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飛場稔流 と いふ 漢 (前編)

 ここで、グランド・飛場というおとこについて少し語ろう。

 彼の名は、飛場ひば稔流みのる。グランド・飛場というのはリングネームである。


 飛場稔流には、両親が居ない。いや、厳密に生物学的見地から表現するとそれは誤りである。

 飛場にも、父親と母親は居るはずである。しかし、それが誰なのかということになるとはっきりしない。


 飛場はスライムに育てられたのである。

 両親が何を思って飛場を手放したのか? 育てることを放棄したのか? それは今もって謎である。

 

 飛場が物心ついたとき、彼はスライムの群衆の中に居た。


 この世界では時折、スライム達が徒党を組んで縄張り争いを始めることがある。

 俗にいう三国スライムである。

 突然、自然発生的に、突然変異として同時期に現れる三匹のスライム。

 歴史は繰り返す。

 この異世界ではなんどもその三匹のスライムが同時に誕生している。


 それぞれ、三国志にちなんで、ギのスライム、ゴのスライム、ショクのスライムと呼ばれている。

 彼らは生れ落ちると、すぐさま仲間を求める。

 ある時は懐柔によって、あるときは武力行使によって。

 彼らは、できる限り同族の命を絶たない。できることなら仲間にしていく。

 そうして、ギ、ゴ、ショクのスライムは、それぞれの生れ落ちた地方で勢力を拡大していく。


 飛場稔流がギのスライムに拾われたのは、スライム三国時代も終焉に差し掛かろうとしていたころだった。


 いくら、スライム達が徒党を組んだところで人間の脅威にはならない。

 なぜならその戦闘力は人間のそれとは比べ物にならないからである。

 しかし、今回のスライム達は違った。

 知能も高く、戦闘力にも長けていた。そして、数多の仲間を引き連れて大軍となっていた。

 しかし、人間たちにはそれがわからない。

 いつものことだろうと。


 いつものこと。

 スライム三国時代は長くは続かない。

 三国が統一されることは決してない。

 なぜなら、彼らはひとつの集団にまとまった時、それまでのスライム間の争いに費やしていたエネルギーを、新たな領土拡大に差し向ける。

 するとどうなるか?

 必然的に、人間の領域にまで手を広げようとするのだ。

 その段になって、ようやく人間がスライムの軍団を害獣として認定する。

 すぐさま討伐軍が結成されて、スライム軍を破滅に追いやる。

 なにも、すべてのスライムを打ち滅ぼす必要はない。なぜなら、そのスライム軍団は頂点を失えば、必ずしも瓦解しうるべきものだからだ。

 ギのスライムが三国時代を勝ち抜き統一したのならばギのスライムを、ゴのスライムが三国時代を勝ち抜き統一したのならばゴのスライムを、ショクのスライムが……。

 とにかく、その頭を排除すればスライム達は元の大人しい存在へと帰す。

 そして、それは容易である。したがってスライム戦国時代は、スライム達による三者の派閥争いを行っているときが一番の花舞台であって、それ以後は儚い運命が待ち受けている。


 そして、今回の三国時代。

 おりしも、ゴのスライムとショクのスライムが同盟を結び、ギのスライムに攻撃を仕掛けようとしている時であった。

 飛場は当時まだ2歳。よちよち歩きの赤ん坊からようやく脱しかけたころである。

 しかし、飛場は、生まれ持った戦闘力から、すでにギのスライム軍の中核的存在を担っていた。


 飛場はスライムに拾われた。生後間もない彼を生かしたのはギのスライム軍の手厚い養育によるものである。

 スライムにも母性本能があるのだろうか? 彼らの生態系や生活様式は未だはっきりと解明されていない。

 しかし、スライム達は飛場に朝露や、花の蜜などを与え、彼の成長を見届けた。

 飛場はスライム達に育てられ、自らもスライムだと信じるようになった。それは当然の帰結である。飛場の周囲にはスライムしかいなかったのだから。

 飛場が一歳になろうとしていた頃、ギのスライムとショクのスライムの間で大きな合戦があった。

 ギのスライムは敗戦するやと思えた。しかし、飛場がその窮地を救ったのである。

 彼は生まれ持った人間としての魔力、腕力でショクのスライム軍を多数消滅に追いやった。

 彼からすれば、単に自己防衛本能、それと野生に育ったゆえにもつ、一種の闘争本能。

 自らを育て、慈しんでくれたスライム達がやられている。ゆえに彼は戦った。

 圧倒的なまでの一歳児の戦闘力は、ショクのスライム軍を退却へといざなった。

 そして、その戦闘能力を見出された飛場は、そこから英才教育を受けることとなる。

 ギのスライム軍屈指の武将たちが飛場の訓練にあたった。

 ギは、他の軍勢との戦闘を避け、一旦地に潜る。それは飛場の才能が開花するまでの潜伏期間。

 飛場の成長を見届けたうえで、攻勢をしかけるという策略。


 しかし、ショクやゴのスライムもそれを黙ってみているわけではない。

 彼らは手を結び、まずは危険な人物スライムである飛場を倒すことに注力する。その準備を進める。

 そのうちのひとつがゴとショクでの同盟である。同時に、対飛場用の戦闘訓練も欠かさなかった。

 大勢による圧倒的な集団連携によって飛場を無力化する。その作戦を練りに練った。


 そして、始まった。天下分け目の大合戦。

 戦力比は、ギのスライム軍が2万の軍勢。ゴのスライム軍が1万八千の軍勢。そしてショクのスライム達が3万。圧倒的である。

 二万対四万八千。倍以上の戦力差。

 しかし、ギのスライム軍には一騎当千の飛場がいる。


 翌日には遭いまみえるであろうという決戦のまさに前日。

 飛場はひとり、ギのスライム軍の宿営地を後にした。なんのために?

 それは、護るため。

 飛場には辛かった。一兵たりとも自らの仲間たちを失うことが。

 それと同様に飛場は思っていた。スライム同士で争うことが何の利益になるだろうと。


 そして、飛場は一人でゴとショクのスライム軍団の宿営地へと出向く。

 和平を望むため。そして、それが叶わぬ時は、せめて一般兵のスライムには攻撃を行わず、迷わず軍団の最高峰、ゴのスライムとショクのスライムの二匹だけを殺戮することを。

 そうすれば、飛場は自らの手を汚しながらも犠牲を最小限に食い留められる。幼い頭でそう考えたのだ。

 そのころの飛場は、すでに活人拳という理想を胸に秘めていた。

 殺戮の化身と化した飛場であったが、自らの存在に疑問を抱いても居た。死を与えるのみが解決策ではない。

 むしろ、活かしてこそ得られるものが大きい。


 彼は、一人ゴとショクの連合軍の待ち構える宿営地へと向かった。

 しかし、飛場を待ち構えていたのは翌日の決戦へ向けて休息を取るスライム達ではなかった。

 既に相手は臨戦態勢を整えて飛場を待ち構えていたのだ。

 飛場の考えは甘かった。夜襲で、一人であることの機動力を最大限に発揮して、ゴのスライム、ショクのスライムにのみ謁見しようという試みが早くも打ち砕かれた。

 四万八千のスライムが一気に飛場に襲い掛かる。

 しかし、飛場は慌てない。なぜなら彼の戦闘力は五万近いスライム達のそれを凌駕していたからだ。

 五万の中には、人間の恐れるめっちゃつよいスライムや、スライム界最強と目される『スライム界最強と目されるスライム』なども含まれてはいた。

 しかし、飛場の生まれ持ったセンス、そして幼いころから積み重ねた研鑽が、それらのスライムの強さ、強靭さを意味のないものとしていた。


 飛場は既に、スライム最強でありながらも人類最強を手に入れていた。

 もちろん飛場は自身もスライムのつもりである。したがって武器や魔法と言ったものに頼るつもりはない。

 彼が信ずるのは、一撃で数千のスライムを破壊するその拳、一蹴りで数万のスライムをなぎ倒す脚力なのである。

 しかし、飛場は五万弱のスライムに対してそれらの一切の攻撃を封印した。

 彼が行ったのは、スライムの関節の破壊。一見、関節などどこにも存在しないスライムではあるが、実は関節は存在する。

 そしてそれを傷つけられるとスライムは行動の自由を奪われる。

 命を奪うことなくスライムを無力化できるのだ。

 飛場は、スライム達に対して関節技を仕掛けていく。一匹ずつ、時には二匹、三匹まとめて。

 壊された関節は、数日たてば回復する。完治する。それすなわち単なる時間稼ぎである。

 しかし、夜が明ける前に飛場は五万弱のスライム達のほとんどを無力化した。例外は、圧倒的な強さに恐れおののいて逃げ出したスライム達である。

 

 ついに飛場はリーダー格である、ゴのスライムとショクのスライムとの邂逅を果たす。

 しかし、結果は無情。

 無血での降伏を迫る飛場の願いは聞き入れられない。

 二匹のスライムは飛場に襲い掛かった。彼らにもプライドがあるのだろう。

 たった一匹のスライム(正確には飛場はスライムではなくて人間なのだが、彼らも飛場をスライムとして扱っていた)に後れを取ることは許されない。

 飛場は涙を流しながら二匹のスライムの命を絶った。

 それは、飛場が活人拳を志して以来、初めての殺戮であった。

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