旦那様も読書家です。二件目の貸本屋です。後編
ホラー企画が発表になっているのに、昨日気がつきました。
思いついたネタを練り込んでいたら、なかなか寝付けなくて困りましたとさ。
お蔭で二本ほど浮かびましたけれども……。
どなたかひとりかくれんぼで書いてくれないかなぁ。
「ヤスミーン! これらを仕置き部屋へ!」
「はい、店長。直ちに手配いたします」
ヤスミーンと呼ばれた今後副店長として働くであろう女性が、ベルを鳴らす。
失礼いたします! と、洗練された動作で部屋へ入ってきた男性たちは、深々と私たちへ頭を下げたあとで、蜘蛛糸に巻かれた屑たちを抱えて部屋を出て行った。
くぐもった悲鳴を上げるエマの瞳からぼろぼろと涙が零れたが、誰一人として表情を変えないのが、なかなかに印象的だ。
「誠にありがとうございました! これで当店に巣くっていた汚物を駆除できます!」
汚物に、駆除。
真っ当な神経の持ち主にここまで言わせるのだ。
店長が手を汚すまでもなく、騎士団預かりでいいのかもしれない。
「それは良かったわ」
「うむ。まぁ、一人は再教育でどうにかなりそうで幸いじゃったのう」
「はい。彼の反応は自分も意外でした。嬉しい誤算です」
「ヘルマへの罰は、どう、お考えなのでしょうか?」
「……一年間在庫管理を。ただひたすら管理のみを」
「なるほど……店長殿は、再教育の価値がないと判断されたのですな?」
接客ばかりに拘っていたヘルマが、在庫の管理だけを一年間続けられるはずもない。
音を上げれば普通に退職。
文句を言った日には騎士団へ丸投げするのだろう。
納得のいく対処だ。
「イージードール家に対しては、こちらで手配するからのぅ。何か捻じ込まれそうになったら、御方様のお言葉に従っておりますので……で通して構わぬ……よな? 主よ」
「ええ、それでいいわ。暴挙に出られても困るので、糸に巻かれた者たちを騎士団へ預ける際に、イージードール家の話もして見回りの強化をお願いしておいた方がいいと思うの」
「騎士団の方には以前より、心配りをいただいておりますが……御方様の御名をお出ししてもよろしいでしょうか?」
「勿論。むしろ貴族絡みならば私の名前は必要でしょう?」
「ありがとう存じます。御方様のお慈悲には、ただただ感謝に頭を垂れるのみでございます」
立ち上がったオットマーが深々と頭を下げるのを、掌でいなす。
私も血縁を切り捨てたオットマーがすがすがしい顔をするのに、心が和まされるのだ。 自分も何時か、同じ表情ができるかもしれないと、希望も抱ける。
「さて! それでは、当店お勧めの本を御用意したいと存じます。お求めのタイトルはございましょうか? もしくは読んでみたいジャンル等はございますか?」
「『勇者はアルビノアラクネの、心を狩った』を所望する!」
「おぉ。これはまた隠れた名作を……こちらの作品は女性にも人気が高いのです」
「恋愛要素が強いからのぅ……まぁ、それ以上に冒険要素が多いから少年向けなのじゃろうが」
「ええ、その通りでございます。他の皆様は如何でございましょう?」
「『男装令嬢の上手な馴らし方』を、読んでみたいです!」
ネイが挙手をしながらタイトルを上げる。
「ほほぅ。同族の方がそのぅ……いい感じに転がされるお話ですが、大丈夫でしょうか」
「転がされないために、読みたい!」
大きく頷くネイに、オットマーもまた、大きく頷いた。
「少年向けの作品からでも、そういった知識は十分に得られます。転がされ系はまだございますが、そちらもお持ちいたしましょうか? それともリス族の男児が大活躍する冒険作品や成り上がり作品もございますが」
「……転がされ系はリス族が絡むなら全部。冒険物と成り上がり物は一冊ずつお願いしたい」
「承りました」
転がされ系!
成り上がり系は知っていたけど、転がされ系は初めて知った。
そういえば、男女どちらが主人公でも時折見かけた気がする……。
本のジャンルわけは、あちらと同じ系統でレベルのようだ。
本好きとしては嬉しい限りだった。
「手前は……なかなかないとは思うが、天使族の忌み子が活躍する話があれば……」
「男児ともあれば『漆黒』には一度ならずとも、憧れるものです。当方も切実に憧れた時期がありましたので、とても充実しております。よろしければお勧め十冊を手配できますが……」
「そ! そんなにあるのか……何とも面映ゆい……」
「きっと皆も読みたいと思うから、是非十冊買い上げるといいわ」
「御主人様!」
この世界、漆黒は禁忌ではない。
天使族が頑なに漆黒を否定しているだけなのだ。
店に入ってから見かけた、陳列されている表紙に描かれている、主人公らしき男の子の色は、金色よりも真紅や漆黒が多かったように思う。
俗に分類されている強い色が好きなのだろう。
「では十冊お持ちいたしますね。御方様はいかがいたしますか?」
「そう、ですね…… ハッピーエンドで、天使族の忌み子、リス族、兎人族、人魚族、シルキー、ブラックオウル、ユニコーン、バイコーンが主人公の作品があればお願いしたいわ」
「主人公……でございますか……あぁ、大丈夫そうです。恋愛展開となった場合、相手が同族以外でも問題はございませんでしょうか?」
可憐な秘め事では出なかった質問だ。
男児とはいえ、物語により現実を見るのだろうか。
それとも性的な何かを考慮した場合に、同族に拘る男児が多いということか。
「ええ、勿論。異種恋愛、婚姻出産に至るまで、読み物として、楽しく拝見できるわ」
「御方様には無用の質問だったようでございますね。失礼いたしました」
「いいえ、いいの。確認作業は必要だと思いますから」
相手が高貴な者であればあるほど、摺り合わせは必要不可欠だ。
それが後々まで響いてくる。
「虹糸蜘蛛や白蛇が主人公の作品もございますが、御一緒にお持ちしましょうか」
「ええ、是非!」
彩絲が選んでいるのを見て、すっかりそれでいいと満足していたが、店長のお勧めなら問題なさそうだ。
「ほぅ。虹糸蜘蛛が主人公の作品もあるのじゃなぁ」
「蜘蛛族の中では数少ない人化できる蜘蛛でございますから、大半の作品では強く美しい女性として描かれておりますね」
「うむうむ。そんな作品ならば、妾も読みたいのぅ」
良い意見を出してくれたオットマーに感謝する。
さすがは夫も納得の人材だ。
「では、準備させましょう。今少しお待ちくださいませ」
腰を上げたオットマーは自分も手配に加わるらしい。
きびきびとした所作で部屋を出て行った。
「主様?」
「どうしたの?」
「世の中、お花畑思考の持ち主って、多いのですか」
ネイの額に皺が寄っている。
奴隷商に売られた姉と妹を思い出しているのだろうか。
特にネリは酷かった。
「一般的にはそこまで多くはないと思うの」
「はい」
「でも私の周りには何故か集まってくる気がするのよね……」
一緒に飛ばされた三聖女(笑)もそうだった。
全員が種類は違えどお花畑思考の持ち主には違いない。
どうしてあそこまで自分中心の考え方ができるかは、謎だ。
「自分では到達できえない高みにおられるから、でしょうか?」
「そうだったらとても格好良いわね。でも……彼女たちは得てして、自分たちがやっているあれこれを許して欲しがる傾向にある気がするわ」
先ほどのエマもそうだった。
自分が許してもらえないのが、不思議で仕方なかったように見受けられた。
自分が特別だとすら思っていない。
ただ最優先されて当たり前だと思っている。
自分は誰より愛されていると信じ切っているのだ。
その自分への盲目的な自信には、遭遇する都度考えさせられた。
「思い返してみると天使族にもおりました。実力が伴っていないにもかかわらず自信過剰な者が。しかも驚くほど男性に人気があったのです」
「そうねぇ、異性に人気があるっていうパターンも多いわねぇ……」
何も女性ばかりがお花畑思考なのではない。
男性にも幾度となく遭遇した。
そして目をつけられるのだ。
夫とともに……。
思わず溜め息を吐けば、肩に乗ったネイがふわふわの尻尾で癒してくれる。
「物語と現実の区別がつかない子も多いのぅ。行く先は周囲を巻き込んでの破滅なのだと、物語ではきちんと描かれておるのじゃがなぁ」
「自分だけは大丈夫と、死ぬ瞬間まで思っているんでしょうね」
本当に、巻き込まれた周囲が不憫で仕方ない。
最近では、巻き込まれても同情できないパターンも少なくないようだが。
「大変お待たせいたしました! 御希望の御本をお持ちいたしました!」
オットマーが満面の笑みを浮かべてヤスミーンとともに部屋へ入ってきた。
本が積まれたカートは二つだ。
「ネイ、可憐な秘め事と同じ感じでいいかしら?」
「はい、御主人様!」
ネイが積まれた本のチェックを始める。
オットマーとヤスミーンは真摯な眼差しで見守った。
「途中の展開で、御主人様が、悲しい思いをされるという理由で、よけさせて、いただきました」
減らされた本は四分の一ほど。
残った本はぴったり三十冊だった。
「なるほど、御購入、貸し出しともにやめておきますか?」
「いいえ! 私どもは読ませていただきますので、十冊は貸し出しとさせてください」
「承りました」
ネイによけられた中で『ブラックオウルは真昼に飛ぶ』と『人魚族(男)の悲哀』は、ちょっと読んでみたかった。
しかし蒸しますねぇ。
実家はまだ冷房なんて入れていないよーとのことでしたが、突然くるホットフラッシュに対応するには除湿は必須なんですよ。
さじ加減は相変わらず難しいです。
次回は、旦那様も読書家です。朝風呂で本を読む。(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
次回も引き続き宜しくお願いいたします。




