会長
「あの女が転校することになったよ、陽菜」
目の前で食事をしている愛しい彼女を見つめながらそう告げた。
彼女の名前は麻生 陽菜。この東条学園生徒会で書記を務めている。そして生徒会長であるこの俺、凉代 湊の想い人でもある。
「あの女って?」
きょとんとした顔がとても可愛い。
「君の姉、麻生 莉菜だよ」
そう、忌々しいあの女。陽菜は何も言わないが、あの女が陽菜を妬んで嫌がらせをしているのは、生徒会役員の全員が知っている。
陽菜は可愛い。その上勉強も出来る。常に成績は上位を維持しているし、生徒会に推薦される程人望もある。スポーツだって得意で、生徒会に入る前は色んな部活から勧誘されていたらしい。もはや完璧と言える陽菜に、俺達生徒会役員は勿論、学園の多くの男達が想いを寄せている。
そんな陽菜に嫉妬したあの女。今までは陽菜が何も言わないことと、証拠が無かったから手が出せなかったが、つい先日、自分達は決定的な瞬間を目撃してしまった。人気の無い階段で、陽菜があの女に何かを言われて泣いているところを。
それを見た瞬間、自分達の心は1つになった。普段は陽菜を巡って険悪な仲の副会長も会計も会長補佐も、勿論自分も。陽菜を泣かせたあの女に報復するため力をあわせて、あの女を学園から追い出すことに成功した。
陽菜とあの女は姉妹なので、家で顔を会わせることのないように、ちゃんと全寮制の女子校に行くよう手を回した。
これで陽菜は何の憂いもなく過ごせるようになる筈だ。
そう思い、陽菜に報告したのだが、
「何ですって!?」
陽菜は急に叫ぶと、俺達には目もくれず、どこかへ走り去って行った。
唖然として陽菜を見送った俺達だったが、慌てて後を追いかけた。あのいつも冷静で穏やかな陽菜が、どうしてしまったのだろう?
追い付いた先は3年の教室。それもあの女のクラスだった。騒がしい教室に入るとそこでは、
「お姉ちゃん、お願いだから陽菜を捨てないでぇ!」
あの女に必死にすがり付く陽菜がいた。
どうなっている?
彼女はあの女に嫌がらせをされていたのではなかったのか?
訳がわからず、呆然と成り行きを見守るしかない俺達の前で、陽菜とあの女の会話が進んでいく。
「お姉ちゃん、陽菜が嫌いになっちゃったの!?」
「別に嫌ってなんかないわよ」
「じゃあ転校なんかしないで!」
「それは無理よ。もう決まっちゃったもの」
「それなら陽菜も一緒に行く!」
「転校先は全寮制だから、滅多に家に帰れないし、山奥だから遊びにも行けなくなるわよ?」
「お姉ちゃんと一緒なら全然平気!」
「そう、そこまで言うなら止めないけど」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
満面の笑顔であの女に飛び付く陽菜。
翌日には全ての準備を整え、あの女と共に学園を去ってしまった。陽菜がいなくなった生徒会室で、俺達は主を失った椅子を魂が抜けたように呆然と見つめながら考える。
一体どこで間違えてしまったのだろうか、と。