大きな家の、二つの家族
広いお庭のある、大きなお家。
そこに、野菜を作っている人間の家族が住んでいます。
その家族は野菜を作るのがとても上手で、納屋にはいつも沢山の野菜がありました。
家族が作る野菜はとてもおいしくて、いつもネズミに狙われています。
でも、心配は要りません。
大きな家の床下には、とても狩りが上手な猫が住んでいたのです。
猫は、そこに住まわせてもらう代わりに、野菜を狙うネズミを退治しているのでした。
人間の家族は、猫にとても感謝しています。
猫も、床下に住まわせてくれる人間の家族にとても感謝していました。
ある、春の日のことです。
大きな家の床下で、賑やかな鳴き声がし始めました。
不思議に思った人間の家族が覗き込んでみると、なんと、猫が子猫を抱えています。
猫は、いつの間にか子供を生んでいたのでした。
鳴いていたのは、その子猫達だったのです。
人間の家族は、猫に家族が出来た事をとても喜びました。
人間の家族と猫の家族は、大きな家の中と床下で、それぞれ暮らすようになったのです。
人間の家族には、一人の小さな男の子がいました。
元気のいい、よく家のお手伝いをするよい子です。
男の子は、床下に住んでいる猫の家族が、気になって仕方がありませんでした。
よく外から家の下を覗き込んでは、子猫を見ようとがんばっています。
実は数日前、一度だけ子猫達が顔を出した事があったのです。
かわいい顔を見て以来、男の子は子猫が気になって仕方がありません。
うろちょろと歩き回りながら床下を覗く男の子を見て、人間のおじいさんは面白そうに笑います。
そして、こんな事を教えてくれました。
「そんなに覗き込んでいたら、猫達は怖がって出てこなくなってしまうよ」
それをきいて、男の子はびっくりします。
「ねこは、ぼくのことをこわがるの? ぜんぜんこわくないよ!」
「そうだねぇ。でも、子猫は小さくて、坊は大きいからね。例えば、坊が子猫ぐらいの大きさになったときのことを、想像してごらん」
男の子は、自分が小さくなったらどうなるか、想像してみました。
小さくなった分、周りはとても大きくなります。
そこに、男の子ぐらいの大きさの人間が来たら。
きっと、怖くて逃げてしまいます。
男の子は、子猫を怖がらせているんだと思い、とても申し訳ない気持ちになりました。
もうなるべく、床下は覗かないようにしようと、決めます。
でも、やっぱり猫達のことは気になりました。
そこで、おじいさんはいい方法を教えてくれたのです。
「どれ。これをあげるから、木や草に隠れて覗いてごらん」
おじいさんがくれたのは、双眼鏡でした。
大人には小さなものでしたが、男の子には丁度いい大きさです。
その日から男の子は、遠くから猫の家族を覗くようになりました。
おかあさん猫が産んだ子猫は、三匹いました。
おかあさん猫と同じ、全身真っ黒の子猫。
全身真っ白の子猫。
そして、白と黒のぶち模様の子猫です。
皆まだまだ小さいですが、元気一杯でした。
最近ではみんなでじゃれあって、怒られる事もあります。
子猫達は、余り床下から出ることはありません。
ほんの少し、何回かだけなら、出たことはあります。
でも、その時はみんなおかあさん猫にくっ付いて、あまり遠くへはいけませんでした。
子猫達は、外がどんな風になっているのか、あまりよく知らないのです。
お外はどうなってるんだろう。
子猫達は、気になって仕方ありません。
石段の隙間から顔を出しては、外の様子を伺います。
あるとき、おかあさん猫がお昼寝をしている間に、三匹の子猫達はこんなお話をしていました。
「おそとって、こわいところなのかな」
「おかあさんは、ひとりでいってるよ」
「じゃあ、こわくないのかな?」
子猫達は、沢山考えました。
少しだけ顔を出しては、すぐに引っ込め。
外の様子を、何とか見ようとします。
そして、やっぱり外へ出てみよう、ということになりました。
「おそとへは、みんなでいくの?」
「それじゃあ、おかあさんといくときといっしょだよ。ひとりずつでいこう」
「ひとりずつ!」
子猫達は、一匹ずつ、お外へ冒険をしにいくことになったのです。
人間の男の子が庭で遊んでいると、にゃぁにゃぁという小さな声が聞こえてきました。
なんだろうと思って声のするほうを見ると、床下から真っ黒な子猫が顔を出しています。
男の子は慌てて近くに生えている木の後に隠れると、おじいさんにもらった双眼鏡を覗き込みました。
小さな真っ黒な子猫は、ぴょこんと床下から飛び出しました。
よたよた、よちよち歩きながら、ときどき今にも転びそうな様子で走ります。
男の子は転ばないか心配しながら、その様子をみまもりました。
真っ黒な子猫は軒下の石段をよじ登ったり、飛び石の上で転がったりしています。
そして、何かを見つけたのか、木が生えているほうへ、とてとて走っていきました。
子猫が立ち止まった目の前には、大きな白い花をつけた木があったのです。
真っ黒な子猫は、ソレを見つけたでした。
しばらくじっと花を見ていた真っ黒な子猫は、白い花にむかって飛び掛ります。
あまり高くは飛べません。
なかなか、白い花には届きませんでした。
真っ黒な子猫が、もう一度飛び掛ろうと、ぐっと足に力をこめたときです。
風が吹いて、白い花の花びらが、落ちてきました。
真っ黒な子猫はソレを捕まえると、嬉しそうに尻尾を立てます。
白い花びらを捕まえて満足したのでしょう。
真っ黒な子猫は花びらを咥え、尻尾を立てて床下へと帰っていきました。
次に顔を出したのは、真っ白な子猫でした。
真っ黒な子猫と同じように、ぱたぱたと外へ飛び出してきます。
真っ白な子猫はずんずん歩き、お庭のあちこちを見て回りました。
あちこちちょろちょろ歩き回る様子を見て、男の子は心配ではらはらします。
きょろきょろいろいろなところを見て回っていた真っ白な子猫は、突然ぴったりと動きを止めました。
そして、じっと何かを見つめています。
真っ白な子猫はちょこちょこと走り出すと、ジャリが敷いてある所へで足を止めました。
そこにあるのは、つやつやした真っ黒な、きれいなタマジャリです。
キラキラしているそれを、真っ白な子猫は前足で突っつきます。
今度は前足で挟んで、お口で咥えようとしました。
でも、大きすぎて持ち上がりません。
真っ白な子猫は、いくつもの石を前足で突っついて、ようやく咥えるのに丁度いい大きさの物を見つけます。
嬉しそうにそれを咥えると、真っ白な子猫は尻尾を立てて床下へと帰っていきました。
最後に出てきたのは、白黒ぶちの子猫です。
おっかなびっくり、恐る恐る外へ出てきます。
不安そうにあちこちを見回しながら、のたのた歩いていました。
見ているほうが不安になるようで、男の子ははらはらしながら見守ります。
白黒ぶちの子猫は、草むらの方へ歩き出しました。
背の高い草が沢山生えていて、中はよく見えません。
草の近くまで来た白黒ぶちの子猫は、前足でちょんちょんと草をつっつきます。
草が揺れるのが楽しいのか、嬉しそうにソレを見ていました。
ですが、白黒ぶちの子猫が、突然固まってしまいます。
草むらの中から、大きなカマキリが出てきたのです。
カマをふりあげ、子猫の前に出るカマキリを見て、男の子はおじいさんの言っていた事を思い出しました。
子猫はとても小さいので、カマキリは大きく見えるでしょう。
きっと怖いに違いありません。
男の子はそっと木の後から出ると、ゆっくりとカマキリに近づきました。
そして、その背中を指で摘んで、捕まえてしまいます。
白黒ぶちの子猫は、突然出てきた男の子にびっくりして、やっぱり固まってしまっていました。
男の子はなるべく静かに、急いで元の場所へと戻ることにします。
ですが、男の子は突然抱き上げられました。
男の子はびっくりして、誰に抱っこされたのか確認します。
「もうすぐお昼ご飯だよ」
男の子を捕まえたのは、人間のお母さんでした。
「なにをしてたの?」
「あのね、ぶちのこねこがいたの!」
そういって男の子は、子猫の方を見ます。
すると、白黒ぶちの子猫は、おかあさん猫に咥えられ、床下へと連れて行かれる最中でした。
「いっしょだ!」
男の子はおかしくなって、にっこり笑いました。
人間の男の子は、毎日絵日記をつけています。
その日の絵は、小さな白と黒、白黒マダラの子猫達と、花びらと、石と、カマキリでした。