表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

飛場稔流 と いふ 漢 (中の中編)

 飛場の運命は出会いと別れの繰り返しである。それは二歳になった現時点でも、まず(どのような理由なのかはわからないにせよ)両親と切り離された。

 飛場がこの世に生れ落ちてすぐの別れの初体験である。


 そして、スライムに拾われた。

 そこで、武芸を磨き、そして武力の儚さを知った。

 いくら強かろうが所詮スライム。人間相手には一たまりも無い。

 事実として、この時点での飛場は、スライム界最強であった。しかしそれは相手がスライムであったからこそ。

 スライムの中でもそこらにいる人間を凌駕するほどの強さを持つものが確かに居る。

 しかし、飛場の戦い方、戦法、技術は対スライムに特化していた。特化しすぎていた。

 こういう等式が成り立つ。

 強めの人間>かなり強いスライム>普通の人間>弱めのスライム

 飛場のポジションはというと、『飛場>かなり強いスライム』であり『飛場<普通の人間』である。

 意味も無く数式を持ち出したが、言葉にすると、単純に、以下のようになる。

 普通の人間より強いスライムには勝てるが、普通の人間には勝てない。

 そういうことである。


 さて、ギのスライムの軍勢を後にした飛場はひとりの老人と出会う。

 老人の名は、ハグム。

 泰平の世に生まれたため、歴史には(のちに編纂された飛場の個人史を除いては)その姿を見ることは皆無に近い。

 しかし、ハグムの強さは、知る人ぞ知る、いわば裏稼業のトップクラス。

 人道や利益、根本的な意味を重視するハグムは決して他人とは立ち会わない。

 争いのない世の中で、無益な殺生に手を染めることなく、そして、誰の門戸も叩かず(事実ハグムの技はすべて自己流である)、そして一切の弟子をとること(飛場と出会うまでは)をしなかった。


 それもそのはず、現実論としてハグムの強さを知る者は居ないのである。

 ハグム自身も自らの強さをひた隠しに隠していた。


 彼が見出されたのはひとえに、とある王国の剣術師範と街中ですれ違ったことによる。誠実さで知られていた高名な剣術師範は、一目でハグムの強さを見抜いた。

 後日、彼が王に語った話によると、全身に鳥肌が立ったという話である。

 ハグムの強さは、一般人には伝わらない。看過しえない。

 しかし、その王国の中でも飛びぬけた武芸者であた剣術師範はハグムの強さを見抜いた。そして王へと紹介した。

 ハグムはただ、有事の際には何かと協力することもあろう。

 しかし、それ以外では放って置いてくれと王に言い放った。

 無礼極まりないその物言いは物議をかもしたが、信頼のおける剣術師範の紹介である旨が評価され、ハグムは王に仕える身となった。

 とは言っても、具体的に何をするわけでもない。報酬も求めない。

 ただ、何か異変が起きた際、自分の武力を平和利用するためであれば王の召喚に応じるという約束をしただけである。


 結果としてハグムが王から呼び出されることは無かった。


 一世代前の人類最強の男であるハグムは、飛場と出会う。それは、おりしも飛場がギのスライムの軍団から抜け、放浪の旅を始めるその瞬間であった。

 ハグムも当てもなくただ旅を続けていた。時に、(自らの武芸の腕をまったく使用しない)日雇いの仕事で金銭を得ながら。時に野草を口にしながら。


「どうした? 少年? 少年と呼ぶには小さすぎるか……。かといってそのたたずまい、赤子でもあるまい?」

 ハグムが飛場に声を掛けるが、飛場は立ち止まっただけで何も言わない。


「親はどうしたのだ? どうしてこんなところに居る? 何があった?

 おぬし、物は申せぬのか?」


 更なる問いかけにもやはり飛場は答えない。じっとハグムの、老人の眼をみるだけであった。


「腹はすいておらぬか? どうじゃ? 水は?」


 旅の間、ほとんどの食料を自給自足、その場で調達するハグムではあったが、多少の蓄えは行っていた。少しの干し肉と水である。

 ハグムはそれらを荷物入れから取り出して飛場に見せた。


 その時、実際には飛場は空腹でもなければ喉も乾いていなかった。

 だから、飛場が黙ってハグムの差し出す食糧と水を手に取ったのは単に彼の本能がそうさせたこと。

 幼少期の記憶……スライムに拾われ育てられた時の想い出が思い起こされたからであった。


 飛場はその場で干し肉を食い、水を飲んだ。


「ほほう、赤子にしては良い食いっぷりじゃ。やはりそなた……、見た目は赤子でも中身はそうではあるまいな?」


 やはり飛場は答えない。それもそのはずである。飛場には人間の言葉などわからない。飛場にとってハグムは始めてみる人間であった。

 しかし、どこかしら親近感を覚えたのだ。それは、飛場の身に眠る人間の遺伝子がそうさせたのであろう。そして、いましがたスライムとしての生活を捨て去ったという事実が。


「どうじゃ? おぬし、行くところはあるのか?」


 飛場は答えない。答えられない。ハグムの言葉を理解できない。


「話が通じんのぅ……。かといってこのまま放って置くわけにもいくまい」


 そういうとハグムは飛場に近寄り抱きかかえた。それは父親、あるいは祖父が子や孫をそうするような優しい抱擁ではなかった。

 単に荷物を担ぎあげるような……。

 しかし、その感触に飛場は涙した。自然と心が温かくなった。

 飛場にとって初めての人とのふれあい。そして相手も自分をスライムとしてではなく、同族(つまりは人間)として扱ってくれている。

 そのことが痛いほど伝わった。


 そうして飛場は、ハグムに連れられて旅を始めることになった。行くあてもなく、目的も無い旅。

 ハグムの口数は少ない。飛場にあえて言語を教えようともしない。

 それでも成長期にあった飛場は徐々に人間の言葉を覚えていく。

 そして、ハグムの立ち振る舞いから何かを掴み始めていた。


 旅の初めは、ハグムはその道程のほとんどを飛場を抱いて進んだ。

 数か月後には飛場は自分の足で歩くようになった。

 

 旅の間何も起こらない。飛場と連れ立ってからのハグムは人間との接触をさけるように町や村にはほとんど立ち寄らなかった。

 たまに立ち寄っても一晩の宿をこうこと無く立ち去る。

 飛場にとって人間とはハグムただ一人、それ以外は飛場の事を好奇の目で見る煩わしい存在であった。


 やがて、ハグムと飛場の出会いから三年がたったころのことである。

 唐突に飛場はハグムに切り出した。


「なあ、じっちゃん? じっちゃんはものすごく強いんだろ?」


 五歳になった飛場は、ハグムと旅をするにつけ、体力を身に着けていた。そしていつのころからかハグムの一挙手一投足に魅了されていた。

 野生に生れ落ちた飛場だからこそ感じ得た、ハグムのその武芸者としての潜在能力。それに気づいてからの飛場は、常に頭の中でトレーニングを繰り返していた。

 いうなればシミュレーションバトルである。

 どうすれば、体の小さな自分がこの老体に勝てるのか?

 

 しかし答えは出ない。いかに想像でハグムと戦おうとも飛場が致命傷どころかかすり傷、相手の体に触れることさえできない。


 そういうことをしてしまったのは、飛場が生れてからの二年間、単に戦う存在スライムとしてを望まれ、自らもそれを拒まなかったこと、そして隠していてもにじみ出てしまうハグムの強さのオーラのようなもの、その二つが出会った化学作用なのであろう。


 それは不幸な融合であった。


「お前はそんなことばかり考えておるのか?」

 口では言いながらハグムは知っていた。飛場が自分を戦う相手として目を光らせていることに。飛場の格闘センスが徐々に開花して言っていることに。

 だが、気づかないふりをしていた。

 ハグムもすでに老齢である。あるいは彼は、自分の技術を飛場に伝えたかったのかも知れない。こころの奥底では。しかし彼の自制心は決してそれをすることは無かった。

 

「うん、じっちゃんの体の動きとか……自分の体の動きとかを見てたらさあ……」


 飛場がそうしてハグムに語ったのはこういうことだ。

 関節の動きが見えると。それはスライムの関節を見極め確実に破壊する術を手に入れた飛場にとっては当然そうなる運命のことであった。いうなれば必然。

 だが、関節の仕組み、場所などがわかっても壊し方がわからない。


 飛場は時に自分自身、過去の自分を対戦相手としてイメージすることもあった。その場合には、飛場は思うように(苦労はするのだが)関節を破壊さしめることができた。

 時には、未来の自分(つまり現在よりも成長し、体力的にも成長した存在)を相手にしても少なからず勝つ(関節を破壊して相手を動けなくする、あるいは打撃などで徐々に弱らしめる)ことはあった。

 しかし、ハグムを相手にするとそうはいかない。


「わしの、強さがわかるか?」

 ハグムは飛場に問う。このとき飛場にはまだ名前がついていない。彼は、単に野山で拾われた子供。スライムとともに生きていたことはハグムには伝えていたが、そもそも彼は自分の名を知らない。野のスライムたちには名前を呼び合う習慣はないのだ。


「じっちゃんは強い……、今は勝てない……、触れることすらできない……」


 それを聞いたハグムは涙した。気づいてしまったのである。自身の後継者が育ったことに。もちろん彼は、飛場が旅のすがらでイメージトレーニング、頭の中で戦闘シミュレーションを思い描いていることは知っていた。

 だが、まだそこまでの技量に達しているとは思えなかった。

 ハグムは普段、何げなく生活してるなかで、できるだけ凡庸に振る舞うことを心掛けていた。

 それは、飛場に自身の能力を悟られまいとする念が強い。

 しかし、飛場はそれを見抜いていた。見抜き、そしてハグムの本当の強さを知っている。そうでなければ「触れることすらできない」などとは口にしないはずである。


 そして、飛場の目の輝き。それは、いつかは自分はハグムを超えるという確信と希望に満ちた瞳であった。


 ハグムは泣いた。期せずして弟子を育ててしまったことに。

 そして取り返しがつかないことに。

 既に飛場の脳内には最強である自分がインプットされてしまった。そしていつかは超えるだろう。自分の強さを。超えていき、より高みに達するだろう。

 五歳にして世界最強を知る、隠された最強を見抜くということはそういうことである。

 ハグムには決断できなかった。

 彼がしなければならないのはふたつ。そのいずれか。

 自分が命を絶つか、飛場の命を絶つか。

 飛場の成長を止めることはできない。例えその四肢をもいだとしても、スライムとして過ごした経験が、やがて飛場を最強へといざなうだろう。

 選ばれた強者というのはそういうものだ。

 そして、強者は、真の強者は二人はいらない。

 最強ではなくなった自分自身に存在価値はないのだ。


 飛場が真に自分の強さを超えるまでただいたずらに時の流れに任せるという選択肢はハグムにはなかった。やがて超える。飛場の強さは自分を凌駕する。その可能性だけで充分であったのだ。


 そして……………………。

 

 決断を下したハグムはその場で飛場の四肢を折った。そのまま野垂れ死ぬのであればそれもまた運命。

 両手、両足をもぐことをしなかったのはハグムのせめてもの優しさだろう。


 その後ハグムは自らの命を絶った。

 魔王として世に復活を遂げようとし、先代の勇者、山田に封印された存在。それがハグム。

 いくつもの偶然の重なりによって、その封印は解け、地上に舞い戻ったハグム。ハグムとは魔族の言葉で『闇を統べるもの』。そして、人間の神官たちが使う言葉によれば『未来を紡ぐもの』。


 彼は魔王としての記憶を取り戻すことなく人間として一生を終えた。心のどこかで常に理由もなく最強である自分を疑問視し、その意義を見いだせないまま、その力を発揮することなく無為に過ごした人生。


 ハグムの強さは飛場に引き継がれた……。

 それは、はたして異世界の人類に何をもたらすのだろうか……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ