<2> Collapse of the Carrousel -私が望んだ世界
『衝撃! 地球は滅亡する!!』
いつもどおりに登校した為末義人の目に飛び込んだのは廊下に貼り出された壁新聞の、そんな荒唐無稽な見出しだった。
だが義人は、自身の特殊能力<真実を掴む者>に地球滅亡が<真実>であると告げられる。
こんな未来を予言することが出来るということは、筆者も能力を持っている――<未来を視る者>であるということに他ならない。そう考えた義人は放課後、新聞部に足を向けた。
部室の中では一人の男子生徒が座っていた。彼は無礼な来訪者に対して好奇の目を向けている。
「し、失礼します。えっと……浜名純って人は?」
「僕だが」
「今朝見た壁新聞の、『地球滅亡』ってのについて、話したいことがあって」
義人はそう切り出して、自分の能力については伏せつつ、筆者に記事の真意を問うた。その最後に、
「お前は……<未来を視る者>なのか?」
その途端、純の唇が弓形に曲がる。と同時に発動した<真実を掴む者>が、疑問が<真実>であると言う。
「そうさ。僕は確かに、<未来を視る者>だ。僕には<視え>た……地球が滅んでいく光景が、ね」
妙に芝居がかった言い回しで、きっぱりと断言した。そして相手が九信一疑の表情であることを横目に窺いながら純は、自分が<視た>滅亡の光景を語る。
それが終わり、義人が口を開く。
「お前も、本当に能力者なんだな」
「そうだよ<真実を掴む者>。君が今日ここに来ることも、未来を<視て>知っていた」
即答だった。義人はある種の同族意識を感じ、昂奮する。それから純に未来を変える方法がないか訊ねるが、能力に間違いはないと首を横に振られた。
「断言しよう。地球は滅亡する」
ここまで言われても尚、義人は諦めない。諦観に満ちた純の瞳とは対照的に、義人のそれには強い意志が宿っていた。
「――けど俺は諦めない。明日またここに来る。そして俺は、滅亡を回避してみせる」
「そこまで言うのなら……僕も、君に賭けよう」
遂には義人の説得により、二人は手を取り合うことになった。
「頼んだぞ、為末君」
この後家に帰った義人は、一晩中解決策を探してようやく希望の光を見つけた。隣のクラスの女子生徒、彼女が協力してくれさえすれば<運命>は変えられるはずだ、と。
朝一番、義人は隣のクラスに乗り込む。件の人物は予想通りそこにいた。
「よう桜庭、今日も早いな」
「……為末。何の用?」
「単刀直入に言う。<運命を選ぶ者>桜庭千代、俺の願いを叶えてくれ」
読書をしていた彼女、千代の表情が瞬時に曇る。
「前に言ったはず。私はもう能力を使うつもりはないの」
「頼れるのは桜庭だけだ。せめて、話だけでも聞いてくれ」
半ば強引に顛末を聞かせると、千代は深いため息をつきながらも確かに小さく頷いた。
「やってくれるのか?」
「……しなきゃ皆死ぬのでしょう?」
千代はそれだけそっけなく言った。その背中にありがとうと述べて教室を退出する義人。入れ替わりに眼鏡をかけた男子生徒が入ってくるが、義人は気付かなかった。
授業を上の空で過ごして迎えた放課後。義人はクラスメートの女子が呼びかけているのにも気付かずに飛び出して、千代を連れて一直線に新聞部室へと急ぐ。
義人たちよりも遅くやってきた純に促され、部室に入る。三人が着席すると、開口一番義人が訊ねた。
「浜名は何か、対策は見つかったか?」
「残念ながら。……君は見つけたのだろう? 桜庭さんに関わる、秘策が」
「そうだ」千代に目配せをし、首肯を貰う。「実は桜庭も、能力者なんだ。名づけて<運命を選ぶ者>」
『思い通りに運命を操作する』という能力と千代本人について、義人は知る限り全てを純に説明する。
「だから後は桜庭が能力で地球滅亡の運命を回避してくれれば……!」
「僕が<視た>未来が書き換わるということか。俄かには信じがたいが、それしか方法はないのだろう」
純は千代に視線を向ける。すると千代は応えるように頷いた。
「では、能力を使います」
「頼む」
徐に立ち上がった千代は二人の目を順に見回してから顔をを俯かせ、聞き取れないほど小さな声で何かを呟き始める。同時に両手の指が不思議な軌跡を描いていく。義人も純も、千代の動きに釘付けになっていった。徐々に声の音量が上がってくるが、やはり聞き取れない。千代の手の動きもより速くより複雑になってゆく。
一分程経過しただろうか。千代は指をぴたっと静止させ、「はあっ!」と気合を放った。直後、純の目が見開かれる。
「……奇跡だ。滅亡の未来が、<視え>なくなった」
「本当か!?」
「信じられない。本当に滅亡を回避したなんて」
「俺の能力にはまだ何も反応が無いけど、お前がそう言うならそうなんだろう。何にせよ、良かった……!」
二人は大いなる奇跡を目の当たりにし我を忘れて喜ぶが、その時千代が脱力して椅子に倒れ込んだ。
「大丈夫、か?」
「だから嫌なのよ、これ……。でも平気、少し休めば治る、から」
とだけ小声で伝えると、千代は気を失った。心配ではあるが本人の意思を尊重し、二人は彼女をそのまま寝かせておくことにする。
「済まないが、部屋から出て行ってもらえないだろうか」
純がパソコンを立ち上げながら、義人に退去するよう頼んだ。壁新聞の謝罪文を執筆するのには、人の気配の無い静かな環境が良いのだと言う。義人は快諾し、席を立つ。
いざ退去する段になって、逆に純にも頼み事をした。
「そうだ。桜庭が起きたらありがとうと伝えておいてくれ。……じゃあな」
「ああ」
帰途につく義人の胸の中は大きな達成感と、平和な明日が守られたことへの安堵感で一杯だった。
「――桜庭さん、起きて」
パソコンは既にシャットダウンされている。部室の中に満ちていた静寂を破って、興奮も落ち着いた純が声を掛ける。ゆっくり目を覚ました千代は、正に起き抜けのというような惚けた顔で純を見た。
「……どのくらい寝てた?」
「二時間くらい、かな」
そっか、と呟いて大きく伸びをしている千代。純はその時に、彼女に伝えるべき言葉があることを思い出した。
「為末君が、桜庭さんにありがとうと伝えてくれ、ってさ」
「そう」
返事は、とても素っ気ないものであった。これでは雰囲気が居た堪れない。世界を救った英雄に言う言葉が無いか、純は思案した。
「……今日ほど明日が来ることが恐ろしいと思った日はなかった。明日遂に、僕が<視た>通りに世界が破滅するんだと思うだけで、体の震えが止まらなかった」
千代は黙って聞いている。
「それが止まったのは今朝。桜庭さんと為末君が話しているのを見た瞬間、彼が君をここに連れてくる未来が<視え>た。つまりそれは、君こそが彼の秘策ということ。まさか桜庭さん
も能力者だったなんて今まで気付かなかったけど」
「あまり他人に話すことではないと思ったから。それにこんな能力、あってもつまらない」
持てる者の苦しみというやつだろうか、と純は思う。つまらないと言い切る千代は、本心からうんざりといったような表情をしている。
「<視え>るだけの無力な僕からすれば、君の能力は正直とても羨ましく感じるよ。つまらないだなんて、言わないでほしい」
すると、千代は窓際に歩み寄る。西側にあるそのガラスの向こうでは雲の影に夕日が高入りしてしまっていた。その為、建物に映る朱色はくすんでいる。
「これは、明日は雨かもね」
純が知識を元に天気を予想する。折角なら予想ではなく予知してやろうと考えたのだが、どうしても未来を<視る>ことは果たせなかった。不思議に思う純だったが、まあいいやと思案をやめる。
「雨が嫌なら、晴らす?」
「いや。僕は雨が好きだから」純は笑い、部屋の時計を一瞥して言う。「さあ、そろそろ帰ろう」
千代も頷く。部屋を出、そして鍵をかける。
「じゃあ、僕は鍵を職員室に返しに行くから」
「そう」
「また明日。桜庭さん」
千代は何とも口にせず、ただ踵を返した純の背中に小さく手を振った。
明日も明後日も、世界は平和なままだ。義人も純も、そうだと疑いもしなかった。
しかし次の日の日本時間の昼、地球は突然の天変地異によって滅んだ。
高校は昼休みであった。義人と純は別の場所から偶然にも、同時に雨の校庭をふと覗いた。土砂降りの中で、女子生徒が全身を濡らしながら仁王立ちになっているのが見て取れた。彼女は腕を忙しなく動かして何かをしている。その行為が意味するところを二人が理解した瞬間――彼女を中心に大地が崩落を始めたのだ。
この後のことは、語るまでもない。
――そんな<運命>も一つ、存在した。