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<1> the Unreal Utopia ―私が本当に望んだ世界

『衝撃! 地球は滅亡する!!』

 いつもどおりに登校した為末義人の目に飛び込んだのは廊下に貼り出された壁新聞の、そんな荒唐無稽な見出しだった。それは今時の高校生の興味を惹くには、全くもって力不足な文言。事実、義人の他に足を止める者はいない。見出しを一瞥し、嘲笑してそのまま通り過ぎていく生徒が稀にいるかいないか、その程度だ。

 壁新聞は月に一度、この高校の新聞部が執筆して廊下に掲示している。義人が知っているのはそれだけで、今までどんな記事を書いていたのかも気にも留めたことはなかった。だが今日は、偶然視界に入った鮮烈な配色に目を奪われた。

 これも何かの縁だと、記事を読み進める。はじめは何が滅亡だという軽い気持ちだった義人だが、読み進めるうちに恐怖さえ覚えるようになる。筆者の文才云々の話ではなく、まるで実際にレポートしてきたかのような異常な現実味。巨大な穴による人類の消滅と地球の崩壊が生々しく描かれ、筆者の名を添えて締めくくられている。

 一体なんなんだ。義人がそう思った瞬間――脳に何かが走る。

「っ……嘘だろ、こんなのが……」

 痛みではない。けれど義人は自分の頭を抱えたくなった。

 ……こんなのが<真実>な訳が、あってたまるかよ。

 義人は所謂超能力者である。その能力は、あらゆる物事の真偽を見抜く。名づけて<真実を掴む者>。物心ついた時には既に能力に開眼しており、これまでも幾つもの<真実>と嘘とを見抜いてきた。しかし本人が望んでも発現せず、偶発的かつ突発的にピンと来ることがあるのみだ。けれど発動さえしてしまえば正答率は十割。義人自身が一番、この能力を信頼していた。

 その<真実を掴む者>が言うのだ。地球滅亡は<真実>である、と。

 それから日中ずっと悩んで、義人は結論を出した。新聞部に乗り込もう、そしてあの記事は何なのか問い詰めよう。

 あんなおかしな話を恥ずかしげもなく書けるということは、筆者が未来を予知しているからに他ならない。未来予知というのもこれまたおかしな話に違いないが、義人自身が特殊能力の存在証明でもある。ならば他にもこんな能力者――<未来を視る者>がいるに決まっている。事実は小説よりも奇なりだ。

 勢いよく新聞部の扉を開くと、そこは部室というよりもまるで会議室のような部屋であった。紙特有の匂いが鼻をつく。奥に縦長で教室の半分ほどの広さのその中に、様々な書類の入ったガラス戸の棚が壁際に並び、二台の長机の上には原稿が雑多に置かれている。そして窓際、扉から一番遠い位置にあるノートパソコンの陰にたった一人、生徒がいた。その顔に義人は少しだけ見覚えがあったことから、彼とは同学年だと考えた。

 その彼は今、無礼な来訪者に向けて露骨に苛立ちと嫌悪感を表している。眼鏡の奥の鋭い視線が無言の圧力をかけてきて、義人はたどたどしく頭を下げた。

「し、失礼します。えっと……浜名純って人は?」

 義人が問うと、正面の生徒は更に訝しげな表情になった。

「それは僕だ。けれど、君は誰だ? いきなり何の用だい」

 当然の疑問を即座に返されて、慌てて答える。

「あー、俺は三年の為末。今朝見た壁新聞の、『地球滅亡』ってのについて、話したいことがあって」

「へえ」

 僅かに、純は耳を傾ける体勢になってくれた。義人は、これで話しやすくなったと安堵する。

「あの記事、普通なら誰も信じそうにない内容なのに、どうして書いたのか聞きたい。それに文章も、鬼気迫る感じがあって……気になってさ」

 一応、<真実を掴む者>の件については伏せておく。

「滅亡は真実かもしれないと、君はそう思ったと言うのかい?」

「ああ。ただの直感だけど、嫌な胸騒ぎがする。だから聞きたい。――あれは冗談か? それとも」心臓の鼓動が早まる。「地球が滅亡する未来が、<視え>ているのか? お前は……<未来を視る者>なのか?」

「――ふ」

 その言葉を放った途端、純の態度が目に見えて変化した。まるで勇者の訪れを待ちわびていた王様のように、得意げに口を曲げたのだ。

 同時に、義人の<真実を掴む者>が発動する。脳に流れ込んでくる、<真実>というフレーズ。やはりそうか、義人は返事をもらう前に確信した。

「そうさ。僕は確かに、<未来を視る者>だ。僕には<視え>た……地球が滅んでいく光景が、ね」

 妙に芝居がかった言い回しで、しかし強い気迫を纏って断言した。純は義人が半信半疑、いや九信一疑の表情であることを窺いながら続ける。

「日時は明後日の昼。突如大地は崩落して、学校も人も街も、諸共奈落に沈んでいくんだ。大きな穴は徐々に範囲を広げていく。終いに日本を飲み込み、大陸を飲み込み、全ては潰れてなくなるのさ」

 義人は瞼の裏にその光景を思い浮かべながら聞き入った。話が終わると、次は義人の口が動いていた。

「お前も、本当に能力者なんだな」

 純は不敵な笑みを浮かべ、舐めるような視線で義人を見つめる。

「そうだよ<真実を掴む者>。君が今日ここに来ることも、未来を<視て>知っていた」

 その言葉に義人は、体を数多の矢に射抜かれたかのような衝撃を受けた。本当に能力者はいた。間違っていなかった。高揚感がふつふつと湧き上がると同時に、同じだけの破滅への恐怖心も生み出される。

「何か、対策は無いのか? 滅亡を回避する、そんな手立ては」

「君も能力者なら分かるだろう。能力に間違いは存在しないと。だから僕は逆らえない滅びの未来に対して、少しでも皆に覚悟をしておいてほしくて、あの記事を書いたんだ」

「そうかも知れない、けど……!」

 机を叩き、詰め寄る。しかし無情にも、首は横に振られた。

「断言しよう。地球は滅亡する」

 義人は項垂れた。純の言葉には、有無を言わさぬ強さがあった。能力など関係なく、真実として受け入れるしかないと思わされる程に。

「でも……諦めるなよ。きっと何か、方法があるはずだ」

「無駄さ。僕には<視え>てしまった。君も<真実>と知った。未来は変わらない」

 弱気な純に、義人はやがて苛立ちを覚えた。そして言う。

「――分かった。けど俺は諦めない。明日またここに来る。そして俺は、滅亡を回避してみせる」

「そこまで言うのなら……僕も、君に賭けよう」

 純は眼鏡を掛け直す仕草をしてから手を伸ばした。義人の手がそれを強く掴む。

「頼んだぞ、為末君」

 それから家に帰った義人は、宣言どおり諦めることなく未来を変える方法を考えた。残された時間のうちの半日以上を費やして、ようやく義人は一筋の光明を得た。

 これまでの人生に何か解決策がないかと掘り下げていくと、二年ほど前の記憶にぶつかったのだ。今の今まで忘れていたが、義人は以前に既に能力者に出会っていた。しかもそれは偶然にも、今は隣のクラスにいる女子なのだ。彼女さえ協力してくれれば、<運命>はきっと変わる。

 明日朝一番、彼女に会いに行こう――そう結論付けたのは、寝ずに迎えた黎明の頃であった。

 隈の浮かんだ顔のまま、義人は隣のクラスに乗り込む。予想通り、静まり返った教室の隅の席でただ一人で読書をしていた彼女を発見した。

「よう桜庭、今日も早いな」

「……為末。何の用?」

 彼女は本を名残惜しそうにしながら視線を義人に移す。義人は「あのさ」と言ってそのひとつ前の席に腰を下ろした。

「単刀直入に言う。<運命を選ぶ者>桜庭千代、俺の願いを叶えてくれ」

 すると千代の表情が目に見えて一気に曇る。

「前に言ったはず。私はもう能力を使うつもりはないの」

「頼れるのは桜庭だけだ。せめて、話だけでも聞いてくれ」

 半ば強引な運びで、義人は事の顛末を語った。一連の話を聞き終わり、千代は深いため息をつきながら小さく頷く。

「やってくれるのか?」

「……しなきゃ皆死ぬのでしょう?」

 千代はそれだけそっけなく言うと、再び本に目線を落としてしまった。その背中にありがとうと述べて教室を退出する義人。

 それと入れ替わりに、眼鏡をかけた男子生徒が入ってきたことを、義人は知らない。

 この日の授業は上の空で過ごした。地球の滅亡なんて考えもせずに今日も明日も変わらない日常が過ぎていくと信じている、一般生徒と教師たちは気楽でいいなぁなどと思いながら。

 そうして迎えた放課後、義人は真っ先に教室を飛び出す。クラスメートの女子が呼びかけているのにも気付かずに隣のクラスに走り込み、他の誰にも目もくれず千代を連れ出して、ひたすら新聞部室に急ぐ。

「おい浜名、為末だ。開けてくれ」

 しかしどれだけノックをしても、扉は閉まったまま。それでも呼びかけ続ける義人に、呆れた千代が言う。

「そんなに焦ってどうするの。まだ浜名は来てもいないのに」

「――そうだ。部室の中には誰もいない」

 声に驚いて真後ろを振り向けば、そこには鍵を手で弄んで笑う純の姿があった。義人は早とちりをしたことに恥ずかしさを感じつつ、純と千代に続いて新聞部の敷居をまたぐ。各々が適当な席に着くと、義人が口を開いた。

「浜名は何か、対策は見つかったか?」

 純はゆっくり首を横に振る。「残念ながら。……君は見つけたのだろう? 桜庭さんに関わる、秘策が」

「そうだ」義人の表情は自慢げだ。千代に目配せをし、能力を話しても良いか許可を取る。首肯を貰った後、次に進む。「実は桜庭も、能力者なんだ。名づけて<運命を選ぶ者>」

 その能力は『思い通りに運命を操作する』。義人や純のものとは比較にならないくらい信じられないような能力だが、以前<真実>だと確認したのだから間違いない。彼女が言うには、この能力で取り返しのつかないことをしてしまって以来、使用を封印しているらしい。だから義人は千代が実際に運命を<選ぶ>瞬間を見たことがない。と、純に説明をしたが、彼の眼鏡の奥には依然疑問の色が濃く残っている。

「だから後は桜庭が能力で地球滅亡の運命を回避してくれれば……!」

「僕が<視た>未来が書き換わるということか。俄かには信じがたいが、それしか方法はないのだろう」

 純は千代に視線を向ける。すると千代は応えるように頷いた。

「では、能力を使います」

「頼む」

 すると千代は徐に立ち上がり、純の目を、義人の目を見る。それから顔を俯かせ、聞き取れないほど小さな声で何かを呟き始める。同時に両手の指が不思議な軌跡を描いていく。義人の視線はその指に、耳は声に少しずつ釘付けになっていった。徐々に声の音量が上がってくるが、やはり聞き取れない。千代の手の動きもより速くより複雑になってゆく。

 一分程経過しただろうか。千代は指をぴたっと静止させ、「はあっ!」と気合を放った。直後、純の目が見開かれる。

「……奇跡だ。滅亡の未来が、<視え>なくなった」

「本当か!?」

 喜びのあまり勢いよく立ち上がった義人の椅子が倒れる。

「信じられない。本当に滅亡を回避したなんて」

「俺の能力にはまだ何も反応が無いけど、お前がそう言うならそうなんだろう。何にせよ、良かった……!」

 ガタンと。歓談に割り込んだ音は、玉のような汗を額に浮かべた千代が椅子に頽れたときのものだ。見やれば息も絶え絶えで、相当の体力を消耗しているようである。

「大丈夫、か?」

「だから嫌なのよ、これ……。でも平気、少し休めば治る、から」

 千代は気丈に振舞い、そして机に突っ伏して寝息を立て始めた。これでは余計に心配になるが、本人が言うのだからそのまま寝かせてあげようと義人は思った。

 その時、さて、という声がして同時にパソコンの起動音が鳴る。どちらも純によるものだ。

「済まないが、部屋から出て行ってもらえないだろうか」

 心から申し訳なさそうな口調で言う。

「何故?」

「僕はこれから、新聞の訂正と謝罪の文を書かなければならない。出来れば執筆は静かな環境でしたいんだ。それに、謝罪文を途中で見られるのも恥ずかしいからね」

 ここまで言われてしまっては、退散せざるを得ない。義人は分かったと答え、席を立つ。

 扉に手を掛けようとしたときに言い残すべき言葉を思い出して、口を開いた。

「そうだ。桜庭が起きたらありがとうと伝えておいてくれ。……じゃあな」

「ああ」

 帰途につく義人の胸の中は大きな達成感と、平和な明日が守られたことへの安堵感で一杯だった。


「――桜庭さん、行ったよ」

 パソコンの画面はスクリーンセーバーに移行していた。頃合を見計らって、伏せていた千代に対して純はそう呼びかける。

 すると千代はまるで何事も無かったかのような顔でむくりと起き上がる。二人は顔を見合わせ、そして一気に笑い出した。千代の目には涙が滲み、純に至っては腹を捩って大口を開けている。

「見た? 為末のあの顔」

「勿論。堪えるのが大変で大変で」

 当然この場に義人はいない。二人きりの部室の中で、大爆笑が起こっていた。

「桜庭さんのあの迫真のおまじない。僕を笑い殺す気だった?」

「それを言うなら、何が真顔で『……奇跡だ』よ。噴き出したら全て水の泡だったのよ?」

「まあとにかく。計画は大成功と言うことで」

「そうね。為末はすっかり信じ込んでいるようだったし」

 と、ハイタッチを交わした。小気味良い音が部屋に響く。

 ――要するに、全ては嘘だったと言うことだ。

「しかし地球滅亡の記事を見て本当だと信じこむ純粋な人間が、まだ現代に残っていようとは。驚いたなんてものじゃなかったね」

 この部で発行する壁新聞は、何を隠そう全くの虚構である。そのことは校内ではそれなりに有名だと思っていたが、どうやら義人は知らなかったようだった。

「そこで為末の発言に乗った浜名が、そもそもの原因じゃない」

「以前桜庭さんから聞いたことがあったから、彼だとすぐ分かったよ。乗ったのは面白そうだったから。予想以上だったけど」

 二人は現在、同じクラスに在籍している。更に言えば、出身の中学校も同じであり、共に演劇部に所属していた。

「私も昨日壁新聞を見たとき、これは為末が好きそうな記事だなって思ってた。今日の朝一番に『願いを叶えてくれ』だなんて言われて、顰め面にならないと笑ってしまいそうだった」

 入学時は千代と義人が同じクラスであった。義人は自己紹介で<真実を掴む者>を名乗り、教室のほぼ全員に白い目で見られた。当時は千代も何やら病気に罹っていたようで、初めて義人と会話したときに彼に倣って自らを<運命を選ぶ者>と言ってしまった。でも能力など実際は使える訳も無く「ある出来事があって封印している」と説明したのだ。千代の病気はあるときを境に急速に完治したが、義人のそれは未だ継続中だ。

 千代が義人と関わる中で分かったのは、彼が潜在的に洞察力に優れていること。人の態度から嘘を見破ったりすることが得意なのだ。勿論、今回のように演技に惑わされたりなどのミスもある。超能力と呼ぶには貧弱ではあるが、少なくとも人並み以上だと感じた。そこに思春期特有の興奮が重なれば、自分が能力者だと思い込むのもあり得ない話ではない。

「それにしても、桜庭さんも能力者だったんだね。今朝初めて知ったよ」

「う、うるさい! それは忘れなさい!」にやにやしながらからかう純の言葉に、千代は怒りと恥ずかしさで顔を赤くする。

 朝のやり取りを途中から見ていた純は、義人と入れ替わりに教室に入った。話題の見当はすぐについたので、早速協力を持ちかける。こうして二人の謀略計画が始まったのだ。千代という協力者が現れたのは、純にとっては渡りに船。もし何事もなく放課後を迎えていたら、部員の人払いをしておいた部室にやってきた義人に「未来が変わって滅亡は逃れた」と苦しい言い訳をするつもりでいたのだ。

「それは置いておいて。この先も為末君は<真実を掴む者>と勘違いしたまま過ごさせるのかい?」

「放置せずに放棄しなさい! ……でも、そうね」

 千代は暫し腕を組んで考え、それから答えた。

「本人が幸せなら、それでいいんじゃない?」


 明日も明後日も、世界は平和なままだ。義人は翌日、外は雨なのにも関わらず妙に晴れやかな顔をして登校した。廊下の壁新聞にまだ謝罪文は付いていないのを確認して、ちょっとだけ純に文句を言ってやりたくなった。

 昼を過ぎても夜になっても、今日は普通の一日だった。何もないことこそが一番素晴らしい。


 ――そんな<運命>が一つ、生まれた。

読んでくださってありがとうございました

感想、批評等ございましたらどんなものでも構いませんのでいただけると嬉しいです


第二話は3月14日じゅうに更新しますのでよろしくお願いします


また、下記のブログでは現在この作品の人物紹介などを行っています

http://awasone.blog.fc2.com/blog-entry-9.html

作品投稿、ブログ更新などをお知らせしたりするツイッターはこちら

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