第29話 恋する和馬
始業式の翌日。
「おはよー」
青龍は元気良くクラスメイトに挨拶している。
ちなみに今日は青龍がすんなり起きたので、余裕を持って登校出来た。神獣は順応性も高いらしい。
「おはよう」
「おう!おはよう、悠!」
和馬に挨拶をすると、尋常じゃないテンションで挨拶が返ってきた。
「和馬…お前、朝からテンション高すぎ」
「そうか!?」
どうやら自覚はないようだ。しかも、何故か顔がにやけている。
「どうした?和馬。何か悪い物でも食ったか?」
「何も食ってないぜ」
ここは友人として忠告しておくべきか…。
「お前、顔がにやけてるぞ」
「え?俺、顔にやけてる?」
「ああ。なんか怪しく見える」
「何っ!?じゃあ気を引き締めないといけないぜ」
そう言って和馬は普通の顔に戻る。それを確認した後、自分の席に着いた。
担任が来るのを待ちながら、ぼーっとしていると和馬の呟き声が聞こえてきた。
「はぁ〜美琴ちゃん、可愛いなぁ〜。天使に見えるぜ」
和馬の方を見ると、まただらしなく顔がにやけていた。
「そういうことか」
和馬は生徒会長にぞっこんらしい。…というか、もうファーストネームで呼んでるし。
「おーい、席に着け」
教室に担任が入ってきたので、思考を中断する。
そして、ホームルームが終わり、十分程の休憩時間になる。
「和馬、さっき生徒会長のこと考えてただろ?」
「うぇ!?何で知ってんの!?」
「いや、さっき普通に口に出てたぞ」
「は、恥ずかしーー………くない!うん!恥ずかしくない!」
今絶対、恥ずかしいって言おうとしただろ。
「そんな間塚にいい情報がありますよ。ふふふ」
しれっと話を聞いていた遊沢が会話に入ってくる。
「なんか怪しいぜ」
「確かにな」
さすがに和馬も怪しいと思ったようだ。
「人聞きが悪いこと言わないでよね」
遊沢は心外だとばかりに肩を竦める。
「せっかく楠木ちゃんのいろんな情報を持ってきてあげたのにな〜」
「何っ!?」
「いや、食い付きすぎだろ」
さっき怪しいと言って警戒していた和馬だが、既に遊沢の術中に嵌りつつある。
「そんないい情報なのに怪しいとか疑われた…あーあ、教えようとしてた楠木さん情報を教えたくなくなるなぁ」
「ぐっ」
「あ、もう授業始まるじゃん。じゃ私は席に戻りますか」
勝ち誇ったような笑みを浮かべて戻っていく遊沢。
それを見ていた和馬が、
「み、美琴ちゃんの情報くらいすぐに集めれるぜ」
負け惜しみを言っていた。
「ま、頑張れ」
「悠」
俺も席に戻ろうとすると和馬に声をかけられた。
「なんだ?」
「手伝ってくれ」
「断る」
そんなに知りたければ遊沢から教えてもらえばいいものを…。
「悠〜」
呪ってやると言わんばかりの低い声で呼んでくるが無視する。
「はーい、席に着いて下さーい」
先生が来たので和馬も渋々前を向いた。
その後、授業中に頭を抱えて何かを考えているようだったり、休み時間のたびに協力要請をしてきたりした。
そして、無事に昼休み。
「和馬…もう諦めて遊沢に頼れ」
「う、うーん」
和馬と話しながら購買で買ってきたパンを食べる。
「でも俺にもプライドというものが…」
「なら俺にも頼るな」
「悠と遊沢じゃ話が違うというか…」
授業中と同じように頭を抱え込んでしまった。
「あらあら、間塚。何を悩んでいるのかな?」
すべての原因の遊沢登場。当然、顔は勝ち誇ったような笑み。
「遊沢、和馬を虐めるのもほどほどにな」
「あら、私は虐めているつもりはないけど?」
本人はそう言っているが、遊沢家の和馬に対する風当たりが強いのは事実だ。
「ま、どうしてもって言うなら教えてあげないこともないけど?どうする?」
「ま、マジで!?お願いします!」
速攻で反応する和馬。
さっきプライドがどうとか言ってなかったか?
「う〜ん、青春だね〜」
「だね〜」
いつの間にか青龍と華凛が隣りに居た。楠木の説明を聞いている和馬を見ている。
「和馬のこと知ってるのか?」
和馬が楠木に一目惚れしたことはおそらくまだ誰にも言っていないはずだ。
「知ってるよ」
「和馬くん独り言で楠木さん可愛いって言ってたし」
「……………」
もはや末期症状だな。と、俺が呆れていると…
「悠!美琴ちゃんのクラスに行くぜ!」
朝のテンションに戻った和馬がそう言ってくる。
「一人で行ってこい」
なんで俺まで行かにゃならんのだ。
「一人じゃ心細いんだ!頼む!」
よくそんなことが大声で堂々と言えるな…。
「まったく…付いて行くだけだぞ」
「さすが悠!じゃあ行くぜ!」
「うわーこのテンションうざー」
と言いつつ付いて行く俺。
そんな俺たち二人に、
「和馬くん頑張って」
「ユウ、結果は教えるんだよ」
「隊員たち、健闘を祈る」
なぜか見送られていた。しかも遊沢は敬礼をしている。
なんか雲行きが怪しくなってきたか?
「おい、和馬」
「……………」
ガチガチに緊張していた。
ダメだな、これは。
「和馬〜着いたぞ〜」
楠木のクラスまで、距離にして数十メートル。
というか、これくらい自分で調べた方が早くね?
「………和馬?」
「お、おう」
声が裏返って変な声になっている。それに歩き方もロボットっぽい。
「……………」
「どうした?」
「この緊張はハンパないぜ」
そこまで話して、突然ある疑問が湧いてきた。
「和馬、お前何しに来たんだ?」
「え、えーっと…こ、告白?」
…最初からぶっ飛びすぎだろ。しかもなんで疑問形なんだ。
「それ本気?」
「いや…友達から、とか?」
…会話になってねぇ。
「和馬…」
「うちのクラスに何か用でしょうか?」
戻るぞ、という言葉が遮られる。
振り返ってみると、眼鏡をかけてキリッとした顔立ちの女子生徒がいた。たしか、こいつは…
「…副会長か」
「それが何か?」
「いや、何でもない」
「それで、何か用があるのか聞いているのですが?」
なんかやけに攻撃的、というかツンツンした態度だな。
ここに出てきたのも、はっきりものを言うし、クラスの人からも信頼されているからだろう。
「俺は別に用はない。用があるのはこっち」
そう言って和馬を指差した。
「あのー楠木さんをお願いしたいんだけど…」
「どうしてですか?」
「ちょっと話がしたくて…」
「そういうのは遠慮してもらっているので」
「そ、そうですか…」
とりつく島もないような言い方だった。
「和馬、戻るぞ」
「お、おう」
目当ての人物がいないのでさっさと引き上げる。
「………まったく、美琴が会長になった途端こんなのが多くなるんだから」
俺たちが立ち去っていくと、桐生は一人呟いていた。
「お、帰ってきた」
「おかえりー」
教室に入ると青龍たちが待っていた。
「どうだった?」
「会う前に断られた」
「誰に?」
「桐生」
それで?と興味津々といった様子の三人組。
「というかツッキー、なんで桐生さんが出てくんの?」
「さぁ?」
「さぁ、って…ユウ、理由は聞いてこなかったの?」
「んなもん和馬に聞け」
「ユウくん、ダメだよ。和馬くん微妙に放心状態」
華凛に言われて、和馬の方を見る。
「……………」
…たしかに少しぼーっとしているような感じがする。
「ま、いいわ。この話はもう終わりー」
遊沢がそう言うと、三人組はすぐに他の話に花を咲かせる。
「はぁ」
「どうした?」
それとは対照的に和馬は溜め息をついていた。
「…いや、まぁ、な」
「さっきのことはあんまり気にすんな」
「…おう」
「機会はいくらでもあるさ」
こうして生徒会副会長・桐生紗耶香とのファーストコンタクトは終わった。