第28話 二学期
今日は九月一日。今日から二学期が始まる。
しかし、俺は今、青龍の部屋のドアをノックしている。
「おーい、青龍ー。起きろー」
「………あと……分…待って……」
ドア越しなので、よく聞き取れない。
「いや、それ聞き取れないし」
「………は……何…」
こういうやりとりをかれこれ五分ほどやっている。
青龍は夏休みにぐうたらした生活を送っていたので、その習慣が完全に身に付いている。
「そろそろ起きないと新学期早々遅刻だぞ」
「………うーん…」
駄目だ、こいつ絶対起きねぇ。というか起きる気がないな。
ということで最終手段に移行する。
「ほら、早く起きないと実力行使でいくぞ?」
「…ふっ…出来るものならやってみなよ」
気のせいかその挑発したような言葉だけがやけにはっきりと聞こえた。
「………わかった。じゃあ実力行使でいってやろう」
「………カモン…」
「うおら!起きろ!」
ドアを突き破る勢いで青龍の部屋に突入する。
「おは〜」
「ああ、おはよう………ってなんて格好してんだ!?」
青龍はキャミソールにショートパンツという服装だった。スラリとのびた健康的な足に目が行ってしまう。
夏だから暑いのはわかるが、露出が多すぎる。
「いつもこれで寝てるよ〜」
「へぇ〜じゃあいいか………ってそんなわけあるかっ!」
思わずノリツッコミしてしまった。
「うーユウのケチ。自分の部屋だからいいじゃん」
「よくないわっ」
部屋から出るときは毎回着替えるのか、こいつは。
「というかユウは私の部屋に勝手に入らないから、どうせ見えないよ」
「ああ、確かにそうだな」
でもその、バレなきゃ何をやってもいい的な考えはどうかと思うぞ?
「って、もうこんな時間じゃねぇか!」
時計を見ると、もうギリギリの時間だった。
「うーん、よく寝たよ〜」
時間のことなどまったく気にしていない青龍。その証拠に暢気に伸びをしている。
「ほら早くしろ」
「うん、じゃあ着替えるから朝ご飯の用意しててよ」
「いや、時間ないから無理だ」
「………学校休む」
そう言って青龍はまた眠りに落ちようとする。
青龍は朝食を取れないと学校を休むらしい。
「じゃあトースト焼いてやるからさっさと着替えとけ」
「うん」
トーストを焼くためにキッチンに行く。ちなみに俺は朝食は食べ終わっている。
トースターにパンを入れる。ジャムは…イチゴでいいか。
「着替えたよ」
「早っ」
「神獣流・早着替えだよ」
トースターにパンを入れて数十秒しか経っていない。
しかも、しっかり髪のセットまで済ませている。ということは歯磨き、洗顔までしているとみた方がいいだろう。
「今日は時間がないからダッシュで行くぞ」
「りょーかい」
そうこうしているうちにトーストが出来た。
「ほら、食べろ」
「ん」
青龍にトーストをくわえさせ、鞄を持たせる。
そして戸締まりを手早く済ませて家を出る。
「行くぞ」
「んん〜?」
トーストをくわえたままなので何を言っているのかわからないので無視しておく。
「ちょっと待っとけ」
「ん」
ぶっちゃけ今から走っても間に合わない。
なので大家さんから自転車を貸してもらう。
「大家さん、今日一日自転車借ります」
大家さんがいる部屋をノックして自転車を借りる旨を伝える。
「………あーい、どーぞ」
返事が来たのを確認して自転車を借りていく。
急いで青龍のところに戻ると、青龍がしゃがみこんでいた。
「どうした?」
何事かと思って声をかけると、
「……ほらほら、猫だよ、猫」
全身真っ白の毛で覆われた品の良さそうな猫と戯れていた。
「………何やってるんだ?」
「猫〜♪知り合いに似てるよ〜」
にへー、と顔が緩んでいる青龍。
というか猫に似た知り合いって…。
「青龍…猫はいいから乗れ」
「うん」
自分と青龍の鞄をカゴに放り込み、二人乗りをする。
朝とはいえ夏に全力で自転車を漕ぐのは自殺行為に等しい。出来れば極力運動はしたくないものだ。
しかしここは腹を括って…
「飛ばすからしっかり掴まっとけよ」
全力疾走することにする。
「うわっ」
「っと、落ちるなよ」
と言いつつも気にせず突っ走る。
いつもの通学路を疾走していると、うちの高校の女子生徒が歩いているのを見つけた。
「あっ、誰かいるよ」
「そう、だな」
息も切れ切れにそれだけの返事をする。
もうギリギリの時間なのにのんびりと歩いている。
「おはようございま〜す」
追い抜きざまに青龍が声をかける。
「お、おはよう」
やけにおどおどした返事が返って来た。いきなり声をかけたからな。
その後、自転車を必死に漕いだ結果、ギリギリで間に合った。
「…っしゃあ!ギリギリセーフ」
「おー」
自転車を駐輪場に置いて、さっさと教室に向かう。
「おはよー」
「おう」
久しぶりに見たクラスメイトは一学期と大して変わっていなかった。
多少、日に焼けた者もいるようだ。
「おっ、ツッキー、ギリギリじゃん」
「ああ」
遊沢がニヤニヤしながら話しかけてくる。
こいつがニヤニヤしながら話しかけてくる時は何かしら裏がある。
「なんだ?何か用か?」
「今日はなんでギリギリだったのかな〜?と思ってね」
「青龍がなかなか起きなくてな」
ふむふむ、と頷いている遊沢。が、次の瞬間、ニヤリと口角が吊り上がった。
「おはようのキスで起こしたの?」
「んなわけあるか」
どこからそんな結論に辿り着くんだ。
「連れないねぇ…二人乗りで来たくせに」
「…なんで知ってんだ?」
「ふっふっふっ…遊沢様の情報網を甘く見てはいかんよ」
「なんだそれ?」
一体どんな情報網を持ってるってんだ…。
「おっと、二分後に担任が来るみたい…じゃあまた後でね〜」
この前は気付かなかったけど、夏休みの間になんか情報収集能力がパワーアップしているらしい。
「二人乗りか〜。幼なじみを差し置いて何やってるの?ユウくん」
「おわっ!」
華凛が背後から話しかけてきた。というか今、全く気配を感じなかったぞ?
「お、おはよう。華凛」
「うん、おはよう。ユウくん」
顔は笑っているが目が笑っていない。
「おーい、席に着けー」
タイミング良く担任が教室に入ってきた。…遊沢が席に戻ってからちょうど二分後だった。
「ユウくん、またこの話は後で」
「お、おう」
華凛は拗ねたような表情で席に戻っていった。
「静かにしろ!えー今日の日程は…」
担任が今日の日程を簡単に説明していく。
今日は体育館で始業式があった後、午前中で解散らしい。
「…以上だ。何か質問のある者は………よし、いないな。この後すぐに体育館に行けよ」
始業式では校長の一言や生徒会長の指名がある。三年は受験があるので二学期に生徒会長が替わる。
うちの学校の生徒会長は指名制で夏休みに通知が来ると聞いたことがある。
「………行くか」
だらだらとクラス全体が移動する。俺もその流れに乗って体育館に向かう。
体育館に着くとほとんどの生徒が揃っていた。
しばらくして全員が揃ったところで校長の挨拶が始まる。
『二学期も頑張れ。以上じゃ』
うわー、挨拶短かー。今の挨拶といい、青龍の編入の時といい適当だな。
次は生徒会長の発表らしい。壇上には眼鏡をかけた女の子が立っていた。キリッとした端正な顔立ちをしている。
生徒会長にぴったり、と言った感じだ。軽く頭を下げた後に自己紹介が始まる。
『どうも』
マイクを通して凛とした声が響きわたる。
『この度副会長に指名されました桐生紗耶香と申します』
さっきまでざわざわしていた全校生徒がシン、と静まり返っている。…つーか副会長?
『申し訳ないですが…会長は遅刻しているので私が挨拶をします』
遅刻って…その会長、大丈夫なのか?
桐生が一歩下がって礼をする。体育館は依然として静まり返っている。
そんな中、その静寂を破った生徒がいた。
「ごごごめんなさい!」
そんなことを叫びながら体育館に駆け込んできたのは………登校中に見た女子生徒だった。
『……………』
桐生もポカンとしている。
全校生徒の視線がその女子生徒に注がれる。
「あ、あの…えと」
体育館の入口に突っ立ったまま、もじもじし始めた。そして、すがるような目で壇上を見つめる。
『美琴…壇上に上がって来なさい』
美琴、と呼ばれた女子生徒は小走りで壇上に向かう。
壇上に上がり、桐生からなにやら紙を貰っている。
『あ、あの!遅刻して申し訳ありません!』
机すれすれまで頭を下げる。
『え、えーっと…こっ、この度せっ、生徒会長に指名されました。くっ、楠木美琴です』
……カミカミだった。
体育館は桐生の時と違う意味でシーンとしている。
「なぁユウ」
「なんだ?」
和馬が話しかけてくる。誰も喋っていないので自然と声が小さくなる。
「あの生徒会長の楠木って子…」
「が、どうした?」
「惚れた」
「……………」
…馬鹿か、コイツは。
というか和馬がそんなこと言うのは珍しいな。顔がそこそこなだけに告白される方が多い。
でもその場合は…
和馬の馬鹿さを知らないで告白→告白中にそれに気付く→なぜか告白されたのに振られる
というパターンが多いはずだ。
「まぁ頑張れよ」
とりあえず友人として声援だけ送っておく。
「おう!頑張るぜ☆」
語尾に☆を付けられても全く可愛くない。
こういうところがダメなのだと本人は気付いていないらしい。
和馬に見えないようにして、手を合わせる。…南無。
「ねぇユウ、始業式終わったよ?」
「ん?おお、終わったか」
青龍が声をかけてくる。
いつの間にか始業式が終わっていたらしい。
「というか、さっき何やってたの?」
「なんでもない」
このことは口外しない方がいいだろう。…遊沢に知れたら大変だしな。
「………ま、いいよ。学校かぁ〜勉強したくないよ〜」
「授業中寝るなよ?」
こうして二学期が始まった。