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報われる至福。異国情緒溢れるお茶会。5

 バレンタインを狩りに出るか通販にするか迷っています。

 現時点では通販寄りです。

 主人の会社でコロナ感染者が出ているという話を聞くと、引き籠もり続行がいいよね……と思う次第なのです。



 口元を持参したナプキンで拭いたナルディエーロの目線が、こちらに向いていると気がついて胸がざわつく。

 後ろ暗いものがなくとも、美しくも妖艶な紅の瞳で見つめられると、己の所業を振り返ってしまうのは、ローザリンデだけではなかろう。

 清廉潔白でなければ務まらない職業の一つに上げられる立会人。

 下級であれば不祥事による解任も少なくないが、上級ともなると滅多な解任はない。

 あるときは国の上層部が絡んで、国家存亡がかかった問題にまで発展してしまう例がほとんどなのだ。

 そんな立会人の最上級称号の弩級。

 現在公式に認められている弩弓称号の持ち主は世界広しといえど、たったの十人しかいない。

 ここ十年は増減もなかったはずだ。

 貴重な称号持ちの中でもナルディエーロは容姿の美しさと幼さ、容貌に似合わぬどこまでも冷静で公平な立ち会いで広く名が知れていた。

 

 ローザリンデ自身、ナルディエーロに依頼した過去はないが、公爵家からの依頼は幾度かある。

 同席もした。

 一言で表現するならば、凄まじい。

 歴戦の猛者という呼び方が、これほどに似合う方はいないだろうとまで思った。

 完璧に見えた契約に驚くほどの不備が見つかるだけでなく、こちらに有利だと信じて疑わなかった箇所こそが、相手にとって一番の利益なのだと気付かされるのだ。


 ナルディエーロの幼さを侮った者は悉く沈んでいった。

 反省し、努力し、ナルディエーロに頭を下げて、以前と同じ立ち位置もしくはそれ以上にまで上り詰めた者は少ない。

 事前にナルディエーロの仕事に対する完璧な噂を、疑いようがない機関の資料付きで掌握していても尚、その幼さに惑わされる者は後を絶たないのだ。

 ナルディエーロが認める幾人かの立会人たちは、口を揃えてその幼さが彼女の一番の武器なのに……と苦笑している。

 

 実際ここまで近い位置取りで、さらにはプライベートなはずの空間で会っていても、愛らしいと思ってしまう。

 ただそれと同様、もしくはそれ以上にナルディエーロを敬う気持ちもあった。

 ローザリンデは、自分の目と勘が正しく発動している事実に心の底から安堵する。


「ローザリンデ様は、かの犯罪者ゲルトルーテ・フライエンフェルスに、どのような罰を望んでいるのか、この場で聞いておきたいのですが……お聞かせ願えますか?」


「己の罪をきちんと自覚した上での、過不足のない罰を……と思っておりますの。ですが、ゲルトルーテ嬢が己の犯した罪の深さを理解できる能力があるのかどうか……幾つもの疑問点がありまして、何とも申し上げにくいのですわ」


 そう。

 出自や育成環境を考えても愚かすぎる。

 何よりローザリンデが悍ましかったのは、どんな細やかな場面においてもやり直しができると信じていたこと。

 そしてやり直せないとわかる都度に、どうしてやり直せないのかと不思議がる様子。

 さらには今度こそやり直せるはず……己の、思うとおりにできるはずと、同じ過ちを際限もなく繰り返せる神経の図太さ。

 根本が間違っている、歪んでいる、狂っていると、幾度煮え湯を飲まされたかしれない。


「私自身、犯罪者ゲルトルーテと直接話をする機会がありませんでしたので、想像でしかありませんが。彼女は恐らく、この世界に生きていないのだと思います」


「と、おっしゃいますと?」


「ん? もしかして、彼女も転生もしくは転移者ってことなのかしら?」


「アリッサ様のおっしゃるとおりでございますね。転生者であり、この世界を乙女ゲームの舞台と勘違いしているのではないか、と推測しております」


 転生者?

 乙女ゲームの舞台?

 一体どういう意味なのだろう?


 転生者は記憶の片隅にあった。

 以前読んだ書物の中にそういった表現を見かけた。

 異なる世界で生きた記憶を保持したまま、こちらの世界に生まれし者。

書物にはそんな感じに記されていた。


 しかし乙女ゲームの舞台とは初めて聞く。

 書物でも見ない。

 ならば恐らく異世界の言葉なのだ。

 舞台というからには、ゲルトルーテは何らかの役を演じているのだろうか。

 例えば、傾国の寵姫。

 その真実は、現実と虚構をはき違えた狂人?


「こちらへ召喚されたときに思ったわ。ありがちな乙女ゲームの設定だものね」


 アリッサがさもありなんと頷く。

 ありがちな設定と静かに呟かれて愕然とする。

 異世界ではありがちな舞台の脚本を、狂人が演じた結果。

 ここまで国が壊されかけたというのなら。

 その怒りを、どこへぶつければいいのだろう。


「攻略対象者が何人いたかはわからないけど……王様を狙ったハッピーエンドを求めるなら、最低限の努力は必要だったんでしょうね。逆ハールートじゃないだけ、まだましと言うべきなのかしら?」


「逆ハールート?」


「逆ハーレムルート。王様以外にも優秀な側近や騎士などを侍らせる、非現実的な選択肢ですね。ゲーム……物語の中でしか許されない状況でしょう?」


「……いいえ、アリッサ様。ゲルトルーテ嬢はどうやらその、逆ハールートを選択されたようですわ」


「そうだったの?」


「宰相の嫡男、騎士団長の嫡男、宮廷魔導師長嫡男、侍従長の嫡男が廃嫡になりました。全員ゲルトルーテ嬢に傅いておりましたのよ」


「侍従長は新しいわ!」


 何が新しいのだろう。

 思わず首を傾げてしまう。


「ああ、ごめんなさい。侍従長だけ向こうの物語では見かけなかった……ん? 執事長はあったかな。あるいは暗部を兼ねているのなら、むしろ多いのかな……」


 アリッサは独り言を呟きながら考え込んでいる。

 そんな様子をナルディエーロは優しく見守っていた。


「しかし嫡男が揃って廃嫡ですか。立会人が呼ばれたとは聞いていませんが……」


「呼ぶ必要もないほど、彼らの状態が酷かったのですよ」


 宰相の息子は、次期宰相の名にふさわしく冷静沈着にして公明正大。

 少々神経質な面も、細やかな所にまで目が届く人だと褒められていた。

 騎士団長の息子は、努力家の秀才。

 優秀だった異母兄の前でも萎縮することなく、常に闊達自在に生きていた。

 宮廷魔導師の息子は、絶大な魔力を見事に制御し、使いこなせる天才。

 天才を鼻にかける様子など一切見せず、弱者にこそ優しかった。

 侍従長の息子は、篤厚にして忠実。

 その能力は抜きん出ることはないものの、何事においてもそつなくこなすので総じて高く評価されていた。


 それがどうだ?

 ゲルトルーテのために、宰相息子は国庫にまで介入し、騎士団長息子は軍を動かした。

 宮廷魔導師長息子は宮廷魔導師独自の決まり事を悉く破り、侍従長息子は邪魔なモノを排除して回った。

 結果、ハーゲンの手によって断罪されたのだ。

 側近として、身の回りを世話するものとして、長くともにあったにもかかわらず、躊躇のない断罪だった。

 殺されたのではない、断種はされたがそれぞれ生かされている。

 情ではない。

 生かして、自分とゲルトルーテの仲睦まじい様子を見せつけたかったのだ。

 嫉妬が絡んだ傲慢な手配。


 それでも命があるのならば、まだ救われるのかもしれない。


 アリッサのおかげでハーゲンは己を取り戻した。

 魅了から解放されたハーゲンは、ゲルトルーテを愛さずにローザリンデの復帰を望んでいる。

 ならば断罪された者も本来の姿を取り戻してしかるべきなのではなかろうか。


「今、彼らはどうしてるの? 少しは反省した感じなのかな? もしそうなら復帰もありだよねぇ。私が会った王族騎士団長、宮廷魔導師長? はかなり駄目な人物だった記憶があるから元に戻すのもありかしらと思うんだけど……」


 ローザリンデの耳にも多少は聞こえてきた。

 ゲルトルーテから無理矢理引き離された彼らのうち、宰相息子と騎士団長息子は持ち前の性質からか、ほとんど元通りになっているようだが、宮廷魔導師息子と侍従長息子は未だにゲルトルーテへの接触を試みているという。


「僭越ながら申し上げます。全員能力を高める努力は忘れていないようでございます。ただ宮廷魔導師長の御子息と侍従長の子息には、魅了の効果が残っているようでございまして……」


「え! 逆に宰相と騎士団長の息子さんは自力で魅了から抜けたんだ。凄いね!」


「……アリッサ様は、それほどに深く囚われていたと思われますか?」


「うん。逆ハーレムルートが確定していたとしたら、宮廷魔導師長と侍従長息子の状態が普通なんだと思います。あーでもそれは公式で逆ハールートがあった場合か。強制力がゲーム終了後も続くとは思えないし。かといってもいろいろなパターンがあるからなぁ……」


 自分の持っている異世界知識の摺り合わせが難しいようだ。

 アリッサは額に皺を寄せている。


「王に献上いただいた、その、魅了解呪の魔法具を彼らに与えるわけにはまいりませんでしょうか?」


 バローの意見は意外ではなかった。

 彼女はハーゲンの近くにある彼らを可愛がっていたし、彼らもバローの意見には従順だったように思う。

 王の乳母という特殊な立ち位置だが、バローはその地位を笠に着ない実力者だったからだろう。

 バローが可愛がっていた彼らは、魅了されるまでは優秀で健全な存在だったのだから。


「できるよー。お茶会が終わったら作成しておくね。ローザリンデが王城へ入る前にリゼットさんが持って行くといいよ」


「本当でございますか!」


「うん。魅了が完全に解除された状態でも盲目的だったら、再雇用は不可で。そうでないなら検討してほしいなぁ。あ! あとできれば彼らに会う機会がもらえると嬉しい」


「そのときは私も立ち会いますわ!」


 思わず声を上げてしまった。

 魅了から解放された無防備な状態で、アリッサに対峙するのは厳しいだろう。

 新たに魅了されてしまう可能性だってある。

 アリッサはそれだけ魅力的な存在だ。

 女神と崇めるならばいい。

 女神を我が伴侶に! などと考えなければ、御方もお許しくださるはずだ。


「ローザリンデは、彼らを助けたい?」


「彼らが変わってしまった期間にされた対応に思う所はございますが……それでも、王を支えようと誓い合い、共に切磋琢磨してきた時間を捨て去るには、惜しい。否、悔しいのですわ」


「ふふふ。ローザリンデらしい。たぶん四人とも。魅了から解放されてしまえば、ローザリンデを憂いさせはしないと思うわ」


 慈母の微笑を浮かべたアリッサを、彼らよりも先にローザリンデが崇拝してしまいそうだ。


「お言葉が嬉しゅうございます。魅了からの完全解放が叶いました日には、彼らに文句を言いたいと思いますの。そのときも、できれば一緒にいていただけたらと思うのですが……お許しいただけましょうか?」


「ええ、勿論。黙って見守っていてあげる。存分に文句を言うといいです。彼らはきっと貴女の言葉を真摯に受け止めますから」


 穏やかな声音でローザリンデの望みが叶うと謳われる。

 ローザリンデは目の端から伝った雫を、取り出したハンカチでそっと押さえた。



 定期的な体調不良中、気をつけているにもかかわらず、二次被害を発症。

 これ以上どうしろというのか……。

 医者に行って薬をもらってくる以外に方法は基本ないのですが、以前完治した方法を試し中。

 早くスケジュール通りの作業ができる気力を取り戻したいものです。


 次回は、報われる至福。異国情緒溢れるお茶会。6(仮)予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 引き続き宜しくお願いいたします。

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