旦那様も読書家です。二件目の貸本屋です。前編
予約投稿が完了したら、ゲー○ーズ限定版の大好きな小説を買いに行くんだ!
小説とコミックスに外伝コミックスの三点セットお買い上げで、特典があるらしい……。
全買い必須です。
楽しみー。
楽しみがあると原稿も進みますよね。
本屋街と表現されているだろう通りを、馬車で移動する。
外からは、どんな高貴な方が乗っているのかなぁ? と推測する声が多く届いた。
「経営方針について揉めているという話だったけれど……」
「うむ。主が先ほど懸念しておった、性描写が多い作品の取り扱いについて、じゃのぅ」
「とある高貴な身分であられるが、頭の中身が下品な嫡男様とやらが、性描写が多い作品を取り扱うべきだと、豪語した……と聞き及んでおります」
「嫡男様は十歳ですが、既に、愛妾が十人以上おられる、とか……」
「それは貴族社会において、普通のことなのかしら?」
思わずこめかみを揉んでしまった。
私の感覚では非常識だが、あり得ない話でもないと思えたからだ。
「真っ当な貴族ならあり得ぬのぅ。あくまでも高位貴族の義務は、優秀な子を多く残すこと、じゃからな。無能などいても、ただの金食い虫に過ぎぬ」
「……つまりは、親も同類なのね」
「うむ。王家が落ち着けば、粛清対象の筆頭に上げられよう。平民は疎か貴族にすら被害が出ておるようじゃからのぅ」
しみじみと寵姫の罪深さを考えさせられる。
彼女はどんな最期を迎えるのだろう。
魅了の自覚がない以上、反省もできないともあれば、極刑の可能性もありそうだ。
死は解放でもあるので、個人的には何かしらの労働刑を推奨したい。
『到着いたしましたが、主様。どうにも不穏な気配が漂ってございます』
馬車が止まるもホークアイが、如何にも問題が起こっていそうな忠告をくれた。
「では、手前が見てまいりましょう」
休日の騎士服……といった装いのフェリシアが、馬車からひらりと飛び降りて、店の中へと入っていく。
「フェリシア一人で大丈夫かしら?」
「店の者だけならば問題ないのじゃが……」
「鼻が曲がりそうな香水が、店の中に、充満しています。趣味の悪い、地位だけは高い屑が、訪れているのかと」
「! それならフェリシアが危ないわ。行きましょう!」
「主っ!」
彩絲の止める手からすり抜けて、滑るように馬車から降りた。
肩にネイが飛び乗ってくる。
反対側の肩には小さな蜘蛛が乗ってきた。
彩絲は蜘蛛形態を取ったようだ。
何か考えがあるのだろう。
ホークアイの頭を一撫ぜしてから店内へと足を踏み入れる。
門番はいなかった。
入り口は森系ダンジョンの洞窟といった印象。
踏み入れた店内も、そんな雰囲気で統一されていた。
ただダンジョン洞窟にありがちな、じっとりとした湿気は感じられない。
本に最適な湿度が保たれている。
洞窟特有の黴臭さも、森林の濃厚な緑の香りも感じられない。
ただ手入れがきちんと行き届いた古本と、新刊独特の香りが漂っていた。
何人かいた店員は呆けたように私を見つめている。
下卑た色はない。
ただ、綺麗なものを見た、そんな憧れめいた瞳ばかりの中を、私は進んでいく。
男性ばかりだったが、店員の質は悪くなさそうだ。
「ふむ。俺様の妾に加えてやろう! さぁ、跪け!」
聞こえてきた傲慢な声に眉を顰める。
私の怒りを感じたのか、彩絲が子蜘蛛たちを素早く放ったようだ。
いざとなったら即座に拘束する心積もりなのだろう。
「フェリシア」
「御主人様! お下がりくださいませ!」
フェリシアは得物を出そうとしている。
彼女にしか使えない、美しき漆黒のハルバードは、愚か者を容易く断罪するだろう。
ただ私は、フェリシアの手による美しい断罪は、愚者に相応しくないと思うのだ。
「御主人様だと? む? むむむむ! ふむ。貴様も美しいな! 俺様の妾に……」
こーん!
小気味よい音とともに、愚者が昏倒する。
無礼な言葉に反応したのはネイ。
可愛らしいサイズのソードブレイカーで、殺さぬよう手加減を加えて愚者を床に寝かしつけてしまった。
もしかするとソードブレイカーが持つ、睡眠効果が発動したのかもしれない。
愚者を見下ろすネイの鼻息はなかなかに荒かったので、手加減の可能性が高そうだ。
「うむ。よい動きじゃったぞ」
一瞬で人型に変化した彩絲が、ネイの頭を撫ぜる。
ネイは可愛らしく頬を染めた。
彩絲が蜘蛛型でいたのは、どうやら愚者対策だったようだ。
彩絲のような美女がいれば、愚者の暴走は更に酷くなってしまっただろう。
「最愛の御方様! 数々の御無礼、伏してお詫び申し上げます!」
普段はきちんと手入れがなされているだろう髪の毛や服装が乱れているのは、愚者を必死に止めようとした結果に違いない。
その証拠にフェリシアが渾身の謝罪をする男性を見つめる目は優しかった。
夫からの制止もない。
「顔を上げてください。貴方を許します」
一番悪いのは愚者だと重々承知の上で、謝罪はきちんと受け取っておく。
「お許しいただけましたこと、深く感謝申し上げます。最愛の御方様には、どうぞ、こちらへ」
男性が一人の女性店員に目配せをする。
目配せした人物ではない女性がぴょんと跳ねて、どこかへ走って行った。
ピンク色の髪でツインテールとくれば、地雷物件だと思ってしまう自分はいろいろと毒されているが、今回の判断はきっと間違っていないはずだ。
「貴女ではありません!」
「御安心を店長。私が最愛の御方様へのおもてなしを、全て、手配いたしますので」
店長に指示された女性は私たちに向けて会釈をすると、足早にこの場を後にした。
問題児を追いかけて、暴挙を止めるのだろう。
「よろしくお願いしますね……従者様方は、どうか高貴な御主人様を連れて帰宅なさいますよう……」
冷ややかな目で、必死に傍観者を気取っていた男性たちに声をかける。
私も店長を応援すべく同じ眼差しを男性たちに向けた。
「はい! 最愛の御方様には我が主が大変御無礼つかまつりましたこと、深くお詫び申し上げます」
「後日当主より謝罪と贖いの機会を設けさせていただければと……」
「不要です」
男性たちの表情が媚びた笑顔のまま固まった。
自分たちの主人は愚か、家の危機を悟ったのかもしれない。
無様に立ち尽くす男性たちを背中に、店長の案内に従った。
この店にも読書室があるようだ。
少年向けと謳いつつも、女性をもてなすのに特化した読書室が完備されているらしい。
少々メルヘンが過ぎる優しいピンク色で統一された読書室の居心地は、意外にも快適だった。
ソファへ腰を下ろせば、店長が微かに安堵の息を吐く。
「早速御足労いただきましたのに、失礼いたしまして申し訳ございませんでした。『冒険は語るな。漢なら篤と挑め!』が店長オットマーと申します」
「失礼だったのは、うちの子が昏倒させた男性でしょう。フェリシアに目をつけた点での審美眼だけは、認めますけれど」
「かの方も初めて訪れていただいたときには、当店の品揃えを褒めてくださったのですが……」
「兄さん! 最愛の御方が来てるんだって?」
オットマーの言葉が遮られ、ノックもなしにドアが開け放たれた。
読書室へ入ろうとした男性はしかし、中へは入れずに入り口でへたり込む。
失礼な言動に耐えかねた彩絲が、子蜘蛛を使って動きを封じたのだろう。
唇を必死に動かしているのを見ると、声も一緒に封じたようだ。
「不肖当店が副店長、不肖我が実弟。こやつが、かの方の暴挙を誘導した屑でございます」
愚者を見たときと比べものにならない、憎悪に満ちた眼差しをオットマーは弟に向けた。
よほど、やらかしているのだろう。
なるほど、経営方針のもめ事は兄弟げんかでもあるらしい。
私としては礼節の行き届いた兄である、オットマーの味方をしたいところだ。
「失礼いたします。おや副店長。そんなところでへたり込まれても邪魔なだけですよ?」
オットマーが目配せをした女性が、副店長の首根っこを捕まえて、軽々と背後へ放りやった。
その先には屈強な男性が控えていて、副店長をしっかりキャッチすると、そのままどこかへ消えていく。
「当店の副店長が、最愛の御方様とそのお連れ様に対して御無礼つかまつりましたこと、深くお詫び申し上げます」
洗練された所作での、丁寧な謝罪。
店長の腹心といった立場だろう。
実質の副店長かもしれない。
女性にしては高めの背丈は、高所にある本を取るのに便利そうだ。
女性的な美しさには欠けるが、代わりに中性的な美しさがある。
フェリシアと一緒に男装をさせてみたいと思ってしまった。
「抹茶は先ほど点てました。練り切りは八重桜と干菓子はソメイヨシノにございます」
女性が用意してくれたのは抹茶と茶菓子。
純和風のもてなしは、この世界では珍しい。
ソメイヨシノときた日には、夫の手がかかっているとしか思えなかった。
「綺麗、ですね!」
「初めて拝見する」
「おぅ! 桜はいいのぅ」
ネイとフェリシアは初めての遭遇のようだ。
彩絲は嗜んだことがあるらしい。
「抹茶は苦いかもしれないから気をつけてね」
私は作法に則って抹茶をいただく。
三人は奇妙に映るだろう作法に驚きながらも、私に合わせた作法で抹茶を口に含んだ。
ネイには苦かったらしいが、フェリシアの口には合ったらしい。
目を輝かせて飲み干している。
「ふふふ。お菓子をいただくと苦みが消えるわ。こちらの……干菓子がオススメね」
ネイが慌てて桜の花弁を一つ囓る。
先ほどのフェリシアのように目を輝かせた。
全くうちの子たちは可愛らしい。
私は練り切りを切り分けて一つをいただく。
丁寧に漉された餡のなめらかさに舌鼓を打った。
「お気に召していただけましたようで、何よりです」
嬉しそうに笑う女性に瞬きをする。
この女性は笑顔がとても綺麗な人だったのだ。
「これ以降、私以外の人物は通しませんので、どうぞ御安心くださいませ。また、御身の安全確保のため、本日は大変申し訳ございませんが、書棚で実物を手に取られてのお楽しみは御遠慮いただきますよう、お願い申し上げます」
「いろいろと心配りをありがとうございます。次の機会には、書棚を巡らせていただけたら嬉しいですわ」
「次を望んでいただきまして、恐悦至極にございます。お代わりの緑茶はこちらに用意してございますので、存分にお楽しみくださいませ。お好みの本がお決まりになりましたら、再度こちらでお呼びくださいませ」
テーブルの上にベルが置かれる。
これまたメルヘンな装飾の、可愛らしいベルだった。
女性が去って行くのを会釈とともに見送る。
店長はこのまま部屋へ残るらしい。
ここに来ても夫の制止はなかった。
店長は夫の目に叶う男性のようだ。
「愚者の従者は、毎回傍観をしていたのですか?」
「いえ。最初は不敬で処罰されても仕方ないほどに止めておられました。しかし、その……副店長がかの方を増長させるばかりなのに、呆れてしまわれたようで……最近では、傍観されるようになられました」
そういう事情であれば悪いことをした。
お家お取り潰しの際、次の就職先はきちんとした場所になるようにお願いしておこう。
「……主よ。店の問題解決まで主が負わずともいいのじゃぞ? 主は人が良すぎる……」
「そう言わないで。私だって、自分がこのお店には存続してほしいなぁと思うお店にしか、手を貸さないもの」
彩絲の苦言に、私は苦笑と一緒に返した。
「それにねぇ。私も主人も……血縁に悩まされているっていう問題に、弱いのよね」
本人たちの努力だけではどうにもならない一線がある。
完全に切り捨てるのですら難しい。
どこかで願ってしまうのだ。
もしかしたら、何時かは。
と。
特に関係が良好だった時期を記憶していれば尚更だ。
私も夫も、関係良好だったことがないので、その点は想像でしかないのだけれど。
オットマーは懐から取り出したハンカチで、丁寧に目元を拭った。
そう。
共感してもらえるだけで、嬉しいのだ。
それほどにオットマーは追い詰められているのだろう。
ならばやはり、手を貸さずにはいられない。
耳を澄ましても夫の声は聞こえなかった。
ただ困ったような溜め息が、そっと耳を擽った気がした。
本を買いに行くついでに、ミッ○ィーカフェも覗いてみたいのです。
あの壁からチラ見する絵が可愛いんですよね。
限定グッズの購入をもの凄く迷ってます。
次回は、旦那様も読書家です。二件目の貸本屋へ行きました。中編。(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
次回も引き続き宜しくお願いいたします。




