~魔王の封印~
それまで、石造りだったダンジョンと最下層は様々な点で異なっていた。
地面、土がむき出しの構造。ぽっかりと空いたいびつな空間。広さはそこそこ。日本的な表現をするなら、中流階級が住む広めのマンションのリビングとキッチンを合わせたような広さ。畳でいうと20畳ぐらいの広さ。
「あとは封印の儀式をして終了です!」
クルジェが言う。ここにクルジェを連れてきたのは正解だったかもしれない。もちろん、タマもアイリも封印の儀式の儀法についてはちゃんと勉強しているだろう。 ファシリアだってそうだったはずだ。
だけど……、これまで俺にずっと助言を与えてくれ……、時に叱責し――本文にそんな描写があったかどうかはともかく――、最初の出会いから今までずっと救世主である俺を導いてくれた存在。それがクルジェなのだ。
その知識量、丁寧な物腰……すべてが愛おしい。いや、頼りになるという意味で。安心感を与えてくれるという文脈的意味なので勘違いしないように。
俺のタイプ的には、見た目がタマちゃんで……いや、俺のタイプの話なんてどうでもいいな。
「あとはどうすればいいんだ?」
その問いにクルジェは、優しく説明してくれる。
「ルーザー様はあそこの祭壇に一人で向かってください」
「そっから魔王が出てくるなんてことはない?」
ちょっとビビッてしまっている。
「大丈夫ですよ。魔王はまだ封印されたままです。甦るまでの時間は十分にあります。その間にボク達四人で新たな封印を施すんです!」
「じゃあ行くけど……」
「ちょっと、待て! ルーザー!」
アイリが待ったをかけた。
「ん?」
クルジェが慌てて言う。
「そうです! ルーザー様、指輪をお外しください!」
思い出したかのように指輪に目をやる。
「これ?」
「ええ、その指輪も封印の儀式にかかせないものなんです。というより、その指輪が要、礎といっても過言ではないくらいなんですよ。
これはボクがお預かりします」
指輪を外し、クルジェに手渡して封印の祭壇へと向かう。
「で、どうすればいいの?」
「ルーザー様はそこでじっとしていてください。儀式が終わるまで決してその祭壇の外へ出ないように……」
ルーザーは言われたとおりに、祭壇の中央で、じっと立っていた。
「それでは始めますよ」
クルジェの合図に、
「ああ!」
「やるですぅ!」
アイリとタマちゃんが頷く……。
ぶつぶつと……、クルジェ、アイリとタマちゃんがそれぞれのパート、自分に与えられた箇所を、封印の儀式のための詠唱を声高に叫ぶ。
一部抜粋するとこんな感じだ。
アイリ「結局、強い敵が出てこなくて、楽勝でクリアできた……(しばしの間)……地下第一層!!」
タマ&クルジェ「地下第一層!!」
クルジェ「結局、本筋とは何の関係もなかったあげく、ダイジェストすら途中で打ち切られた……(しばしの間)……ぶどう会!!」
アイリ&タマ「夭下一ぶどう会!!」
タマ「タマちゃんが、精霊さんの力を借りて、難なく通過した……(しばしの間)……地下第二層!!」
~中略~
アイリ&クルジェ&タマ「様々な苦労を乗り越え……地下第三層にたどり着きました」
クルジェ「ボクたち……」
アイリ「わたしたち……」
タマ「タマちゃんたちは……」
クルジェ「今日ここで魔王の封印を延長します!!」
タマ&アイリ「延長します!!」
よく、卒業式とかでやるあのノリだ。
シュプレヒコールってやつ?
ここに来てのこんな茶番かよ! というツッコミはおいておいて……、
唱和も終盤。
「封魔の指輪よ! そのマスターのお導きよ! そして、この世界に使わされた救世主のお力よ!!
今ここに、その全てを開放し、魔王ルーザーを再び……、世界の終端へと封じ込めん!!」
クルジェが叫ぶ。
それを契機に……、クルジェの指輪から……、同じようにアイリとタマの指輪からも……、そして……。
俺の体からまばゆい光が放たれる。
俺の体……、救世主としてこの世界に使わされた俺は……、クルジェから簡単な説明を受けたあと――(第一話参照)――、ずっと指輪の姿に変換され……、ルーザーの指にはめられていた。
俺に与えられた役割は簡単だった。ただルーザーと共に過ごすこと……。
魔王としての存在を内に秘めたルーザーが肌身離さぬアイテムとして、装着されること。
この異世界へと召喚されたのは俺だけではなかった。救世主たる俺と同時期に、魔王の元となるもうひとりの人物が召喚されていた。
それがルーザー。
ルーザーは放って置くと、過去からつらなる魔王の意識と同化し、そしてその魔力を取り戻し、世界を暗黒へと撃ち堕とすだろう。
そのルーザーの復活を止めるべく、俺の光の魔力でルーザーの魔力を相殺して、封印の間に導く。
ほとんどの仕事は、クルジェが、アイリが……、タマちゃんがやってくれた。
俺に与えられたのは、ルーザーが暗黒の魔力を高めた時に、精神を集中してその魔力を抑えるというそれだけの役割。
とはいっても、基本的には、ルーザーの魔力と俺の魔力は常に釣り合って相殺されているために、俺は何をするでもなく、ただ、指輪として装着されていればよかった。
ルーザーの指輪――すなわち俺――の色が赤く染まる……、それはすなわち、ルーザーの暗黒の魔力が覚醒しようとしているピンチだということ、それが真実。
ルーザーに危機が及ぶと、自己防衛本能から、暗黒の魔力が増大する。
その時には、俺は精神を集中して、ルーザーの魔力を抑える。その間に、誰かがルーザーへ封印の魔法――一時しのぎではあるが――を掛けて、目覚めようとしている暗黒の魔力を再び眠らせるというそれだけのサイクル。
結局、ルーザーは暗黒の魔力を目覚めさせかけることはほとんどなかった。
練習のために、あえてルーザーを窮地に陥らせて――名前忘れたけどなんか強いスライムとかと戦った時――、俺がルーザーを封じるコツを掴ませるという序盤に起きたあの一件だけ。
そして……、まんまとルーザーを封印の間に、その祭壇に導くことができた。
彼は勇者などではない。奴は、魔王の化身なのだから……。
「ちょっと! どういう……? 魔王ルーザー! 何それ? 聞いてない!」
慌てふためくルーザー。だが、彼を包む光――4つの指輪から放たれた光――は、確実にルーザーを覆い、その姿を消滅さしめんとしていた。
あわれ、ルーザーなり。
クルジェが冷たく言い放つ。
「すべては定まっていたことなのです。最後のシュプレヒコールの『ボク達』『私たち』という台詞のためにボクが、ボクっ娘という設定を与えられたように。
マスターのお導きです。
ルーザーという名前も、そちらの世界では『敗者』を表すでしょう? 言霊の力ですよ。
ルーザー様は……、暗黒の大魔王の化身として、徐々に変貌を遂げていく予定でした。 それを留めて時間稼ぎをしていたのが、救世主様なのです。
しかし、魔王の化身であるルーザー様も、救世主様も元をただせば、別の世界から召喚んされたお人。
魔王だからといって、即座に封印してしまうのはあまりのも忍びない。
そこで、ボク達のエスコートで、異世界での冒険を楽しんでもらうように、シナリオが作られました。
数々の美少女に彩られ、十分この世界を満喫していただけたと思います。
それがせめてもの……、マスターの計らい、温情なのです!
ですが……、時は来ました!
ルーザー様は、これから長きにわたって封印されることになります。いずれ、別の世界に転生し、そしてまたこの世界に魔王の寄り代として復活することでしょう。
しかし、その時には、今までの記憶は消えています。
そして、世界には新たな、救世主が使わされることでしょう……」
長台詞。これは、すべてマニュアルに載っているらしい。クルジェの暗記力はさすがだ。
「いや……、俺が魔王って! そんな! 勇者って話は……!」
「勇者っていうのは、ルーザーをもてなすために、考えられた設定なんだよ」
アイリが言う。
「世界を救うのは、ルーちゃんじゃなくって、ここに居るウィンちゃんなんですぅ!」
タマが言う。
救世主ウィンナー……。それが俺に与えられたこの世界での名前。正確にはウィンナー・バイエルンというちょっと香ばしくって皮がぱりぱりしたソーセージみたいな名前だ。
「では、ウィンナー様。最後のお言葉を!」
クルジェの導きで、俺は、与えられた台詞を暗誦する。
実に簡単なお仕事だった。普段は指輪の姿でただただ冒険を見守り、最後に簡単な台詞を唱えるだけなのだから。
俺は叫んだ。
「暗黒の魔王よ! その全てを、深き闇の底へ再び封じん!」
指輪の光が強まり……、部屋中を明るく染める。
かくして、異世界を救うお仕事、魔王の復活を阻止する最大の山場、俺の任務はあっけなく遂行された。