幼き頃の記憶
新入りの和稀を充分に味わい満足していた愛乃は、これからどうするかを考えていた。
気を失っている和稀の顔を自分の手元にある資料を交互に見ては溜め息をついていた。
(今、クソババァのことで大変なのに…ぁあ、色々重なってんな…
バレなければいいんだが…。はぁ…)
悩んでいたのは和稀と関係のある人物がこの屋敷内にいるということだ。
会ってもすぐには気付かないとは思うが
もしかしたらという可能性もある。
今近くにいるのはお気に入りだけだから
誰一人傷つけたくはないのが本心だ。
(まさか…いえねぇよな…夜紅翼きょうだい…
そんなこと言ったらどんな反応すんだよ…)
そんな風に考え事をしていると和稀が目を覚ます
「あ、愛乃ん…」
「寝てろ…」
同時刻、命琴はあることで調子が狂っていた。
何時も通りの作業…
(なんで、伯零さんはこっちを…ずっと見ているの…)
後ろからずっと刻が見ている。
作業の細かいところまで見られているのだろうと思おうにもずっと見られていては流石に命琴もやりづらかった。
「あの…伯零さん?」
流れ作業を終えて刻の方を振り向く。
真剣に見られていたのにメモの一つもとってないのをみて
今まで何を見ていたのかと思った。
「え、どうしました?夜逆さん(気付いてたんだ…)」
これ以上ないというほど分かり易い造り笑顔を浮かべた刻に命琴は不信感を抱いた。
当然の反応である。
メモをするでもなくずっと見てくる、最終的に造り笑顔。
「何ですか、さっきからずっと見てきて
自分の作業はちゃんとやりましたか(…こんなの奥様に知られたらまた酷くなるじゃないですか…)」
ほかの使用人が廊下を通って妃咲に伝えると
面倒なので作業部屋の扉を閉める。
「あ、やりました!見てたのは…その…(怪我とか大丈夫かな…て思った。なんて言ったら怒られるかな…)」
口篭っている刻。
その様子に命琴はただただモヤモヤした。
同い年なのに刻は同じレベルで会話をしてくれない。
「何ですか、ハッキリしてください。」
会った頃のような無言の威圧。
しかしもう刻は恐ることはなかった。
「…その…(どうしたら…)」
「私も、暇じゃないんです。言わないのであれば二度と関わらないでください。」
そう吐き捨てて命琴が部屋から出ていこうとすると
腕を引かれて机に押し付けられるような状態になった。
刻のその行動には今までから感じられないようなものがあり命琴は胸を高鳴らせた。
「あのっ…!!!」
自分の行動に自分で驚きながらも
勢いに任せて全て言い切ってしまおうとする。
「…伯零さん、暴行罪で訴えますよ。」
ドキドキしながらもその言葉を平常心であるかのように告げる。
それさえ言えば刻が上からどいてくれると。
「夜逆さん…それつまり…ドキドキしてるって事ですか?
驚いたってことですか?
その表情で言っても…(あれ…?顔すこし赤い?)」
刻のその言葉に命琴は息を詰まらせた。
言い返せないだろうと思っていたのに的確な意見を返してきた。
「…べつにしてません…。
伯零さん、あんまり私の仕事の邪魔すると…知りませんよ?(もう奥様とか関係ない…)」
刻の首筋から頬へと手で柔らかく撫でてから首に腕を回してそのまま唇を奪う。
正直キツイ体勢ではあるが命琴にとってそう対したことでもなかった。
机に両手をついていた刻は手を離したら逃げる事ができたのだが、何故か逃げられなかった。
理由というので思い当たるとしたら強引な部分が愛乃に似ていたから。
「…っ…ん…//////(深いっ…?!)」
あまりにも刻が抵抗しないので体制を逆転する。
刻を下にして会ってから初めてジッと顔を見た命琴は愛乃や妃咲がお気に入りにしたくなる理由がわかった。
反応も顔も身長もすべてが可愛く奪いたくなる…。
「抵抗しないと…犯しますよ。愛乃にされてないこともたくさん…してしまいますよ」
黒く嘲笑する命琴の顔は時々しか見せない生き生きとした表情だった。
酷く厭らしく艶美な表情で目の前にすると目を逸らすことも出来ない。刻はそれに捉えられていた。
「…っ…良いです…よ?///」
○○○
16年前、都に古くからある館に住まう夫婦に子供ができた。
無事出産した時発覚したのはその子供が双子であるということ。
夫婦は驚きどうするかを2人で考え当時仲の良い友人であった響紅天 那乃と好起に相談することにした。
「家は…一人の子しか残してあげられないわ
どうしたらいいかしら…」
夜紅翼 那織が産まれた二人の子供を撫でながら話す。
「和幸も一人っ子だったからな…」
普通の家庭からしたらそこまでは深刻な問題ではない。
しかし、夜紅翼の家には古くから子は一人という決まりがある。
「…家で片方の子を預かりましょうか?先日家にも女の子が産まれましたの」
那乃の提案に那織と和幸は頷き賛成した。
いつでも会いに行けばいいのだと思っていた。
「すまない、お願いする。
この子を。この子の名は…」
○○○
(親父に聞いたこと…全部真実なんだよな…)
自分の部屋で資料を読みながら考えていた。
手に持っている二人の人間のデータを見比べやはり二人は血の繋がった者同士なんだと…。
「はぁ…どうしたもんかな」
引き出しに資料をしまいながら悩む。
いつかは言わなければならないことに変わりない
教えてあげたいようなそうしてはならないような気持ち。
(いい加減…色々どうにかしねぇと…母さん…)
本当の母親に頼りたくて仕方がなかった。
今の親は権力を振りかざす暴君。
「…会わせた時すぐ言うべきか…それとも…あぁ…
とりあえず、普通にあわせるか…」
悩んだ末に部屋に3人を呼んだ。
お気に入りである、命琴、刻、和稀。
「…あー、新入り、和稀だ。こっちは、刻とし…命琴だ。」
愛乃は、胃が痛くなってきた。
ついに、二人を会わせてしまったのだ…
椎那…和稀…。
「……っ……で…が…(何でお兄ちゃんが…)」
血の気の引いた表情で手の震えを抑える仕草に
愛乃は、気付いていることを悟った。
「椎那!(ここにいたのか)」
異様な空気だということは刻も悟っていた。
今まで極力冷静さを保っていた命琴が顔を青ざめがたがたと震えて明らかに動揺している。
「何言ってるんですか、私は夜逆 命琴です。」
息を荒らし立つのもやっとで近くの家具に手を置く。
明らかに普通ではない。
「そ、そうっスか。ごめんっス…つい…(似てたから…)」
リリリッ!!
『妃咲よ。来なさい、や…』ブチッ
切り裂くような呼び出しの音。
呼び出そうとした者の名前を言う前に命琴は放送の音量を切った。
「すみません、呼び出しです。では…。刻さん…愛乃様………桜紅血さん」
フラフラと覚束無い足取りで扉の外へと姿を眩ます。
残った3人はどうしたらいいかわからない雰囲気になった。
「あの…さっき椎那って…(これ以外話題が…)」
刻の言葉に和稀は苦笑をした。
愛乃は、なんとなく分かっていて心苦しかった。
でも今気になっているのはこの問題よりも
あの状態で言った命琴のことだ。
いつも通りに暴力を加えられているのだろう…。
「ぁあ、俺…双子の妹がいるんっスよ。
その妹とは幼い頃に別々になったんスけど6歳位までは
普通に会ってたんス…。
何ていうかその妹に夜逆さんは似てたっスからつい…。
怒られちゃったスね
(…誤魔化されても俺わかるッスよ椎那。でも椎那がそういうんなら俺はグイグイ迫らないっスからね。)」
刻は、その話に感動していた。
知っている愛乃は、なんとも心苦しかった。
ガッシャーーーンッ!
屋敷内に大きな音が響きわたった。
妃咲が放送のスイッチを切り忘れていて、更に飛んだものが当たってボリュームが最大になったのだ。
愛乃は焦っていた。
和稀はこの事態を知ったら混乱するとそう思ったからだ。
「お前ら、ここから動くなよ!」
全力で妃咲の部屋まで駆けていった。
とにかく、放送を切らなければ色々とまずい。
妃咲の部屋の前につくも…内側から鍵がかけられていた。
逃げられないように外からも…
「くっそ…」
蝶番を何とか壊して戸を外す。
思っていたよりも壮絶な光景に吐き気を覚えた。
とにかく、放送のスイッチを切り命琴の前へと立つ。
「どきなさい愛乃!」
色々なものを持っていた。
一歩間違えば確実に命琴が死ぬようなものばかり。
「うるせぇ、ブタ!醜いんだよ。
椎那、大丈夫か…?」
自分の着ていたパーカーを椎那の肩にふわりと置く。
服はボロボロで、メイド服もほぼ使い物にならない…
こんなことが毎度だとしたら相当辛かっただろうと愛乃は思った。
「愛乃…何で……(こんなこと…奥様がまた……)」
椎那がパーカーを突き返そうとするもそれを許さない。
無理矢理羽織らせると、椎那の耳に光るピアスに触れる。
「椎那が大切だからだ。」
どこか遠くを見るような瞳で見つめた愛乃は妃咲を振り返り見る。
殺気立つ2人。
「何で…あの汚い子に似た子をかばうの?!」
汚い子…この響紅天家長女の数年前にこの世を去った
響紅天椎那のことだ。
「あんたが勝手に汚いと決めただけだ。
一番醜いあんたが一番汚れのない姉ちゃんを!
……殺したんだろ…」
動きを封じられて海へと沈められた。
最後まであがき愛乃のために戦っていた。
弟思いな姉だった。
「はっん!何を言うの!
あの子はね、私の邪魔しかしなかったから
天罰をうけたのよ!
この世では私がルールなの!」
腐った母親だった。
本当の母が死んでから嫁に来た妃咲。
「…クソババァ…死ねばいいのに……
お前も椎那の痛みと姉ちゃんの痛みをしれ!」
愛乃が手に持ったのは落ちていた硝子の破片。
頬を目掛けて投げて確実に当てた。
天才と呼ばれる響紅天家の長男。
「どんどんどんどん真ん中にせめてやるよ…クソブタ」
腕、足、腹、耳。
どんどん切れていく。
「待って、愛乃…様。後は警察…に……任せて」
愛乃は、この時やっと気付いた。
いつもよりも傷が深く出血量が多いことに。
命琴は、息をするのも辛そうでいた。
「愛乃様…!命琴さん!?」
ここにいろ。という愛乃の命に背きやってきた刻が現状を見る。
愛乃は、背かれたことに気にするよりも来たことを少し嬉しく思っていた。
「刻!椎那…命琴を俺の部屋に!医者よべ!
ついでにこのクソババァを豚箱にブチ込むために警察必要だから、警察よべ」
とまどいつつも、刻は命琴を抱き抱えて命令に従った。
妃咲は、その様子に腹を立て近くにあった物を
愛乃めがけて思い切り投げつけた。
「っ…くそだな…ついに俺にも投げるとはほんと豚」
最初に当たった物が当たったのが頭で視界がぼやけて霞んで見えていた。
そしてふらつく足を見て妃咲はお返しと言わんばかりに硝子の物を投げつけ始めた。
「ふははははははっ!!
あんたも、あの汚い女のように死ぬのよ!
あとで、同じ湾に沈めてあげるわ」
狂気に満ち、本気で義理の息子を殺そうとする妃咲。
愛乃は、絶体絶命の窮地に追いやられた。
「愛乃んに、手出しはさせないっス!」
和稀が、愛乃の前に立って守った。
飛んでくる物の軌道を読み自分に負担をかけず横へと飛ばす。和稀の守る力だ。
「和稀……」
愛乃は、そのまま気を失い倒れた。
その後、色々到着し妃咲は、逮捕され愛乃と命琴は応急処置を受けた。
命琴だけでなく愛乃も倒れたために命琴は、自分のベッドに運ばれて寝かされていた。
「…ここは……」
目覚めた命琴は、周りを見渡した。
「目が覚めましたか?命琴さん。」
真横に座っていた刻が変えた包帯を片付けていた。
「刻…さん?(すごい指先赤い…)」
ずっと命琴について看病していた。
目の下に隈を浮かべながらの作業に命琴は申し訳なくなった。
「よかった…(目が覚めたんだ…)」
そういう刻の手を命琴は握った。
冷たさが伝わってくる。
「刻さん…こんな冷たいじゃないですか…
それに眠そうですね。一緒に寝て下さい」
強引に布団の中へと引っ張りこんだ。
近くにあったものが多少倒れたが命琴は気にしなかった。
突然動いたせいか少し体に痛みが走ったが表に出さず刻を抱きしめて逃げれないようにしていた。
「命琴さん…?」
「椎那…て呼ばなきゃ刻のこと食べますよ」
耳に息がかかるように話した。
狙った部分もあるがたまたまそうなったのもあった。
「っ…///し、椎那…さん…///(声が近い…)」
そして、二人ともそのまま眠りについた。
□○□○□△□▽○○○
「愛乃、学校一緒に行こう?」
いつもどおりの朝。
制服を着て、金色の髪を揺らす。
ほのかに香る甘いバニラの香り。
「うん!姉ちゃん!」
幸せな時。
いつもいつも姉である椎那がいてくれた。
「しーなちゃんも行こう!」
家に来たばかりの親戚の椎那のこともきにかけた。
字も名前も一緒。
二人は同い年ということもあって親友だった。
「新しいお母さんだよ、椎那、愛乃。この子も椎那だよ、妃咲。」
新しい母親がやってきた。
響紅天の家ではまだどことなく前の母の空気が漂っていた。
その中でも本当の娘ではない預かった子供の椎那。
前の母が、大事にしていた椎那は、新しい母の妃咲にとって心地よい存在ではなかった。
その日から椎那への、暴力暴言は始まった。
その事を二人の姉弟は途中で気付いたのだ。
当時臆病だった愛乃は、何もできなかったが椎那は親友を守るために母に対抗した。
そんなある日のことだった。
船で母と父の結婚3周年ということでパーティーが行われていた。
その時、椎那は14歳。愛乃は11歳ながらに飛び級で中1のクラスにいた。
そんな年だった。
母に抗議した椎那が、母の連れてきた男達に捕まえられて海へと突き落とされたのだ。
□○□○□▽○□△□▽○○
「っはぁ……はぁ……(懐かしい夢だ…)」
全身に汗をかいていて起き上がろうとしたが胸の傷が痛み起きることができなかった。
呼吸が荒れて苦しくなる。
「…愛乃!?」
起きているか確認しに来るついでに愛乃の大好きなオムライスパフェを持ってきた椎那が焦って近寄る。
まだ治療を終えたばかりの椎那だが動くことはできていた。
「し…い……な…はぁっ…はっ…」
すぐにタオルを冷やして全身の汗を拭く。
こうなったのは初めてではない。
二年と半年前、この家の長女の椎那が死んですぐもこんなことが良くあった。
「大丈夫だから、愛乃、落ち着いて。」
よく、椎那がやっていた行為。
愛乃の頬に手を当ててデコにキスをする。
すると、スッと落ち着いていく。
「…椎那……ありがと。」
ふにゃっといつとと違う表情で笑う昔の愛乃がいた。
「愛乃、パフェ…は、おに…桜紅血さんに任せるね。」
そういって立ち代りに入ってきた和稀。
パフェを見て一瞬引いた表情を見せながら近付いてきた。
「愛乃ん目が覚めたんスね!」
ゆっくりと体を起こすのを手伝い枕を後ろにおく。
楽な体制にさせてパフェを食べさせる。
「っん…んまぃ…和稀、食わせるの上手…(意識朦朧とするな…)」
パフェの味。食べさせてもらう感覚。
先程の夢の続きの感覚になり、ついふわっと緩む。
「愛乃ん、可愛いっスね。
その…愛乃ん、ひとつ質問があるんスけど…
夜逆さんって…本当の名前は別にあるとかじゃないスか?(さっきすれ違った時も思った。やっぱり椎那だ…)」
食べさせ終えて容器とスプーンを綺麗に片付けながら様子を伺い和稀は訪ねた。
はぐらかされないで、答えてくれるんじゃないかという淡い期待を込めて。
「命琴のことか…?本名は別にあるが…個人情報…だ…すぅ…すぅ……」
言い終えた途端にお腹がいっぱいになって眠くなった愛乃は眠ってしまった。
カチャッ…
「失礼します。愛乃様はお休みになられましたか。
容器をお預かりします。桜紅血さんは仕事に戻ってください、たくさん仕事が溜まっているので。」
扉を開けて入ってきた命琴は、愛乃のそばまで行って和稀に指示をして容器を持った。
冷静で平常心を保ちながら部屋を後にしようとする。
「椎那、俺っス。和稀っス!夜紅翼和稀っス!(賭けだ…)」
ビクッと反応を見せてゆっくりと振り返る。
その顔は無表情であったが顔は真っ青になっていた。
「何を言ってるんですか…?
頭でも打ちましたか…それとも狂いました?
貴方の名字は桜紅血でしょう。私の名前も命琴です。では」
急いで部屋から出て作業室へと走り、容器を乱暴に置く。
ガシャンッと、パフェの容器が割る音が響き命琴の頭の中に暴力を振るわれていた記憶が蘇る。
妃咲に振るわれていたことも、その前の過去のことも
全てを思い出して気持ち悪くなっていく。
「はっ…ぁ…はぁ…ぅ…ぇ…はぁ…ゲホッ…おえ…うぇ…グフッグフッ…はぁ…ぁ…っ…(助けて…刻さん……。)」
割れた容器の上から込み上げてきたものを嘔吐する。
一旦嘔吐が落ち着いてから水を出し顔を洗い口を濯ぎ流し台をも洗う。いつもでは普通に簡単にできる作業なのにおかしな行動を繰り返す。
スポンジを使うこともせずに割れたガラスの上に思い切り手を置きガシャガシャと洗い、手が切れて血が流れているのにも関わらず水を止めることも手を離すこともしなかった。
もう嘔吐した物は綺麗に流れているのにずっと手を動かしてガラスの上をジャラジャラガシャガシャとさせて流し台は流れる水と血で真っ赤になっていた。
「はぁ…はぁ…っ…これは…また…か…。
スプーンも傷だらけ…捨てて新しいのを出さなきゃ……
パフェの容器も割ってしまった…
愛乃様に謝らないと……。」
冷静さを失っていたために手の治療をすることもなくガラスの破片を真っ赤な手で拾い新聞紙に包みスプーンと共にゴミ袋に入れた。
小さなゴミ袋ですぐにいっぱいになってしまったそれを持ってゴミ収集の場所へと持っていく。
床にはポタリポタリと命琴の血が垂れて歩いた場所を示していく。
次の日になりようやく落ち着いた命琴は傷の手当てをして、通常運転で仕事をテキパキとこなしていた。
「愛乃様、すみません。
昨日パフェの容器を洗っている時にうっかり洗剤で手を滑らせてしまって…スプーンも傷がついてしまったので新しいものをご用意するまでオムライスケーキで我慢して頂いてもよろしいですか?」
包帯に包まれた右手を見た愛乃には、すべてが見通せていた。何も隠せないということ。
「…ぁあオムライス好きだか大丈夫だ。それより前にこっち来い。」
命琴を自分の方へと呼び寄せて右手を取る。
ちゃんと処置をしても血が包帯からにじみ出るほど深い傷だったために、見ていて痛々しかった。
愛乃は、右手を両手で優しく包み込んだ。
「…愛乃…(小さい頃から愛乃が心配するとやる癖…)」
「椎那…、こんな事しないでくれよ。家族がこれ以上居なくなるなんて耐えられないんだよ……」
“家族”と呼ばれたことが命琴にとって何より嬉しかった。
いつも誰よりも心配して理解してくれる愛乃。
大好きな親友の可愛い弟。
…そして、この言葉でもう一つ増えた。
大事な大事な自分の弟。主とそれに仕える者、そして家族。
愛乃にとっては、もう一人命琴一人しかいない。
“命琴”にとっても一人しかいない。
「うん…愛乃…。」
この時、椎那は決心した。
和稀と過去と向き合おうという決心を。




