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旦那様も読書家です。貸本屋へ行きました。後編。

 週に一度違う病院へ行く今日この頃。

 そして新しい症状に遭遇する昨今……皆様如何お過ごしで……。

 ちなみに今回は先週に引き続き耳です。

 耳の治療だけど薬は飲み薬と点鼻薬なんですよね、不思議。



 


「想像していたよりも面白かったかしら?」


「それはもう、最高じゃ! 主にも是非読んでいただきたいのぅ」


「ふふふ。ありがとう。それでは、本が届くまで読ませていただこうかしら? 二人には……えーと?」


「安心するのじゃ、主。他にもお勧めはあるからのぅ。ほれ、この中から好きな本を読むがよかろう。全部買い取ってあるし、妾の本も別途用意してあるので、気にせず読むとよいぞ」


「有り難く拝見させていただくぞ、彩絲殿」


「これ! これ! 読んでみたかったのです、彩絲さん!」


 ネイが大興奮で一冊の本を掲げる。


『リス族エルケ 恋の大冒険!』


 ……一応恋愛ものなのだろう。

 次に行く予定の本屋にも置いてありそうなタイトルだ。


「恋多き幼女エルケが、愛らしい外見を存分に生かし、多くの高貴な男どもを誑し込む良作じゃ。玉の輿を望む女性の指南書とも呼ばれておるが、ネイよ。まさか、お主。玉の輿願望があるのかぇ?」


「物語だからこその、玉の輿です。現実では、気苦労が絶えない生活になるのが、目に見えています。あと、玉の輿願望お花畑への対策としても、読みます」


「それはそうだな! 自分も読んでおこう。今後そういった女性と対峙する場面にも遭遇しそうな気がする」


 眉根を寄せたフェリシアの危惧に、私は内心溜め息を吐く。

 結婚していても時空制御師は最優良物件だろう。

 愛人でもいいという女性も多そうだ。

 私は夫を誰かと共有する気はさらさらない。

 唯一の例外が、これから生まれてくると思う自分の子供たちだ。

 だからこそ、最低限お花畑のパターンを知っておきたい。

 こちらの世界特有のパターンも多くあるだろうから。


「私もあとで読ませてね」


「主もお勉強か?」


「ええ、そうよ。私、お勉強って嫌いじゃないのよ。知識を得るのって楽しいわよね」


「同感、です」


「得がたい機会は存分に利用させていただきたい」


 ネイもフェリシアも知識を得るのに貪欲だ。

 今までは生き抜くために得てきたのだろう。

 今後はもう少し、余裕を持って楽しんでくれれば嬉しい。


 静かに本を捲る音、飲み物を口にする音、時々感心する声や吐息があったが、基本読書のしやすい落ち着いた空間は、心を波立たせなかった。

 作品も少女向けというだけあって、そこまでシビアというか、具体的な残酷描写が削られていたのだ。

 想像力をかき立てようという狙いなのかもしれない。


「そういえば、この世界。性的描写や残忍な描写への制限はあるのかしら?」


「書く方にはないのぅ」


「読む方には、一応あるのです。特に良識のある本屋では、置く本を選ぶようですね」


「今、自分たちが読んでいる類いの作品では、心理描写に力が入っており、指南書などでは事細かに、実践的な描写が多く書かれているようです」


 では、今ここにある本が良質な作品ばかりなのは、本屋がきちんと管理しているからなのだろう。


「お待たせいたしました!  天使族の忌み子が五冊、リス族三冊、兎人族五冊、人魚族二冊、シルキー五冊。ブラックオウル、ユニコーン、バイコーンがそれぞれ一冊ずつになります。ハッピーエンドでなければ、もしくは主人公でないけれど活躍する作品であれば、まだございますので、ご入り用の際はお申し付けくださいませ」


 リーゼルが息を切らしながら個室へ入ってくる。

 ワゴンには本が落ちないようにバランスよく積まれていた。


 フェリシアの肩を伝ってネイがワゴンの上へと飛び乗る。


「……『漆黒は恋愛がお嫌い』、『忌み子が愛される理由』、『甘いだけのケーキ』、『発情なんてしてないもん!』、『痛いのが好きとか言えない』、『滅私奉公録』はお勧めしないのです」


「随分あるのね? ハッピーエンドなんでしょう、一応」


「きちんとしたハッピーエンドでございます……どういった問題があるのか、お聞かせ願えますか?」


 ネイの手によって弾かれた作品は、リーゼルにとってお勧めだったのだろう。

 客を見つめる目ではなくなっている。


「読んだら、御主人様が悲しいお気持ちになられる、それだけです」


「ああ、そういった問題でございますか。大変失礼いたしました。いたらずに、申し訳ございません」


「いいえ。私もいきなり、すみませんでした。最後がハッピーエンドでも、そこにいたるまでの大変なあれこれが、御主人様を悲しませてしまう描写になっているのです」


「ネイの判断に従うわ。いろいろと選んでくださったのに、ごめんなさいね? あ! 私が読まないとすると、大丈夫な作品はあるかしら?」


「御主人様が読まないのであれば、全部、借りていいと思います」


 買うまでにいたらないのは、私が読まないからかな?


「では、ネイの言った本以外は、購入したいの。在庫は大丈夫かしら?」


「はい。全て五冊以上はございます」


「では、二冊ずつ購入します。借りる本は……一冊ずつでいいかしら?」


「大丈夫じゃろ。仲良く順番に譲り合って読むじゃろうからのぅ」


「貸出期間はどれぐらいかしら?」


「お好みのままにお決めくださいませ。最愛の御方様には、水晶ランクの会員様とさせていただきたくお願い申し上げます」


 リーゼルが、一目でわかる料金表! という一枚の紙を渡してくれた。

 ギルドカードと同じランクづけのようだ。

 木だと一冊しか借りられず、期間も三日までとなっている。

 鉛になれば、三冊までで、期間は一週間。 

 鉄は、五冊までで、期間は一か月。

 銅は、十冊までで、期間は三ヶ月。

 銀は、何冊でも借りられるが、期間は三ヶ月。

 金は、何冊でも借りられて、期間は一年。

 ここまで全て前払い。

 一冊に付き、一律一ギル。


 注意事項として、本を紛失又は破損させた場合は、販売価格に当たる十ギルを支払ってもらうと書かれていた。

 

 水晶は、何冊でも借りられて、期間も無期限。

 更に後払いが可能らしい。

 例外的な特別待遇だ。


「ランクって、お店側が決めるのかしら」


「はい。たかが本、それも少女向けの読み物と侮る方も少なくありません。よってこちらから制限をかけさせていただいております。当店の規定に納得できない方には、永遠に貸さない売らない方針を、有り難いことに王族より許可をいただきました」

 

うんうん。

 良質な本は守られてしかるべきだよね。

 許可したのが王族だと聞き、仕事ができる王族もいたのだなぁと、少しだけ王族を見直した。


「では、有り難く水晶ランクの会員にならせていただきます。代金は全て前払いでお支払いさせていただきますね。借りた本もたくさんの方に読んでいただきたいから、なるべく早く返却するように努めます」


「! お客様が御方様のような方ばかりでございましたら、全てのお客様に水晶ランクになっていただきたいのですが……」


「ほほほ。皆が我が主のように寛容ではあるまい。気苦労が多いことには同情するがのぅ」


 彩絲の労いにリーゼルが、くしゃりと顔を歪める。

 何か嫌なことでも思い出したのだろうか。


「……現在水晶ランクは御方様だけでございます。そのことで御迷惑をおかけする場合が絶対にないとは申し上げられないのですが、その点、お許しいただけますでしょうか?」


「もしかして、高位の者から難癖をつけられておるのかぇ?」


「はい。寵姫様と御方様とは別の、最愛の称号をお持ちの方に……」


 寵姫はいいだろう。

 既に彼女は寵姫ではないはずだ。

 この店にはまだ情報が降りてこないのだろうか。

 こちらの本が寵愛を失った者の、唯一の憂さ晴らしにされてしまったのかもしれない。

 宝石の購入は許されずとも、本の購入は許される気もする。


「私とは別の称号持ちの方はさて置きまして。寵姫は、寵姫でなくなったと伺っていますよ?」


「御本人様は未だ、寵姫という矜持に縋っておられまして……以前より特別扱いを執拗に申しつけられていたのですが、今は、その……お金を払いたくないので、そのように扱えと再三……連絡がくるのでございます」


「随分と恥ずかしい寵姫なのだな」


「物語の中にしか、いてほしくない、寵姫です」


「ふぅむ。主よ、バロー殿にこの店の現状を伝えても、いいのではないかのぅ」


 未だ落ち着かない王宮で身を尽くすリゼットに、あまりお願いするのもどうかと思うのだが。

 ちょうどお茶会もあることだし、窮状を教えるくらいは許されるかもしれない。

 近く正妃になるだろう公爵令嬢も、この店を気に入っていそうだし。


「数日後のお茶会に、王の乳母殿をお迎えする予定なの。そのときに、元寵姫の愚行を伝えておきますね」


「あ! ありがとうございます!」


「本好きとしては、良い本屋さんを大切にしないと駄目だと思いますから……それでは、会計をお願いできるかしら?」


「はい! お買い上げいただく本は一冊十ギル、貸し出しの本は一冊一ギルになりますので……お買い上げが二十二冊、貸し出しは六冊になりますので、二百二十六ギル頂戴いたします」


 買うとなると高級ドレス一枚と本一冊が同じ値段になる。

 貸本屋が一般的なのを、身を以て実感できる値段設定だ。


 私は銅貨二枚、鉄貨二枚、鉛貨六枚を支払う。


「たくさんの素敵な本に出会えて、本好きとして嬉しい限りだわ。また私や当家の者が伺うと思いますけれど、そのときはよろしくお願いいたしますね」


「一同心よりお待ち申し上げております……そういえば、御方様。これからまだ貸本屋を巡られますか?」


「ええ。あと一軒。『冒険は語るな。漢なら篤と挑め!』に行く予定なの」


「……現在あの店は経営方針で揉めております。当店同様誇りを持って営業している店ではございますが……その点お心に止めておいていただければと思います」


「ありがとう。行ってみて問題があるようなら、また別の機会にするわね」


「はい。お聞き届けいただきまして、ありがとうございました」


 屋敷から出る度に、何かしらの問題に遭遇するが、今回程度であればいいのになぁと、こっそり思う。


 それはフラグですよ、麻莉彩。


 喬人さんの囁きこそがフラグではないかしら?


 聞こえてきた夫の声には、思わず反射的な突っ込みを入れてしまった。

 

 今日は凄い風ですね。

 台風でもないのに、窓の外が騒がしいです。

 凄く蒸すのに、窓を開けられないのが切ないですね。


 次回は、旦那様も読書家です。二件目の貸本屋へ行きました。前編。(仮)の予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします。

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