ダンジョン潜入の前に待ち受ける罠
というわけで、ろくにパワーアップもしないまま、封印の洞窟にやってきた。
今回はアイリと一緒だ。厳密に言えばクマのぬいぐるみのベアリーくんも居る。
「アイリも入れるようになってるんだよな?」
「そうだよ、封魔の指輪を装備したからね。勇者たるルーザーか、封魔の指輪を装備した人しか入れない洞窟なんだ。
でもって僕は、おまけの付添だから一緒に入れるんだよ!」
と、アイリが声色を使ってベアリーを全面に押し出しながら言う。
「さあて、戦闘モードだ。ベアリー、辛いと思うが少しの間我慢してくれよ」
そういうと、アイリは道具袋から紐を取り出して、ベアリーを背負い、器用に紐で結びつけた。赤ちゃんを背負う母親のおんぶ紐のようだ。
ちなみにアイリの道具袋には、体力回復用のキュアキュアウォーターがたっぷり入っているので相当重く、持ち歩くたびにガチャガチャと音を立ててる。
「何やってんの?」
と聞くと、アイリは、
「だから、戦闘モードだよ。いくらわたしと言えども、ベアリーを片手に抱きながらきわどい戦闘は繰り広げられないだろう?」
そうなのか? アイリは片手で軽々剣を振るうし、左手に盾を持っているってわけでもない。
片手がふさがってても特に問題無いような気もしないでもない。
「それに、戦闘中に振り回したりしたら、ベアリーが可哀そうだ」
「それならおいて来ればいいのに……」
「わたしとベアリーは一心同体。離ればなれになるなんてとてもじゃないが、想像できない!」
とアイリは怒り出したが、こないだの露天風呂の時は、ベアリーは連れてきていなかった気がしないでもない。
「濡れると可哀そうだからな」
「それを言ったら、戦闘に巻き込むのだって可哀そうなんじゃない? いくら背中に背負ってるっていっても、背後から攻撃を食らったりしたら……」
「敵に背後は見せない! それがわたしのスタイルだ! 傷を受けるのは正面のみ。背中の傷は、それすなわち敗北を意味する!」
なんだか、どっかのバトル漫画の握力が鬼強い、漢気たっぷりのキャラクターのような格好いいことをアイリは言うが……。
いや、某格闘漫画のお兄さんは背中にきずがあったような。それをいうなら有名海賊マンガの剣士の台詞か? どうでもいい。
「とにかく! 準備は整った! いざゆかん! 決戦の地へ!」
と、洞窟に躊躇なく入って行くアイリ。慌ててあとを追う。
「そういえば、前回はここまで来ただけだったんだよな」
細い通路を通って大広間に出たところでぽつりとつぶやいた。
「ああ、これか? 指輪が置いてあった台座は?」
「そう、そこに置いてあったんだ」
「これを取って帰るだけとは簡単なミッションだったな。だけど今度はそうはいかないぞ。二人で入れる地下第一層にも同じような台座が置いてあるのだろう。
だけど、それはここみたいに入ってすぐってわけじゃないだろう。
数々のモンスターを倒し、罠やトラップや仕掛けやダンジョン製作者の作った落とし穴とか、もちろん落ちた先には鋭い剣先が待ち受けている、あとごろごろと転がってくる大きな石とか、踏んだら横から槍が出てくる床石とか、カニばさみ的なやつとか、お金が落ちてる! と思って拾いながら歩いていくと、最後に大きな檻が落ちてきて捕まるとか……。
なんせ、そんな沢山の障害を乗り越えていく必要があるだろう!」
なんか、ありがちな罠ばっかりだな。これで、赤外線レーザーとかで触れたら警報装置がなる泥棒アニメとかハリウッドの映画とかでよくあるのを加えたら、立派なよくある罠一覧ができるんじゃないか?
あと、スズメじゃないんだから、お金とか拾いながら罠に誘導されません!
再びアイリが言う。叫ぶ。
「とにかく! 準備は整った! いざゆかん! 決戦の地へ! 突入だ!」
で、突入する際に問題となることが一つ。
「あのね、さっさと行きたいアイリの気持ちはわかるんだけど、問題があって……」
「どうした? 何が問題だ?」
「いや、どこに入ればいいのかわかんないんだよ」
「ああ、それなら大丈夫だ。二人で入れるのは地下第一層に繋がる扉に限られている。他の扉は開かないはずだ」
「ひとつひとつ試していけばいいのか?」
「そうだ。言っても扉なんて四~五個だろう? 大した手間じゃない」
「それが……」
と、アイリに広間の奥を見るように促す。そこには、十数個の扉が並んでいる。
「なんでこんなに沢山扉があるんだ?」
「だろう? どれかが罠だったりしない?」
「ちょっと待てよ……。マニュアルオープン!」
そういってアイリはマニュアルを取り出した。どうせ中身はアイリにしか読めない。アイリが目的の情報を探して読み込むのを待つ。
「えっと……。ほんとだな。最近アップデートされたみたいだ。マスターの悪ふざけだな……」
「何? アップデートって?」
「いやな、このマニュアルは定期的に内容が更新されるんだ。それは、この世界の変化と連動している。
魔王の復活が近づき、救いの勇者がやってくるという大筋は変わらない。それに、封魔の指輪を付けたパーティメンバーをひとりずつ増やして、地下一層から徐々に深部へと攻略していくなんて基本的なこともな。
だが、地下の各層へ通じる扉に関しては、単に開く扉を探してそこへ入るってだけだと面白味に欠けると判断されたらしい」
「面白味ってなに? 判断って誰の?」
「だから、マスターだよ。マスターは遊び心が満載なんだ。ちょっと待て。説明を読むぞ」
そう言ってアイリはマニュアルを朗読し始めた。
『アップデート情報
封印の洞窟の地下層へ繋がる扉に、ダミー扉を追加しました。
ダミーの扉には各種のトラップが仕掛けられています。
これにより、各層に侵入する前に、ドキドキわくわくすることができるようになりました。
尚、トラップの内容については、公開いたしませんが、粉が落ちてきたり、水が落ちてきたり、たらいが落ちてきたりします。
致命的なダメージを受けるようなトラップはございませんので安心して、トラップに引っかかることができるよう配慮しました。
以上 マスターより』
「だそうだ……」
とアイリが結んだ。
「だそうだ……って……」
「あ、待て! 追記があるぞ!」
と言ってアイリが続きを読みだした。
『なお、落ちてくる水には天然水を利用しています。酸性化や有害物質は含まれておりません。
体に優しい、やや軟水の上質な湧き水を選定いたしました。
また、粉についてですが、昨今の情勢を鑑みて、小麦粉やカタクリ粉などの食用の粉を利用するのは控えております。
これは、どうしても食品を無駄に消費しているという批判が相次いでしまうからです。
ですが、こちらの粉も、無害で体に優しく、皮膚の弱い方でも安心して浴びれるような粉末を地道な研究の結果、生み出すことに成功しました。
それから、たらいですが、安易な工業製品を使用するのではなく職人の手作りによるこだわりを最大限に……』
「もういいよ」
そう言ってアイリの説明を遮った。水の水質とか、食べ物を粗末にしてPTAから批判が来るとか、昨今のバラエティーじゃあるまいし!
たらいが手作りかどうかなんて、それ以上にどうでもいいことだ。
「どうする? お前がパーティのリーダーなんだ。ルーザーが選ぶか?」
「なんかヤだなあ。粉の後に水だったらまだいいけど、水の後に粉とか……」
「じゃあわたしが選んでやろうか?」
そう言って、アイリは扉の前に行った。扉に顔を当てて何やらしている。
「何してんだ?」
と聞くと、
「いやな、反則技なんだが、奥のモンスターの気配を感じているんだ」
そう言いながら、アイリは次々と扉を調べていく。
「あれと、あれと、あれと、あれとあれの五つだな。奥にモンスターが居そうなのは」
「それって罠の扉ってことか?」
「何を言ってる? 罠ってのは粉とか水とかたらいとか、歯の無い蛇とか、無害なものだろう。つまりは奥にモンスターが潜んでいるのが、正解の扉ってわけだ」
「なるほど!」
「ちなみに、あの扉。あそこが一番モンスターの気配が強い。つまりは、地下の深い層への扉だと想像される。試しに開けてみるか?」
「モンスターが一杯いるってやばくないか?」
「なに、大丈夫だ。メンバーが二人の今の時点では開かないようになっているだろう」
アイリに言われて、その扉に近づいた。
「どうやったら開くんだ?」
「指輪をしているほうの手でな、押すだけだ。やってみるぞ」
アイリが扉に手をかけたのを真似して、同じようにやってみる。
「かなり力を入れて押しても開かないなあ……」
「そうだろ? これが、正解の扉。だけど、今は入れないってやつだ。で、一番中のモンスターが弱そうな気配がするのが、こっちの扉だ」
そう言って、アイリは別の扉の近くに移動した。
「開けるぞ」
二人分の手をかけて、扉を押すと、
「開いた!」
「な? 粉も水も落ちてこない。けつバットを仕掛ける筋肉ムキムキのごついエキストラも出てこないということは、これが当たりだ!」
なんだかんだで、マスターの仕掛けた罠なんてもので、しばしのお楽しみをという時間は現れず、地下第一層への扉が見つかってしまった。
「とにかく! 準備は整った! いざゆかん! 決戦の地へ! 突入だ! 攻略だ!」
本日三度目になるアイリの掛け声とともに、扉をくぐってみると、すぐ階段があった。下の階に続いているらしい。
いよいよダンジョン攻略の第一歩。
ゆっくりと階段を下りて行った。