陽菜
私には、お姉ちゃんさえいればそれで良いの。
私は幼い頃から周囲に可愛がられる子どもだった。何をやっても、何を言っても、周りの人達全てが笑って許してくれる。それが私にとっての当たり前だった。
そんな私の当たり前の世界を壊したのが、お姉ちゃん。お姉ちゃんだけは私に厳しかった。私が悪い事をすれば叱り、良いことをすれば誉めてくれた。
幼く愚かな私は、自覚なく悪事を繰り返していた。あの頃、幸せな私の陰でどれだけの人が泣いていたのか、それを教えてくれたのもお姉ちゃん。
最初はただの意地悪だと思っていた。お姉ちゃんは私が嫌いなんだと。でも、初めて自分が悪い事をしたと自覚したとき、それでも私を庇う大人たちに愕然とした。
明らかに悪いのは私だった。小さな私の頭でも解りきったことだった。
私に壊された玩具を泣きながら抱きしめる男の子と、その子に向かってそんなことで泣くなと怒る大人たちを見比べて、ゾッとした。
泣いている男の子と、その子を慰めながらじっと私を見るお姉ちゃん。お姉ちゃんの目が言っているようだった。これが私のしてきたことだと。
自分の歪な状態を自覚した私にとって、周囲の大人たちはもう恐怖の対象だった。何をしても肯定されてしまい、正しいことがわからない。何を信じて良いのかわからず、混乱する私に手を差し伸べてくれたのもお姉ちゃん。
周りの大人たちから、可愛いげが無いと、優秀な妹に嫉妬して虐めているんだろうと言われ続けても、お姉ちゃんは私を見捨てないで人として大切なことを沢山教えてくれた。
もしもお姉ちゃんがいなかったら、甘やかされ続けた私は馬鹿な選民意識に支配され、自分が特別だと思い込み周りを見下す嫌な人間に育っていただろう。
お姉ちゃんに誉められたい。お姉ちゃんの自慢の妹になりたい。その一心で勉強もスポーツも頑張った。そしてとうとう念願のお姉ちゃんと一緒の高校に入学した。2年になって面倒な生徒会に推薦されたせいで、お姉ちゃんと過ごす時間が短くなってしまったが、お姉ちゃんが頑張って偉いねと褒めてくれるから、嫌々続けているのに、ある日会長が爆弾を落とした。
「あの女が転校することになったよ、陽菜」
唐突に何なのだろう。会長ファンの誰かが問題でも起こしたのだろうか。生徒会の紅一点であるせいか、たまに嫌がらせをされていたので、その犯人がいなくなるなら喜ばしいが。何度私が会長たちに興味が無いと言っても、彼女たちには全く話が通じなかったのだから鬱陶しい。
「あの女って?」
興味は無いが、一応聞いてみる。職場の同僚とのコミュニケーションは大事だとお姉ちゃんが言っていた。
「君の姉、麻生 莉菜だよ」
は?
お姉ちゃんが、転校?
私は何も聞いていない!
気が付いたら叫んで部屋を飛び出していた。お姉ちゃんの教室目指して走りながらも、頭の中はお姉ちゃんの事ばかり。どうして?何で?お姉ちゃんが私を置いて行くなんて、私はお姉ちゃんに何をしてしまったの?
お姉ちゃんは教えてくれないけど、生徒会役員のファン達が私に嫌がらせをしようとしたのを止めたせいで、悪い噂を流されていることは知っている。それがエスカレートしてしまったのだろうか。それで、私のお守りが嫌になってしまったのだろうか?
嫌だ!嫌だ!嫌だ!
お姉ちゃんがいない生活なんて考えられない!お姉ちゃんに嫌われたら生きていけない!
辿り着いた教室で、驚いているお姉ちゃん目掛けて一目散に飛び付き、叫んだ。
「お姉ちゃん、陽菜が嫌いになっちゃったの?」
驚いた顔のお姉ちゃんは、私を嫌ってなんかいないと笑って言ってくれた。お姉ちゃんは私に嘘なんかつかないから安心した。でも、転校は決まった事だからと、そこは譲ってくれない。
それなら私が一緒に行けば良い。
お姉ちゃんは覚悟があるならと許してくれた。両親に連絡をしたら、きっと私がそう言って来るだろうと予想していたらしく、既に色々な書類を揃えてくれていた。教師たちは考え直せと煩かったが、転校先の学力が低かろうと、この学園の設備や制度がどれだけ素晴らしかろうと、私の可能性を潰すことになると言われても、お姉ちゃんがいてくれるからこそ私は頑張れるんだ。お姉ちゃんがいないのなら、この学園に何の価値も見出だせない。
一晩で全てを終えて、私はお姉ちゃんと一緒に学園を去った。新しい環境に全く不安が無い訳ではないけれど、お姉ちゃんがいてくれるならそれだけで良い。
お姉ちゃんさえいれば、私は道を間違えずに生きていけるのだから。