旦那様は時々頼まれ講師。自覚できない愚かさ。
苛めはいかんのですよ。
自覚している苛めは最悪ですが、自覚すらできない苛めは処置なしかとも思います。
直接的な暴力は論外ですが、無視とかも地味にききますよね……。
自分がやられて嫌な事はしない、万が一してしまった場合は、即時謝罪、同じ事は繰り返さない、ができうる最善かなぁ。
全員揃って教室内に入って行く。
三人は常連らしく、あちらこちらから声がかかる中、場違いすぎる醜い罵声は、残念ながら自分へ向けられたようだった。
「ちょっと! なんであんたがここにいるのよ!」
「え! 嘘! 御薬袋≪おみない≫なの?」
「信じらんない! あんたみたいな屑が来ていい場所じゃなんだよ、ここはっ!」
偽セレブですね? と心の中で突っ込みを入れながら、さて誰だったろうかと、記憶を探る。
中学高校辺りの同級生だったような気もするが、自分を苛める人間に興味の持ちようがなかったので覚えていない。
「……どちら様かしら」
麻莉彩を庇うように移動した優貴がふわりとどこからか取り出した羽扇子をはためかせて、にっこりと首を傾げる。
亜美はぎゅっと麻莉彩の腕に縋り付き、紗枝はさりげなく手首を絡ませてきた。
「そういうあんたこそ、誰よ! 私達の名前が聞きたかったら、名乗りなさいよ!」
「……ちょ! るりるり! この人っ! あれっ!」
人を指差してはいけないと、幼稚園の頃に教わりそうなものだが、彼女達は習ってこなかったのだろうか。
「ごめんなさいね? まさか、このお教室で私の名前を知らない方がいらっしゃるとは思わなかったものですから。穂河優貴と申しますわ」
「げ! 化け穂河!」
周囲の気温が一度下がった気がした。
日本御三家の一つとされている名家に、大なり小なり関わりのあるセレブは多い。
彼女は非常識的過ぎる暴言で、周囲を一気に敵に回したことに気が付いているのだろうか。
「ばけほのかわ、ですか? それは、どういう意味なのでしょうか?」
「す、すみません! 美しすぎて人間ではないみたいというお話を聞いておりまして! お噂通りのいえ、想像以上の美しさに驚きの余り失礼な表現を使ってしまいました! 私は武志摩美望≪たけしまみむ≫と申します」
三人の中では、彼女が一番まともなのだろうか。
微妙にフォローになっていない気もするが。
「申し訳ありません! ただ、ただ! 貴方様の背後にずうずうしくも隠れている女が、どうしようもない屑で、私達散々な目にあったものですから、つい! 我を忘れてしまいましたわ! 有栖姫凛≪ありすひめり≫と申しますわっ!」
まだ暴言を吐いた彼女は謝罪すらできていない。
屑と信じて疑わない存在が名家の貴人に庇われている現状が把握しきれていないのだ。
「屑、とは?」
「優貴様のっ!」
「貴女に! そう呼んでもいいと。許可を出した覚えはありませんよ?」
「っ! 失礼いたしました。ですがっ! 屑が穂河様の側に居るのが許せないのです! 御薬袋麻莉彩! 私達に嫉妬して散々貶めた挙句、逃げ去った恥知らずですわっ!」
そう言われて、思い出した。
夫がここならと選んだ有名女子高校。
やんごとなき血筋のご令嬢ばかりが集まっているから安心だろうと入学すれば、当日から難癖をつけてきたのが彼女達だった。
罵声を浴びせられるのも、虫や小動物の死骸を仕込まれるのも慣れた自分には、微塵の痛痒も感じなかったが、夫がせっかく誂えてくれた小物を盗まれるのは腹立たしかった。
壊されたり捨てられるのなら、まだマシだ。
夫が厳選した物を私の代わりに使われるのが耐え難かったのだ。
心配させたくはなかったが、小物を三点盗まれた段階で夫に報告した。
やっと報告ですか……と肩を落とされた時の表情は、嬉しそうにも切なそうにも見えた。
もっと早く言えば良かったのかと問えば、当たり前ですよ、と鼻の頭を極々軽くデコピンされたのは悪くない想い出だろう。
私が心地良く過ごせるようにと、信じられない額の寄付金を積んだこともあって、入学して僅か一ヶ月で退学しても、卒業証書を貰えたのには笑えた。
彼女達への制裁は、やった事を考えれば可愛らしいものだったと思う。
全校集会で私が、彼女達からの苛めで退学すると告げただけなのだから。
その際に、彼女達が他の生徒達から綺麗に無視され、入ってきた後輩達にまで徹底した申し送りがされたのは、彼女達自身の意思と夫との関係を考えた親達の判断だろう。
三人の両親が土下座して多額の慰謝料を払ったので、仕事では辛うじて繋がりを持つ事が許されたが、プライベートでは一切関わりを持たないようにと通達されているのを、三人は知らない筈もないのだが。
次回は、旦那様は時々頼まれ講師。後光はさしていません。です。
花とか光とか普通に背負ってそうな気もしますけどね。
新作を書き始めましたので、頼まれ講師の章が終了したら、あげていこうと思います。
こちらも、自業自得、因果応報、ざまぁ、系になります。
10話前後で完結かと。現在2話目を執筆中。




