初イベントを消化する
「では勇者様、行ってらっしゃいませ~」
クルジェがにこやかに手を振る。
「えっと? ここからは俺一人? 大丈夫? モンスターとか出ない?」
「なんだ? 怖いのか?」
アイリが、馬鹿にしたように言う。
怖いというか、不安というか……。心細いのは確かだ。みんながあってこその俺なんだけど。
「大丈夫よ、勇者様! 死して屍拾うものなしってよく言うじゃない!」
ファシリアの格言は使い方を完全に間違っている……。
「タマちゃんは着いて行ってあげたいけど、残念ながら入れないんですぅっ」
「しゃあない……。行ってくるか……」
気乗りしないながらもとぼとぼと足が進むのは、クルジェから洞窟内部の説明を事前に受けたからだろう。
なんせ、入ってすぐが行き止まり。
大広間のようなところに出て、そこにあるのは四枚ぐらいの扉。
その扉は固く封印がされていて、それぞれ、パーティにメンバーを増やしていかないと開かない仕組みらしい。
つまり、今回は、扉は完全に無視。
大広間の中央にある台座に置かれた封魔の指輪とやらを取って帰ってくるだけの簡単なミッションだ。
もちろん、モンスターも居ないという。マニュアルに書かれているから、それは絶対なのだ。この世界では。
小さな入り口からダンジョンに入ろうとして、ゴンっと何かにぶつかる。
「さっそくだけど、入れないんだけど? なんだこれ? 見えない壁みたいなのがある?」
「あっ、大事なことを忘れてました! 勇者様に名前を付けなければなりませんでした!」
「名前?」
「そうです! 洞窟に入るためには勇者登録しないとダメなんでした! 登録には勇者様のお名前を決める必要があります。
ボクとしたことがすっかり忘れてました」
「名前かあ……。といっても本名なんて思いだせないし……」
「何かお好きな名前はありますか?」
「なんでもいいの?」
「ええ、基本的には。一部には、禁忌として登録不能な名前もありますが……」
「アベル……とか?」
「登録不能ですね。ちなみにカインもダメです。ロトもダメ。あと、『ああああ』とかみたいな適当な名前とか『○○○』とかもダメです!」
『○○○』なんて……、小学生じゃあるまいし……。
「それって結構禁止名前多いの? なんかめんどくさいんだけど……」
「こちらで適当につけることもできますが?」
「じゃあ、そうして」
と、名付けられた名前は『ルーザー』。なんとなく響きがカッコいい。クルジェいわく、名前がステータスに影響を及ぼすなんてことはないが、言霊というのはこっちの世界では重要らしい。
「では、改めまして、ルーザー様!」
「ルーザー!」
「ルーザーくん!」
「ルーちゃん!」
「行ってらっしゃいませ~」
名前が決まって、勝手に呼び名も付いたところで、再び洞窟の入り口に向かうと、
「あ、入れる……」
数十メートルの細い通路を抜けると、聞いていたとおりの大広間があった。石造りの荘厳な感じ。
奥の壁には四枚どころか、一、二、三……、数えてみたところ十三枚の扉があった。
「聞いてたのと違うな……。まあとりあえず、今回は……」
と、広間の中央に移動する。そこにそびえたつ――というにはちっぽけな――高さ一メートルも無いような石を削り出したように作られている台座。
大体縦横四十センチくらい。
その中央に指輪がぽつんと置かれている。
「これか……」
と、少しおびえながら手を伸ばすと、特に何事もなく取り上げることができた。
ちゃらららっちゃちゃちゃら~~ん! なんてファンファーレが鳴り響くこともなく。
「あっさり終了か……」
来た道を引き返して、洞窟を出た。
「おかえりなさいませ~」
クルジェの出迎え。
「あったよ。これだろ?」
と手にした指輪をかざす。
場に緊張が走る。
――あの指輪さえ手に入れば、わたしは晴れてルーザーのパーティの一員だ!
――ああ、ルーザーくんのパーティに入るためにはあの指輪を自分の物にしなければ……
――タマちゃん、ルーちゃんと冒険したいから、指輪をぜひとも欲しいですぅ!
それぞれ、アイリとファシリアとタマがそんなぎらぎらした表情で一点に指輪を見つめている。
心の声は憶測なので、本来の思考とは異なる恐れがあります――という注釈を交えつつ。
一点見つめで視線を逸らさない三人にクルジェが、
「ダメですよ。皆さん! 村に帰るまでが、ルーザー様の初イベントなんですから!
パーティメンバーの決定は、帰ってから!
ちゃんと、今後の予定をルーザー様にお話しして、それから決めてもらいますから!
とりあえず帰りますよ!」
「ちっ! わかったよ。ここはおとなしくしといてやる……」
「わかってるわよ。一緒に来たのはクルジェが、抜け駆けしないか見張りに来ただけなんだから!」
「タマちゃんも、ゆっくりのんびりルーちゃんにアピールしてメンバーに入れて貰うですぅ」
三人とも、一応はクルジェに従った形。
「では、村へ帰りましょう! 夜になると厄介ですから!」
クルジェの一声で、さっそくみんなで来た道を引き上げることになった。
帰り道にはまた沢山のスライム達に出くわした。日が高い今は、襲ってくるような積極的なスライムは居ない。
それぞれ、種類が違うらしく――といっても半分ぐらいは普通のスライムということだ。普通のスライムは繁殖力が高いらしく沢山いる――、その都度説明がなされたが相変わらずさっぱり見分けは付かなかった。
野良スライムに無用な手出し無用と、それらのスライムは眺めるだけにしてなんの突発的出来事も発生しないまま、村にたどり着いた。
これにて初イベント『封印の洞窟に行って指輪を取ってくる』成功。
なお、パーティメンバーの選出には一波乱も二波乱も起こりそうな気配……。