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河のヌシ釣り

 そんなわけで、アイリに半ば強制的につれられる形で村の外に出た。

 あいかわらず、何匹かのスライム達が襲ってくるでもなく、逃げるでもなく、それぞれにまったりと暮らしている。



「ほら、そこらにいるスライム。やばいのは居ないから適当に攻撃して見ろ!」

「頑張れ、勇者! 負けるなルーザー!」

 アイリが、地声と腹話術(クマのベアリーちゃん役)で、けしかける。


「えいっ!」

 手近にいたスライムにそっと近づき勢いよく斧を振り下ろすと……。

 あっという間にスライムははじけ飛んで消えてしまった。


「おっ! これって、こないだ戦った最弱のスライムとかより、ひょっとして、まさか……」

 実は、極端に打たれ弱いスライムでした~、というオチを懸念して尋ねるが、


「まあ、雑魚には違いないが、そこそこ防御力はあるほうだ。それを一撃なんだから、鉄の剣なんかよりよっぽど役に立つことは早くも実証されたな!」

 などと、律儀に解説するアイリの言葉を聞き流し、

「やったね勇者! これで戦力になるね! 栄光の第一歩だね!」

 というベアリーちゃんの声援も、右耳から左耳へと通過させるように、


「とりゃあ~! えいやあ!」

 と、さらに数匹のスライムをぶった斬ったところで、


「はあはあ……、しんど……、アイリ……、やっぱこの斧の重さ……、洒落になんない……」

 息が切れてしまった。


「その程度で限界か……。根性の無い奴だ……」

 アイリの声に、

「勇者の根性無し! スライム三匹で体力の限界!」

 ベアリーもかぶせてくる。


「だって、これ……。この斧、めちゃめちゃ重いんだもん。振り下ろすのがやっと……」


「ときに、ルーザー? お前の防御を担う指輪の状態はどうなってる?」


「えっ? 指輪?」

 と指輪に目をやると、


「げっ、赤……、レッドゾーン! 点滅はしてないけど……、なんでだ? ダメージなんて受けてないのに?」


「やはりそうか……」


「やっぱりって?」


「いやな、その『死神っぽい……の斧』はな、というかこの世界の名の知れた武器はなんだってそうなんだが、魔力を攻撃力に転化する仕組みが備わってるんだ。

 つまりは、ルーザーの心もとない魔力を『死神っぽい……斧』が、消費したおかげで、身を護るべく展開した防御膜を保持するための魔力が足らなくなったってことだな」


「それって、攻撃するたびにダメージを食らってるのと同じなんじゃあ……」


「そういうことだ」


「しかも、スライム二~三匹で限界って……」


「ダンジョン探索どころの騒ぎじゃあないな……」


「いらない……、『死神っぽいなんとかの斧』いらない。俺、体大事、命大事、攻撃する、ダメージ食う、それ良くない」


「まあ、そうふてくされるなよ。ルーザー。こういう時のマニュアルだ。マニュアルオープン!」

 とアイリがマニュアルを取り出した。

 どうせ読めないから、覗き込んだりはしない。


 アイリは、

「え~っと、異世界からのトリッパーの底力をあげるには……」

 などとぶつぶつ呟きながら、マニュアルのページを捲っている。


 そして、

「あった、あった。これだ、これ。なるほどな。うん、理にかなってる」

 と一人で納得している。


「なんか、修行法でも載ってたのか?」


「まあ、修行っちゃ修行だな。いくつか方法はあるんだが……」


 アイリの話によると、地道な筋トレ、床掃除をしながら知らず知らずの間に地力がついていく方法、のんびり釣りをしながら武器の扱いに慣れていく方法などがあるらしい。


「どれにする?」


「筋トレはしんどそうだし、まんまって感じがするし……、掃除もなあ、カンフー映画じゃあるまいし……。

 釣りにしようかな? ほんとに効果があるのかわかんないけど……」


「じゃあ釣りだな! とりあえず減った魔力はこれでも飲んで補充しておけ!」

 と、アイリが道具袋から小さな小瓶に入った液体を手渡してくる。これが、キュアキュアウォーターというアイテムらしい。

 それを飲むと魔力(指輪の輝きが青へと)回復するのだった。




 というわけで、村の中を流れる川に来て、釣りを始めようと準備(釣り具一式はアイリがどこからか調達してきた)していると、

「ルーザーくん! お昼にしましょう!」

 と、ファシリアが駆けてきた。手には大きなバスケットを提げている。


「なんだ? ファシリア! 今はルーザーの修行中だ! 邪魔するな!」

 とアイリが牽制するも、

「だって、お昼ご飯の時間じゃない! 何事も腹ごしらえが重要よ!」


「昼飯は釣った魚を食うつもりなんだ!」


「だからぁ! その釣りをするのにご飯食べとかないと力がでないでしょ!」

 ファシリアは、ゴザのようなピクニックシートのようなものを広げ始めた。

 そして、バスケットの中身をひとつずつ取り出す。

「ほんとはね、ダンジョンに行くと思ってたから、ダンジョン攻略しながら食べて貰おうと思ってたんだけど。

 なんだか作るのに時間がかかっちゃって。

 でも良かったわ。間に合って!」


 出てきたのはでかいおにぎり。いや、その武骨さからは握り飯という呼称が適当か?

 なんせ、料理センスもデザインセンスも欠片も感じられない食べるのを躊躇してしまうような代物なのだが、ファシリアを罵倒するわけにもいかず。


「一応アイリの分も作ってきたからね!」

 と、さっきより大きめの握り飯を取り出すファシリア。


「腹が減ってはなんとやらか……」

 ファシリアの昼飯に食指を動かされ……というわけではないのだろうが、アイリも渋々とシートに腰を下ろす。


「で、なんでまた釣りなんかしてるの?」

 ファシリアが聞く。彼女はてっきりダンジョンに向っていると思っていたらしいから当然の疑問だ。


「いや、新しい武器をな……」


「それって……! そんな危なっかしいものを! 『死神っぽい……の斧』じゃない!」


「やっぱりこれって危なっかしいものなのか?」


「だって……、ルーザーくんはあたしたちと違ってそんなに魔力ないでしょ?

 『死神っぽい……の斧』なんて、消費魔力ランキングではかなりの上位!

 あたしたちの間でも、ひと振るいするごとに命を削るっていう、いわば呪われたアイテムよ!」


「実際に呪われているわけじゃない! それに、これくらいしかルーザーの攻撃力、ひとりで魔物を倒すことができる装備はないだろう?」


「それは、そうかもしれないけど……。無理はさせないでアイリがサポートすればいいんじゃない?

 無抵抗のモンスター相手に、ルーザーくんに先制攻撃させてあげて、ダメージがあろうとなかろうと止めはアイリがさすとか?」

 ファシリアの提案は、ひどく情けないものだ。まがりなりにも勇者を名乗るものに対しては……。


「それじゃあなんの意味もないだろう? 世界を救うってのはレクリエーションじゃないんだ!」

 アイリの台詞はもっともらしい。

「それに、クルジェからも頼まれてるんだからな! ルーザーを成長させる指南役を!」


 そんなこんなで、昼食を食べ終えて、

「さあ、午後からは釣りの修行! ファシリアも気がすんだろう? 用が済んだらとっとと帰ってくれ!」




 ファシリアも引き上げ、食後のひと段落を過ごして、釣り糸を垂らす。

「ほんとに釣りなんてやってて、強くなれるのかねぇ」

 なんて疑問は出ない。

 まずは、素振り百本。竿を振る。ただそれだけの作業を延々と繰り返し、それが終わるとようやく川に向って仕掛けを投げ込むことが許された。


 餌は、乾燥したスライム。狙っているのもスライム(フィッシュスライム)という、共食い状態だが、エサのスライムと狙っているスライムとは種類が違うらしいので普通のことだとか。


「おっ、なんか掛かった!」

 釣竿がしなる。釣り糸がぐいぐいと引っ張られていく。


 慌てて、引き上げようとすると、

「待て! まだ釣り上げるんじゃない! もう少し待て!」

 とアイリからの指示が飛ぶ。


 しばらく、かかった魚を自由に泳がせていると、

「!? なんだ! 急に重くなった……、だめだ……引き込まれる!!」


「馬鹿! ルーザー! 逃がすなよ! そっちが本命なんだ! 釣り針に掛かった小さいスライムを餌にして大物を狙う。それがこのポイントでのスタイルなんだ!」


「そんなこと言ったって……、こいつ! でかすぎる!」

 水面には巨大な魚影。

 その魚が急浮上し、勢いよく跳ねた。その姿は、まさに巨大魚。いかつい歯並び。

 巨大魚は、また水の中に飛び込み、その反動で釣竿は手を離れて川の中へ……。


「あ~あ……」


「馬鹿野郎! せっかくの大物だったのに! 今晩の飯が……」

 落胆するアイリ。


「いや、飯というか……、これってそもそも『死神っぽいなんとかかんとかの斧』を自由に使うための特訓じゃなかったでしたっけ?」

 そんなセリフもアイリの耳には届かない。

「あ~~。塩焼きが……、刺身が……、舟盛りが……」




 釣竿を失くしてしまっては釣りをすることは叶わない。

 諦めて川を後にして、また野良スライムを相手に斧を振るうという。やることは結局元に戻ったのだけれど、どういうわけだか、釣りをする前には攻撃三回分ぐらいしか持たなかった魔力が、スライム十匹分ぐらいはなんとか倒せるようになっていたのだった。

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