旦那様の謀略は無敵です。公爵令嬢の矜持 前編
電子書籍の良さに場所を取らないという点がありますが、収納スペースに困ってもやはり紙媒体で読みたい作品が多くて困ります。
自分の場合は特にコミックスがそうですね。
皆様は如何でしょう?
先ほどは地下五階まで降りて、今度は五階までの階段を上る。
ドレスの裾は任せてあり神経を使わなくてすむので楽だが、ハイヒールでこの距離を歩き続けたらさぞ疲れるだろうと考えていた。
しかし予想に反して、全く疲れていない。
「……このハイヒールって、何か魔法が付与されていたりするのかしら?」
私の答えには先導していたノワールが返答をくれた。
「はい。地下へ降りると決まった段階で『うんどうぐつ』と同じ機能になるよう、手配いたしました」
運動靴か。
それならハイヒールより疲れていないのには納得だが。
「こちらの階段に敷かれております絨毯にも、疲労軽減の魔法が付与してございます」
続いてトゥルンヴァルトが説明を付け加えてくれて納得した。
二重の効果のお蔭で、疲れを感じない状態でいられるのだろう。
しかしノワールの手配は、どんな手配なのかが気になる。
疲労軽減の魔法といった具合に、魔法なのだろうか。
それともシルキー特有スキル……にもなかった気がする。
想像料理の派生スキルでも覚えたのかしら?
私のノワールへの信頼度は高いと思うし。
などとつらつら考えていたら、ローザリンデの部屋へ着いたようだ。
「御方様とその従者様をお連れいたしました」
ノックのあとで、初めて聞いたトゥルンヴァルトが喜びに溢れた声で扉の向こうへと話しかける。
「どうぞ、お入りくださいませ」
届いた声は通信水晶から伝わってきた声と比べて、落ち着いている。
その分、声の甘さが伝わってきた。
夫もそうなのだが、この手の声は怖い。
気がつけば人を己の思うとおりに誘導してしまう声だ。
何より怖いのはこの声。
誘導されて不審に思うどころか喜びを覚えてしまう点だったりもする。
夫が決して外さないようにと指示したサファイアのネックレスは、精神攻撃も弾くので、万が一にも私がローザリンデに誘導されはしないだろう。
ちなみに特殊装備品のサファイアアクセサリーは、常に身につけている。
着けているが、着けている感覚がなく、必要時以外は他者に認識されないようにもなっていた。
私の、ネックレスがもう少し軽いといいのになぁ……という意見と。
彩絲と雪華の、その時々の装いに相応しいアクセサリーで飾り立てたい! という意見に反応した夫が、いつの間にか便利仕様に作り替えたようだ。
相変わらず夫のチートが過ぎる。
部屋の中央で佇んでいたローザリンデが、素人の私が見てもわかる美しいカーテシーを披露してくれた。
私は軽く腰を落とすだけの返事で答える。
ローザリンデがソファの前に立つので、対面のソファに腰を下ろした。
ドレスの下に沈んだピンクとホワイトのレースで飾られたクッションは、ノワールが手早く取り出して、邪魔にならない場所へと移動してくれた。
私の会釈でベールが持ち上げられる。
ローザリンデが、ほぅ、と至福の溜め息を吐いた。
「女神が地上へ舞い降りたと感じてしまう御尊顔を拝見できて、光栄でございます」
そう言って嫋やかに微笑むローザリンデは、想像していたよりもずっと愛らしい系の令嬢だった。
部屋の中もピンクとホワイトで纏められた、実にメルヘンちっくな内装だったのだ。
「まずは、喉を潤してくださいませ。甘さはお好みで。砂糖、ビーハニー、ミルクを用意してございます」
会釈したローザリンデは、そばに立つメイドに好みの紅茶を淹れさせている。
私の分は当然のようにノワールが整えてくれた。
ビーハニーとミルクのたっぷり入った、ビーハニーミルクティーだ。
癖のない蜂蜜は、どんな蜂が何の花を選んだ蜜なのかを想像しながら口にする。
ノワールの手配に不手際は考えられないのだ。
当然のようにビーハニーミルクティーは美味しかった。
「この度は夜蝶のはばたきまで御足労いただきまして、ありがとうございました。また私に絡んでおりましたヨーゼフィーネ嬢が不敬を働きましたこと、深くお詫び申し上げます」
「随分と勘違いが激しい外道じゃったが、どんな確執があったのかのぅ?」
「はい、彩絲様。当時は王太子でした、現王の婚約者選びの際に、私が選ばれましたときから逆恨みをされて久しい状況でございました」
「公爵家だったから選ばれると、思い込んでいた……」
「ええ、そうでございます、雪華様。マルテンシュタイン家は、先代の功績で公爵に陞爵いたしました。その陞爵にも黒い噂はあったのですが、王太子の地位を確たるものにした、という点が大きく功を奏しましたので……」
「マルテンシュタイン家が公爵になったのは、ヨーゼフィーネ嬢が王妃になるわ! と我が儘をかましたのと、当主がより強大な権力を求めて、無茶をしでかしたからと聞き及んでおるぞ?」
「無茶の細やかな内容まで、御存じなようですね? ランディーニ殿」
「ふぉっふお。我は闇にとけて、情報を得るのを得意とする種族じゃからのぅ。主がおらぬとてその程度、呼吸をするのと同程度のものじゃ」
ばっさばっさと羽を動かす様子には喜びが見て取れる。
やはり公爵令嬢に評価されるのは嬉しいのだろうか。
公爵令嬢というより、性格容姿ともに兼ね揃えた令嬢の賞賛だからこそ、喜んでいる気がした。
「長年の粘着から逃れられましたこと、お喜び申し上げます」
「ありがとうございます、ノワール殿。貴女がそうおっしゃるのならば、私が彼女に悩まされることは二度とないのでしょう。感謝いたします」
「感謝はどうぞ、我が主様に」
「重ねて申し上げます、時空制御師最愛の御方様。この度は、マルテンシュタイン家の妄執から解き放ってくださいました件にも、深く感謝いたします」
ヨーゼフィーネではなく、マルテンシュタイン家と言う辺りが、何とも心憎い。
実際ヨーゼフィーネの家族や親族にも散々迷惑をかけられたのだろう。
地下室での状況から察するに、マルテンシュタイン家にかかわる一族には、救うべきどころか、救ってもいい人材すらいないようだった。
断絶してしかるべき血統は、このようにしぶとく存在してしまえるのだ。
だからこそ、厄介だったに違いない。
「感謝していただけるのならば、どうぞ早く本来の位置に戻ってくださいませ」
「はい。私もそうしたいと思っております。信頼できる者を通して、陛下へ直接連絡もいたいました。幼い頃から寄り添ってくださった陛下に戻っておられまして、深く安堵した次第です」
「陛下には魅了解除の指輪を、王妃面をしていた女性には、魅了封印のネックレスを献上いたしましたの。効果が明確に出ているようで何よりですね。女性を排除してしまえば、貴女の名誉回復は叶うのでしょうか?」
「はい、誠に有り難いことに。全ては御方様のお蔭です。かの御令嬢の仕出かしたあれこれが凄まじく周囲へ悪影響を及ぼすものでしたので、本来であれば私の名誉回復を望まぬ者ですら、阻止しては自らに害が及ぶと、理解できているようですから」
ローザリンデの微笑が華やかになった。
それだけ爽快なのだろう。
娼館へ籠もらねばならない身へと追いやった者どもが、自分の復帰を望まざるを得ない現状が。
「では正面から堂々と復帰いたしましょうね。王宮までは当方の馬車へ乗り込んでくださいませ。私も同乗いたします」
「王宮へも、足を運んでいただけるのでしょうか?」
「主人がそうなさいと申しておるので、伺います」
「まぁ! 時空制御師様が! なんと有り難きお言葉でございましょう! 感謝は御方様の御希望に添うようにいたしますので、何でもおっしゃってくださいませ」
夫に感謝はしているのだろう。
だが、夫の希望に添うより、私の希望に添うと言ってくる聡明さが好ましい。
ローザリンデの選択は正しいのだから。
「まずは、素敵な夕食を堪能させていただきたいわ」
「王宮で饗されている物と比べても遜色ないと自負しておりますわ。存分に堪能いただけたら、私も嬉しゅうございます」
いつの間にか用意されているハイティーのセット。
上流階級ではハイティーと呼ばなかったような知識がよみがえったので、あえて夕食と表現したが、自分の中ではハイティーだ。
何しろケーキスタンドがテーブル中央に鎮座している。
三段式のケーキスタンドは、一番上がケーキ、続いてスコーン、サンドイッチの定番。
他に小さなスープカップ、少量の肉料理、魚料理の皿が二種類ずつ、フルートグラスに入った酒と思わしきもの、新たな紅茶が入ったティーポットが並んでいた。
既に事前調査は完璧らしい。
さっと見たテーブルの上には私の好物しか載っていなかった。
ノワールが下の段に載っていた物を綺麗に皿へと盛り付けてくれた。
ローザリンデの皿にもメイドが同じように盛り付けたようだ。
「それでは僭越ながら、こうして時空制御師最愛の御方様と御縁を繋げましたことに感謝をいたしまして、乾杯!」
ローザリンデがフルートグラスを持ち上げるので、私も倣った。
お互いが今は裏表のない笑顔でグラスを合わせる。
軽やかな音を心地良く感じながら、中身を口にした。
甘めのスパークリングワインはほんのりと苺の香りがして、美味しかった。
先日病院の予約日を勘違いしておりました……先方に申し訳ないです。
スケジュール帳をちゃんとつけないとと思いつつ、つけても日付を勘違いして覚えてしまうのを回避するには、お知らせ機能みたいなアプリ導入を考えた方がいい気がします。
また予約し直す際にお詫びの一言を入れたいけれど、そんなスペースはあるのだろうか。
次回は、旦那様の謀略は無敵です。公爵令嬢の矜持 中編(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




