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旦那様の謀略は無敵です。夜蝶のはばたきにて。後編

 税務署に電話。

 同じ説明を何回すれば理解して貰えるのだろう……。

 私の説明がそこまで悪かったのだろうか?

 そぎ落とせるだけそぎ落として簡潔に伝えたつもりだったんですが。

 だってですよ?

 予約を取るだけの電話だったんですよ。

 前回電話したときも、似たような対応だったので、単純に相性が悪いのかとも思うんですけどね……。



 トゥルンヴァルトの案内で地下へと降りていく。

 玄関を通ったときに感じた、手入れの行き届いた城といった雰囲気は影を潜め、一階降りるごとに、古びた印象が強くなっていった。

 階段が切れたのは五階。

地下が五階もあるのに驚かされる。

 

「ふむ。仕置き部屋かのぅ」


「業の深い客人が楽しまれる場所にございます」


 ランディーニが可愛く首を傾げるのに、トゥルンヴァルトが淡々と答えた。

 檻が並ぶ様子は、夫と一緒に見学した、今は閉鎖となった刑務所跡地によく似ている。

 悪臭がしないのが不思議なほどの劣悪な環境なのは、そこはかとない気配から察せられた。

 降りてきた者へ反応しないように、何らかの魔法でもかけられているのだろう。

 それぞれの檻の中には女性が閉じ込められていたが、私たちの訪れに一切気がつかないのはおかしい。

 ベール越しなので、くっきりはっきりは見えないが、それでも全ての女性たちが傷つき、疲弊しきっているのは見て取れた。

 これが拷問部屋でなく、プレイルームの一つというのに、一流娼館の矜持を感じさせられる。

 それこそ、どんな欲望にも応えるのだろう。


「こちらにございます」


 檻の中でも一番小さな檻。

 ベッドしかない檻の前でトゥルンヴァルトの足が止まった。


「これでは、話ができません。主様が寛げる場所を用意してください」


 ノワールの無茶ぶりにも、トゥルンヴァルトは動じない。


「承りました。では、こちらへ」


 奥まった場所へと案内されて、ここだけは浄化された気配が強い扉がゆっくりと開かれる。

 上の階と同じ、丹念な掃除がほどこされた応接間が広がった。

 彩絲が鋭い目で周囲を見回して、大きなソファへと先導する。

 ドレスの裾を整えられたのに安心して、深く腰掛けた。

 ノワールが手早くお茶の準備をする。

 ベールを軽く持ち上げて一口、豊かな香りを楽しんだところで、ヨーゼフィーネが運ばれてきた。

 ベッドごとだ。

 紛れもない大量の血液で汚れたベッドの上に横たわる、ヨーゼフィーネの顔色は白い。

 きんと金属的な音がして軽く首を傾げる。


「こいつが暴れても大丈夫なように、周囲に結界を張ったんだよ。館主が消臭効果の強い結界を張ってくれてるから、主に害が及ぶことはないけど念の為にねー」


 雪華が笑顔で音の説明をしてくれた。

 それはトゥルンヴァルトを信じないという意思表示だろうに、彼女は当たり前だというように深く頷いている。


「それでは、起こしてもよろしゅうございましょうか?」


「ええ、よろしくお願いしますわ」


 トゥルンヴァルトはヨーゼフィーネの血にまみれている長い金髪を引っ掴むと、ベッドヘッドに頭を打ち付けた。

 なかなかに過激な起こし方だった。


「痛っ!」


 ヨーゼフィーネは即座に目を覚ましたようだ。

 彩絲がひそりと私に耳打ちをする。


「アリッサは黙っておるのじゃぞ? ここは妾たちで対応するからの。どうしても話がしたいならば、手を挙げればよかろうて」


「わかりました」


 夫とまではいかずとも、彼女たちの言うことを聞いていれば間違いはない。

 その夫も沈黙を守っている。

 もしかしたら、ヨーゼフィーネを知っているのかもしれない。


 私は膝の上、手を重ね合わせた。


「いった! なにすんのよ。たかが娼館の館主の癖にっ!」


 起きた途端の罵声。

 元気がいいのは基本的に良いことだが、ヨーゼフィーネは今の状況を明確に理解しているのだろうか。


「控えろ、愚鈍。まずは目の前の高貴な御方にひれ伏して、慈悲を請え」


 与えるつもりもない慈悲など求められても困るなぁと、浮かべた苦笑を切り替える。

 貴女でも怒るんですねぇ、と夫が楽しそうに笑ったときに作った唇の形。

 聖母の微笑へと。

 

 両側に座っている雪華と彩絲の手で、ベールが持ち上げられる。

 隠されていた顔が露わになった。

 化粧で生み出された女神顔に、聖母の微笑。

 ヨーゼフィーネは目と口を大きく開いた。


「時空制御師最愛の御方様であらせられる。貴様がそそのかした愚か者が、御方様へ罵声を浴びせベールを引き千切る不敬を働いた。如何にして贖うつもりであろうか」


「は! え? うそっ! こいつが、あの方の最愛って! はぁ? 醜い女なんじゃなかったのっ!」


 何度私の最愛は、全てを凌駕する美しさを持っているので、貴女程度は歯牙にもかけませんよ? ってしつこく言ったんですけどねぇ。

 夫が首を振る様子まで連想できる声色だった。

 やはり絡まれた過去があったらしい。

 ん?

 そうなってくると夫は、数多の伝説を築いた過去以外にもこちらへ足を運んでいたのだろうか?


 いいえ、違います。

 彼女は特殊な血筋でしてね。

 死しても尚、記憶を受け継げる体質の者が時々生まれるのですよ。

 彼女もそうです。

 名前も同じとは驚きですが、彼女はその血族の中でも承認欲求が強い女性のようで。


 ふんふん。

 オタクはこの手の現象に強いですからね。

 大丈夫、理解しました。

 ヨーゼフィーネが生粋のお花畑ちゃんって、ことは。


「ま、まぁいいわ。最愛なら公爵令嬢如き、どうとでもできるもんね! ちょっと、あんた、私をこの娼館から解放させなさい。そして、私をないがしろにした者に罰を! あとは、そうね。私をこの国の王妃になさい! あの、頭に花が咲いている女とは比べようもない賢妃になるわ!」


 どこからどう突っ込んでいいかわからないが、まず言葉使い!

 元公爵令嬢なんだよね?

 ローザリンデさんを見習うべきだと思う。

 あとはね。

 頭に花が咲いているのが寵姫なら、貴女の頭はお花畑だ。

 花が見渡す限り咲いているって、こと。

 つまりは、寵姫より、王妃に相応しくない、ってこと。


 口にするのは駄目らしいので、変わらぬ微笑だけを浮かべて黙っておく。


「ちょっと、アンタさぁ。私が話かけてやってるんだから、返事ぐらい!」


 ここで、雪華が立ち上がる。

 すぱーん! といい音をさせてヨーゼフィーネの頬を打った。


「な! な!」


「黙れ、外道。貴様に許されるのは我が麗しき主様に慈悲を請うことだけだったんだ。まぁ、上手に慈悲を請えたところで、貴様の処罰は変わりないがなぁ!」


「そうじゃぞ。不敬の罪を重ねおってからに、どこまでも愚物じゃのぅ。外道の末路など、おとぎ話でも広く知れておる。子供でも知っておる絵にも描けぬ悲惨な末路じゃ」


「……敬愛すべき御方様が、貴女へくださった慈悲は、最下級娼館へのやかた落ちです」


「え? はぁ? 嘘、でしょぉ?」


「嘘ではありません。貴女の行き着いた先は『最果ての楽園』での奉公ですよ。良かったですわね。御方様のお慈悲で、貴女に賛同した者も全て同じ処遇となりました」


「なんで、わたしのような、こうきなものが、そんなおぞましい、まつろに、まつろにぃいいい!」


 ベッドの上に腰掛けていたヨーゼフィーネが立ち上がり、こちらへ突っ込んでこようとしたが無理だ。

 透明の壁が邪魔して、ヨーゼフィーネは一歩たりともこちらへ近づけなかった。


「勘違いした貴女が排除を目論んだローザリンデ様は、御方様のお力添えで表舞台に復帰なさる。そして排除される愚物の代わりに王妃の冠を賜られるのだ。愚物が排除されたとて、貴様の出る幕なぞないわ!」


 いろいろと鬱憤が溜まっていたんだろうなぁ。

 まだ解禁されないはずの情報まで垂れ流しだ。


「館主よ。情報漏洩しすぎじゃ。貴殿の心労も理解はしておるが、それだけじゃぞ。控えよ」


「は! 申し訳もございません」


 彩絲の冷ややかな牽制に、トゥルンヴァルトは静かに従った。


「さて、外道よ。ヨーゼフィーネ・マルテンシュタインよ。我が主に対する貴様の不敬は天井知らず。そんな貴様に主の忠実な守護獣たる妾から格別の慈悲をくれてやろう……」


「ぎゃあああああああ!」


 艶美に笑う彩絲がヨーゼフィーネの額に指先をあてる。

 それだけでヨーゼフィーネは魂が引き裂かれたような、凄まじい絶叫を上げた。

 口の端から泡を吹いて、虚ろな目になったヨーゼフィーネの額には一輪の小さな花が咲いていた。

 入れ墨などではない。

 瑞々しい睡蓮の生花だ。

 白く可愛らしい。


「額に生えた妾の呪いは強力じゃ。聞いたことはないかぇ? 睡蓮が招くのはなんじゃ?」


 しかし、その可愛らしさと相俟って刻まれた睡蓮が齎すものは凄まじかった。


「すいれんが、すいれんののろいが、まねく、のは、めつ、ぼう」


「そうじゃ、滅亡じゃ。しかも妾の滅亡は家にも及ぶ。遠くはない未来に、マルテンシュタインの血を引く者は一人もいなくなるであろう。末端に至るまでの完璧な駆除じゃ」


「嘘。うそうそうそうそうそ! うそよぉっ!」


 やはりマルテンシュタイン家は、何かしらの陰謀を練っていたのだろう。

 上手くいけばヨーゼフィーネも、元の地位へと戻れたのかもしれないほどの大がかりなものを。


「彩絲が睡蓮の呪いなら、私は……わかりやすくいこうかな」


「ぐわぁああああああ!」


 雪華はヨーゼフィーネの両手首をがっしりと掴んだ。

 掴んだ場所から何やらを流し込んだらしい。

 

いばらの呪いね」


「ふむ。さすがじゃなぁ。実に見事に文様が出ておる。当然全身なのであろう?」


「ええ、ランディーニ殿。この呪いは罪なき者にはかけられない呪いですからねぇ。一番強いのは色欲ですかね? 続いて承認欲かな。それ以外にも存分な欲で溢れかえっているみたい! ふふふ。醜悪でしょう?」


 雪華が楽しそうに私を振り返る。

 トゥルンヴァルトはノワールと一緒に、大きな姿見を運んでくると、ヨーゼフィーネの前へ置いた。


「いや、いや、いやあああああ!」


 鏡に映るヨーゼフィーネは狂ったようにドレスを脱ぎ捨てた。

 下着をつけていないのは、娼館にいたからだろうか?

 その現れた豊満な肉体に余すところなく、棘が絡みついたような模様が浮き上がっていた。

 しかもその棘には何種類もの毒々しい色がついている。

 

「色欲は赤、承認欲は黒、金銭欲の黄色、名声欲の青、食欲の紫……ここまで強欲な罪人は、初めて見ますね」


 冷静なノワールの声が怖い。

 そして、赤と黒を中心に棘を身に纏う姿は、大変悍ましかった。


「では、存分に。何時か死ぬその日まで。贖罪の心を持って、お励みくださいませ」


 手を挙げた私は発言の許可を待たずに、食傷気味な気分でヨーゼフィーネに言葉を向ける。


「あ、あ、ああ?」


 残念ながら、私の言葉をヨーゼフィーネは理解できなかったようだ。

 それだけ己の外見に自信があったのだろう。

 鏡を凝視したまま、意味のない言葉を漏らし続けていた。

 

 私は静かに立ち上がる。

 トゥルンヴァルトは心得たとばかりに、先導を始めた。

 私はドレスの裾を持たれつつ、再び移動をする。

 今度こそローザリンデが潜伏している部屋に案内されるのだろう。


 ノワールの手によって静かに扉が閉められる。

 扉の向こうで我に返ったのか、ヨーゼフィーネが断末魔を連想させる絶叫を上げていた。 

 ちなみに税務署。

 窓口の対応は毎回満足しています。

 でもできれば行かないですませたいんですよね……。

 来年の申告はスムーズだといいなぁ。


 次回は、旦那様の謀略は無敵です。公爵令嬢の矜持 前編(仮)の予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 引き続き宜しくお願いいたします。

 

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