旦那様の謀略は無敵です。そして、断罪劇の幕が上がる。 1
読むのは大好きなのですが、書くとなると難しい断罪劇。
頑張ります……。
ゆったりとした足取りで断罪の会場へと向かう。
王城内では一番の大きさを誇る広間らしい。
上位貴族は九割の当主が、伴侶もしくは婚約者とともに参加しているようだ。
下級貴族はごく一部の優秀な者が参加しているとのこと。
主人が脳内で十分な情報をくれた。
開かれた扉の前で、熟練の声優さんも真っ青なよく通る聞きやすい声音で、ローザリンデとヴァレンティーンの名前が呼ばれた。
入場は下位より順番に、最高位の貴族である公爵が最後となる。
今回は私とエリスが例外的に最後となるが、迎え入れる歓声に目を大きく見開いた。
「……本来は、静寂をもって迎え入れるのじゃがなぁ……」
「ハーゲンの指示かしら?」
「恐らくはそうであろう。ははは! 無様じゃなぁ、腰を上げておる。ローザリンデ嬢がヴァレンティーンにエスコートされるとは思っておらなんだろう」
「彼女は自分のものだって?」
「で、あろうな。無意識にだ。傲慢にも程があろうよ」
他の三人は既に入場して所定の位置についているのだろう。
この場にはいない。
「さぁ、最愛の御方よ。よろしいか?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
エリスが扉に控えている者に会釈する。
彼は深めの会釈のあとで、朗々と私たちの名前を謳った。
「時空制御師最愛の御方様、エリス・バザルケット名誉公爵様、御入場」
め、名誉公爵?
初めて聞く称号の意味を尋ねたかったが、ここでは駄目だろう。
私は慈母の微笑、慈母の微笑、と必死に自己暗示をかける。
不慣れな私を慮って完璧なエスコートをしてくれるエリスに導かれるまま、所定の位置へと案内された。
玉座から腰を上げてしまった王。
王妃が座るべき席は空席。
向かって右側にローザリンデとヴァレンティーン。
私とエリスは二人のちょうど反対側。
賓客の席はもっと違う場所では? と首を傾げたくなるが、これも我慢する。
王の配下のように捉えられるのはいただけないが、ローザリンデと対等に扱われるのなら望むところだ。
「久しくなかった慕わしい夜に、我が最愛が戻って参った。ローザリンデ・フラウエンロープ公爵令嬢、我の隣に!」
うーん。
断罪開始の挨拶らしいといえば、らしい挨拶がハーゲンの口から飛び出した。
早くローザリンデをそばに置きたいハーゲンの気持ちは理解できるが、それよりも優先すべきものがたくさんあるだろう。
案の定ローザリンデは、その場で美しいカーテシーをして動こうとはしない。
「偉大なる王に発言の許可をいただきたく存じますわ」
「ローザリンデ?」
「私のことは、どうぞ。ローザリンデ嬢とお呼びくださいませ。偉大なる王よ」
どうしてだ! なんて目は口ほどに語ったら駄目でしょう、王なのだから。
上位貴族からも声なき批判が聞こえるようだ。
突っ込みを入れたくてうずうずしている私の気配を察知しているのか、エリスの口元がによによと小さく動いている。
「発言の許可をいただけますでしょうか?」
「うむ。無論じゃ」
「私は王の隣に侍る権利を剥奪されて久しゅうございます。王の隣に侍る女性はゲルトルーテ・フライエンフェルス様しかいらっしゃいませぬ。彼の方は如何されたのでございましょうか」
「そ、そうか。そうであったな。では、我が臣下たちに説明をするとしよう」
こほん! と大げさな咳を一つしたハーゲンが、イマヒトツ要領の悪い説明を始めた。
曰く。
ゲルトルーテは禁忌である魅了のスキルで、王を筆頭に多くの者を魅了していた。
ゆえに現在は能力を封印した上で幽閉している。
まずは被害者筆頭であるローザリンデの名誉を回復してから、順次他被害者への賠償を、続いてゲルトルーテの断罪を行い罪を確定させ、罰を与える。
といったものだ。
どこから突っ込んでいいかわからないが、この世界では罪の確定より賠償が先なのですか? が、まず浮かんだ疑問点だった。
「……発言の許可をいただけますでしょうか? 偉大なる王よ」
焦りの見える声を発したヴァレンティーンが、恐らくはフォローをしようとしたのだろうけれど。
「許さぬ! それよりどういうことなのじゃ、我が愛しい伴侶であるローザリンデをエスコートするとは! 何故フラウエンロープ公爵がエスコートせぬのだ?」
「娘が望んだからですが、偉大なる王よ」
発言の許可を求めずフラウエンロープ公爵らしき人物が返答する。
ローザリンデの父親だと、一目見てわかるのが不思議だった。
隣に立っている清楚な美女は母親だろう。
二人とも容姿ではローザリンデと特に似た点がない。
けれど誰が見てもローザリンデの両親だと認識できるのだ。
フラウエンロープ公爵家独特の雰囲気、もしくは覇気のなせる技かもしれない。
「偉大なる王はおっしゃいました。娘を冤罪で王都より追放なさった詫びに、娘の願いがどんなものであろうと聞き届けると」
誰かが、馬鹿な! と叫んだ。
その叫びを皮切りに、会場は蜂の巣を突いたような喧噪に包まれる。
「何でも聞く? 幾つでもいいの? せめて公爵家と王家の間だけの話にしておかなかったのかなぁ。偉大な王様とやらは」
「しておかなかったのじゃろうなぁ。フラウエンロープ家も、ちゃぶ台返しをしたくなったのではないかぇ。王と仰がねばならぬ男の愚鈍さに。手塩にかけて育てた娘を、冤罪に落とし込まれたのじゃからのぅ」
「……公爵家があれだけ怒っているのは……謝罪がなかったのかしら?」
「あり得るのぅ。公式では致し方ないが、内々に頭を下げておれば、公爵もここまで激怒せなんだろうて」
想像なんて、簡単につくよね。
上から目線で、ローザリンデの願いならなんでも聞いてやるから、それでいいだろう? って、何の疑問もなく公爵家へ持ちかけた、それまでの忠義を踏みにじる邪悪さがさ。
「ええぃ! 静まれ! 静まらぬかぁ!」
ハーゲンが大声を張り上げるが、一向に喧噪が静まる様子はない。
ただ無様にがなるだけの王の言葉なぞ、聞く価値すらないのだろう。
魅了されているハーゲンは醜悪そのものだったようだしね。
貴族たちの反応は当然なのでしょう、うん。
「皆様、どうぞ、お静まりになって?」
大きくはないがよく通るローザリンデの声に、会場は瞬時に静寂を取り戻す。
ハーゲンはぽかーんと大きな口を開けてから、驚くべきかな。
ローザリンデを睨み付けた。
「お主は何様のつもりでおるのじゃ?」
「ローザリンデ・フラウエンロープ公爵令嬢でございますわ。王位継承権二位の者でございます」
「は、はぁ?」
え?
この国の王家って、どうなってるの?
ハーゲンって兄弟姉妹とかいないの?
親戚は?
ハーゲンなみにテンパってしまった。
だが、会場は静かなまま。
どうやら周知の事実らしい。
狼狽えているのは、ハーゲンだけだ。
っていうか、ここで敢えてそれを言う意味って……。
考えれば背筋に怖気が走った。
「偉大なる王よ。ローゼンクランツはこう申し上げたかったのでございます。賠償よりも断罪が先なのでは、と」
「それは、そうじゃが……」
「まずはゲルトルーテ・フライエンフェルス様をお呼びくださいませ。偉大なる王が順序を違えるなど……許されるはずもございませんでしょう?」
ローザリンデの微笑が深くなる。
幾つもの溜め息が零れる美しい微笑だ。
「順序を違えてなどおらぬ! ただ、ローザリンデは我の隣に侍るべきだろう」
「そうでございますわね、失礼いたしました。現時点では、辛うじて、違えてはおりませんでしたわねぇ……」
侍るべきの発言については触れない。
侍るつもりはないので、当然だ。
「名誉公爵、エリス・バザルケットが称号と名にかけて、申し上げる。罪人ゲルトルーテ・フライエンフェルスを会場へ!」
「ば、ばざるけっと、どの?」
「何も問題はないはずだが、偉大なる王よ?」
どうやら名誉公爵とは随分力のある地位らしい。
名を名乗ったのも相乗効果になるのかな?
エリスの言葉を聞き、控えていた護衛らしき人々が扉の外へ出て行く。
さして間を置かずに戻ってきたので準備はしてあったのだろう。
ハーゲンはローザリンデを王妃の座に座らせた上で、ゲルトルーテを迎え入れたかったのだ。
貴様なぞ、金輪際自分の隣に座らせるものかという、子供じみた我儘のためだけに、間抜け極まりない行動をとったのだ。
全く度し難い。
それこそがゲルトルーテの魅了にかかった愚か者だという印象を、深くしてしまうだけだというのに。
扉が開かれて、口枷を嵌めたゲルトルーテが、両脇を固められた状態で引き摺られてくる。
簡素なドレスは案外似合っていた。
封印具はしっかり効力を発揮しているようで、両脇を抱える男性の目には侮蔑しかない。
「それを、そこへ這いつくばらせろ」
「……立たせるのじゃ。どんな罪人でも起立で裁きを受ける。例外は許されぬぞ」
男性二人はエリスの発言に従った。
ハーゲンの憎々しげな歯ぎしりが、ここまで聞こえてくる。
そろそろ呆れるのも疲れそうだ。
「それでは、断罪を始める!」
ハーゲンの言葉に、それまでローザリンデと何故か私を睨み付けていたゲルトルーテの目線がハーゲンに移る。
ただ驚愕しかない、いっそ無邪気な眼差しだった。
BGMをクラシックにしていましたが、誰もが知っている! と書かれているのに、知らない曲があって落ち込みました。
曲名を知らないとかざらです。
超絶難しいピアノ曲の演奏の違いを聞いて、あまりの違いに驚ける程度には好きなんですけれどね……。
次回は、旦那様の謀略は無敵です。そして断罪劇の幕が上がる。2(仮)予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




