報われる至福。異国情緒溢れるお茶会。6
まるかぶりませんでしたが、お寿司、美味しかったです。
ほしかった組み合わせの中巻きは、追加がおいつかなかったようで、商品名が書かれたプレートだけが寂しく立っていましたとさ。
涙を軽く拭えば、再び場が緩やかな雰囲気に包まれる。
ローザリンデは周囲をそれとなく見回しつつ、三の重に手をつけた。
まずは和のデザートとして有名なわらび餅を小皿に取る。
スライムのような見た目。
ふるりと揺れる様子も似ていた。
どこかの教育が足りぬ貴族子息が誤ってスライムを食べようとしたのは、このわらび餅が原因とされているが、わらび餅がこの世から消える悲劇は起きない。
わらび餅の発案者もまた、御方様とされているからだ。
透明なわらび餅にキコナとブラックトローリがかかっている物と、抹茶のわらび餅に抹茶トローリがかかっている物の二種類。
透明なわらび餅の食感はふるんふるん。
抹茶わらび餅の食感はもちもちねっちり。
擬音で表現するのは、淑女らしくないのだが、他に表現が見当たらないので致し方ないだろう。
基本的に食感を楽しむデザートだと思うが、味についてもきちんと差別化がなされている。
どちらの味も捨てがたい。
何より嬉しいのはこのデザート。
ダイエットに向いているという点だ。
だからこそ、貴族社会でも広く知られている。
最近では、フルーツを使ったわらび餅なども作られていると聞き及んでいた。
味が良いだけでなく見た目も美しく仕上がるのだろうそれらも、機会があれば食べてみたい。
続いて取り分けたのは、桜の塩漬けが入っている、桃色の可愛らしいケーキ。
中は濃さの違うサクラ色のクリームと餡が入っているようだ。
桜の花びらを模した形の、更に中央に桜の塩漬けが載せられている。
「ん!」
口にした瞬間スポンジのふわふわした食感に加えて、仄かに残る桜とミルクの香りに驚いて、声を上げてしまった。
また、中のクリームと餡も秀逸だったのだ。
一口で何種類の食感と味を楽しめるのだろう。
作り手の技量とセンスの良さが窺えるケーキだ。
このケーキならば、特に女性が気に入るに違いない。
衝撃的なことに、このケーキもダイエットに向く食材を厳選して使用しているというのだ。
和食がダイエットに向くのは知っていたが、デザートもそこまで向いているとは思っていなかった。
しかも美味しいのだから、最高だろう。
うんうんと頷いているのは、ローザリンデだけではない。
テーブルを囲む全員が似たような笑顔を浮かべている。
いつの間にか注がれていた、抹茶のまろやかな苦みで、口の中の甘味を払拭して、次なるデザートに挑む。
錦玉羹、と呼ばれる和のデザートだろう、可愛らしいゼリーはリス族のメイドが近寄ってきて、全身を使って丁寧に載せてくれた。
指の腹でつい頭を撫でれば、きょとんとしたあとで、嬉しそうに笑顔を向けてくれる。
これはもう、リス族のメイドもしくは癒やし係を手配するしかない。
全てのリス族が彼女たちのように、忠実で可愛らしいわけではないので、慎重に選ばないといけないと、頭では理解しても難しそうだ。
錦玉羹は半円球の透明なゼリーの中に、二匹の金魚が仲睦まじく泳いでいる見た目をしていた。
暑い時期に好まれるデザートなので、金魚が泳いでいる物が多いと聞く。
紅葉や桜が収まっている物も見たので、あくまでもそういった傾向にあるデザート、という位置づけなのだろう。
食感はゼリーよりしっかりしている。
使われている素材が違うらしい。
ゼリーも美味だが、錦玉羹もまた美味だ。
金魚は赤と黒だったのだが、どちらも味が違う。
複雑な味で、食材が特定できなかった。
ローザリンデの知らない和の食材が使用されているのだろう。
可愛らしい金魚を一口でいただく罪悪感には目を瞑っておいた。
「こちらは変わりぜんざいでございます。アプルンとユーズをビーハニーで煮詰め、とろみをつけ、焼いたモッチーも絡めたものとなっております」
「まぁ! ぜんざいでしたの?」
「はい。冬の残り物をアレンジした料理と説明がございました」
「素敵ね。悪くなる前に食べきる心構えは、是非に、貴族にこそ持っていただきたいものですわ」
真っ当な貴族こそ、損失を考える。
体裁は過剰に整えるが、日常では常に節制を心がけていた。
少なくとも、フラウエンロープ家はそうだ。
料理人たちは、如何に素材を使い切るか、無駄を出さないか、日々研鑽を重ねている。
降嫁してきた王女様などは、最初こそ難色を示した方もいらしたようだが、程なくフラウエンロープの食卓に馴染んでいった。
毒味の心配がないので、熱い物を熱く、冷たい物を冷たく食べられる上に、見た目も味も研究し尽くされた物が食卓に上がるのだ。
むしろ喜ばしいと思ったらしい。
幾つかの日記が残されている。
馴染めない方々は、早死になさった。
贅沢しかできず、家訓に馴染めない者はフラウエンロープ家には不必要なのだから。
初めて口にする変わりぜんざいは、何故か懐かしい味がした。
風邪を引いたとき、喉を痛めているときにも好ましいデザートのようだ。
ユーズの香りもそこまで強くない。
アプルンは完全に煮崩れており、飲めてしまえるのが恐ろしい。
焦げ目がつく程度に焼かれたモッチーに、アプルンとユーズをよくよく絡めて食べるとやわらかくなって食べやすかった。
アプルン、ユーズ、モッチーのどれかが使い切れなかったときには、試してほしいレシピだ。
次に手を伸ばしたのは箱の中に入りきれなかった一品。
アイスクリームやシャーベットが載せられる、特徴的な器の中に入っているが、そのどちらでもない。
色からしてプリンで間違いないが、一般的なプリンではないだろう。
和のプリンといえば恐らく……と想像しながらスプーンで一口掬い取る。
他のデザートと違い、しっかりと一人前あったのが嬉しくなる味だった。
和三盆を使ったプリン。
自分が想像していた通りの素材が使われており、自然と笑みが浮かぶ。
何処までも上品な味は和三盆にしか出せない。
これもまた、不思議と郷愁を感じさせた。
コッコーのエグックとミルク。
そして和三盆しか使っていない。
それなのにここまでの深みが出るのだから堪らなかった。
気がつけば器が空になっている。
器の底に残ったカラメルソースを食べ尽くせないのが悔しい。
「ローザリンデ様。よろしかったらこちらをお使いくださいませ」
リス族のメイドが三人揃って、一生懸命に運んでくれた器の中身には一口サイズのスポンジが入っている。
「まぁ、ありがとう。心配りがとても嬉しいわ……はしたなくてごめんあそばせ?」
首を傾げれば、三人が高速で首を振る。
何とも愛らしい。
「皆様、そのように召し上がっていらっしゃいますので、どうぞお気になさいませんよう……」
伸ばした手で大きな半円を描く所作。
どうぞ、御覧あそばせ! の意味合いを持った動きに目線を流せば、皆嬉しそうにカラメルをスポンジで掬い取っていた。
アリッサなどはそこに生クリームまでも追加している。
微笑ましさを覚えつつ、有り難く丁寧にカラメルソースを掬い取った。
カラメルソースが染み込んだスポンジもまた、美味しい。
「……一つ貴女方にお願いがあるのですけれど、聞き届けていただけるかしら?」
「不肖手前どもでできますことであれば、何なりとも」
ここまで揃ったお辞儀は、滅多に見られない。
どれほどの訓練をしたのだろうか。
三姉妹ならではの通じる何かがあるのかもしれないが、それにしてもすばらしい。
ローザリンデは穏やかに微笑むと三姉妹の名前を尋ねた。
質問した瞬間の笑顔は、それぞれが違うものだったけれど、どれもが光栄だと、嬉しいと、心から喜んでいるものに違いなかった。
「こちらはホワイトチョーコレトとホワイトアンコの生チョーコレトとなっております。こちらの世界では初めてのレシピとのことでございます」
「光栄ですわ」
リズ族の長女ネルの説明に笑顔で大きく頷く。
初めてのレシピは本来なかなか遭遇できないもの。
しかしこのお茶会ではほとんどのレシピが新作だった。
アリッサの心遣いが嬉しい。
彼女は私が復帰後初めて開くティーパーティにも使えるようにと、出してくれたのだろう。
この茶会はあくまでも内輪の茶会。
王宮での大規模なティーパーティで初めてと披露しても問題はないのだ。
「生チョーコレトはレシピが充実しているという認識でしたけれど、まだまだ可能性があるデザートなのですね」
「はい。特に和の調和とお酒を使用した物に可能性があるようでございます」
「お酒……ふふふ。お酒好きの女性が喜びそうね」
「男性にもきっと喜ばれます。甘味好きな男性は隠れていらっしゃいますが、相当の数いると御主人様がおっしゃっておられました」
なるほど。
デザートで男性の心を鷲掴みするとは、さすがの一言に尽きる。
許されるならばアリッサとともに酒を使ったデザートのレシピを充実させたい。
そういえば、宰相息子の彼は、甘い物が大好きだった。
生チョーコレトにはお酒も入っていた。
入っていたから、説明を追加してくれたのだ。
海の男の酒と認識が高いラム酒が、デザートに使われると一気に品が良くなって驚かされる。
更に生チョーコレトは薔薇の花の形をしていた。
食べるのが惜しくなるほどに、美しい白薔薇だった。
お寿司メインでお味噌汁には豚汁を!
大きいお椀で出したら、仕事疲れの主人には重かった模様……。
以後気をつけたいと思います。
ちなみに自分はぺろりといただきましたとも。
次回は、報われる至福。異国情緒溢れるお茶会。7(仮)予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




