答に会場が一瞬だけざわついた。
安堵の感情が一番強いように感じられる。
「それでは、返事は簡潔になさいませ。くれぐれも時空制御師様のお心に叶わぬ行動はいたしませぬよう、重ねて申し上げておきます」
冷ややかな眼差しで、ローザリンデはハーゲンとゲルトルーテを見下ろす。
二人は仲良くわなわなと震えていた。
屈辱の震えなのだと、誰が見てもわかってしまう。
ハーゲンがゲルトルーテとともに堕ちることが決定した瞬間かもしれない。
「ゲルトルーテ・フライエンフェルス。そなたは自分しか愛せないにもかかわらず、より多くの愛を求め、多くの者の人生を狂わせた、その罪の自覚はあるか?」
「な、なによ、えらそうに! あたしはねぇ、あんたと違って、かわいいからっ!」
「無駄な発言は不要です、自覚はあるのか、ないのか、答えよ」
「あるわけないでしょ! きゃああああああ!」
宝珠が赫く輝いた。
ゲルトルーテの体も赫く輝いた。
口から白い泡が溢れ出す。
宝珠はゲルトルーテに痛みを与えているようだ。
「嘘は許されぬ。気絶も許されぬぞ? さぁ、申せ。自覚があるのか、ないのか!」
白目を剥いていたゲルトルーテの瞳がぐるんと回転して本来の色を取り戻す。
なかなかホラーちっくな現象を目の当たりにして、水分が欲しくなってしまった。
そういえば向こうの世界では裁判官の机にはペットボトルが置いてあったが、こちらでは水分補給はどうなるのだろう?
はて?
と首を傾げたところで、クサーヴァーがすっと現れた。
「冷たい飲み物は如何でございましょう? 冷やしたタオルなどの用意もございますが」
す、凄い!
さすがは優秀な執事を生み出してきた家系。
心が読まれているかのような完璧な対応だ。
「ありがとう。どちらもいただきます……こうした場面では、水分補給などは本来どうしているのかしら?」
「開始より一定の時間が過ぎましたならば自由に希望できます。女性は扇で、男性はカフスで私どもに指示をするのでございます」
「私ももらっていいかい?」
「勿論でございます。お代わりの用意もございますので、何時なりとも」
当然の手配なのだろう。
クサーヴァーはエリスの分も用意していた。
冷たいタオルで手を拭き、そっと頬のほてりを取って、グラスを手にする。
よく冷えたストレートのアイスティーだ。
細かく砕かれた氷が、口の中に残って冷気を継続させてくれる。
玉座に座ったローザリンデの隣にはヴァレンティーンが立っていた。
さすがに伴侶の席には座れないようだが、甲斐甲斐しくローザリンデに飲み物などの手配をしている。
ローザリンデもそんなヴァレンティーンに親しみの籠もった微笑を向けていた。
「わたしにも! のみもの! よこしなさいよっ!」
「わ、われにも、よこすのだ!」
私やローザリンデが水分補給を行っているので、周囲も倣って取り出したようだ。
それを見た二人がまた、罪人らしくない物言いで、物をねだる。
懲りるという言葉が、二人の辞書にはないらしい。
「きゃあああ!」
「ぎやああああ!」
真実を判別するだけの機能しか持っていないはずの宝珠は、夫の言葉で力を得たのだろうか。
嘘を言わずとも、無礼を働く二人に対して痛みを与えている。
真紅に輝く二人の姿は、血に塗れているようにも見えて。
二人のお先真っ暗な未来を暗示しているとしか思えなかった。
そしてホラー企画はやっとこさ中編が完了。
あとは後編を残すのみなのです。
今週中に仕上げる予定だったんですけどね……暑いのが駄目なのです。
蒸すのが駄目なのです。
通常更新のストックを消費して、引き続き頑張ります。
次回は、旦那様の謀略は無敵です。そして断罪劇の幕が上がる。6(仮)予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




