先代勇者からの手紙
階段を下りて、地下第一層に近づくにつれて徐々に暗くなってきた。
「ちょっと……、アイリ? 真っ暗なんだけど? 怖い……、足元が見えなくって……」
まだ、階段を少し降りただけなのにそれ以上進めなくなってしまった。
「なんだ? そうか、ルーザーは暗闇での視界が無いんだっけ?」
「なに? アイリは見えるのか?」
「そりゃそうだ。でないとこんな暗いダンジョンで冒険なんてできないだろ?」
「俺が、そのできない人なんだけど……。そもそもなんでさっきまでは明るかったの?」
「ああ、さっきの階には通称ヒカリゴケ、正式名称は……なんだっけ? なんとかライトアップスライムなんとか……?
まあ、コケみたいなスライムが居て、それが光ってるんだな」
「コケ? コケにしてスライム?」
「ああ、植物系スライムだ。なんだ? そのなんでもスライムなのか? って顔は?」
「いや……、そんな顔してる? ってか表情まで見えるんだ?」
「そりゃあな。冒険者としての初歩だよ。昔は、ダンジョン内は暗くてよく見えない。そこで松明や、洞窟内を明るくする呪文なんてものが、開発されたが不便だろう?
松明なんて持ってたら片手がふさがってしまうし、魔法だって無駄な魔力を使うことになる。
そこで、マスターが、利便性を求めて、冒険者にスキルを与えてくれたんだ。暗闇でも大丈夫なようにな。
今では世界の住人のほとんどが暗闇でも大丈夫なように夜目が効く。この資質は優勢遺伝するらしいんだ」
「優性遺伝? よくわからないけど……コケは生やしてくれなかったんだ……」
「洞窟内部は空気が悪いからな。スライムヒカリゴケの生育には適していない」
「それはともかく……。俺はなんにも見えない。ということは先に進むにはアイリの後を追うしかない。ゆっくりと。
それにモンスターが出てきても戦えない……」
「困った奴だな……。仕方ない。あれをやるか……」
「解決策があるのか?」
「一応な。わたしも一応魔力は持っている。その魔力を光のエネルギーに変えて放出しながら探索すれば……。
ほら? これでどうだ?」
アイリの体が輝き始めた。それほど明るい光ではないが、周囲がぼやっと見えてくる。
「あっ、見えるようになった……」
「じゃあ、先へ進むぞ! いつまでも階段の途中でうだうだしてても仕方ない」
そういってアイリは、階段をそそくさと降り始めた。
「あっ、待ってくれ!」
なんとか周囲が見えるのはアイリの周辺だけだ。置いて行かれて暗闇に取り残されないように急いで後を追う。
「さっさと来い! ノロノロしてたらわたしの魔力が尽きてしまうだろう!」
「えっ、長持ちしないの?」
「まあ、一日やそこらは大丈夫だが……。地下一層のクリアにどれだけの時間がかかるかわからないだろう?」
そんなわけで、アイリの後を追って、洞窟の地下一層にたどり着いた。
くねくねと曲がりくねった道が、広くなったり細くなったり、枝分かれしながら続いている。
枝分かれしているとは言っても、ほとんどが二股。
そして一方はすぐに行き止まりという親切設計だ。この調子なら迷うことはない。
しばらくは、こわごわとしながら歩いていたのだが、
「なあ、アイリ?」
「どうした?」
「ちょっと不思議に思うんだけどさ?」
「だからなんだ!?」
「モンスターが全然現れないのはどういうこと? いるんだろう? 洞窟の中にはモンスターが?」
「ああ……。そのことか。
確かにいるよ。何匹も、何十匹も、何百匹も……それ以上かもしれない」
「全然出会わないんだけど?」
折角手に入れた武器――『死神っぽいなんちゃらなんちゃらの斧』があるのだ。これを振るう機会が与えられないと少しさみしい気がしないでもないだろう。
「あのだな、ルーザーは暗闇では目が見えないだろう?」
「ああ」
「だから、わたしが魔力を放出して見えるようにしてやっている」
「そうだね」
「するとだな、こういうことが起こるんだ。
弱いモンスターになると、わたしの放出する魔力を浴びただけで消滅してしまう。
それに耐えられるモンスターでも少なからずダメージを受ける。
少し賢いモンスターなら、魔力の気配を感じただけで逃げ出してしまう。
つまり、雑魚どもとのエンカウントは発生しないということだ!
そういうことだ!」
「いや……、そういうことだっ! って力説されても……。
この階にはアイリの放つ魔力の放出に耐えられる、向かってくるだけの地力のあるモンスターは居ないってことなのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただ、いままでのところ……。もうすでに百匹近くは消滅してるし、何匹かは逃げ出してるよ」
「それって、消滅したのはいいとして、逃げ出したモンスターとはあとでまとめて出会うってことにならない?」
「そうかもな」
「そうかも……って。やばくない? だって、まとめて相手をしないといけないんだろ?」
「いや……、今まで感じた気配だと、遠くから魔力を浴びる分には耐えられるが近くに来たら消滅してしまうようなモンスターしかないみたいだ」
「それって、無敵モードで進軍してるってことじゃあ……」
「そうかもな……」
「そんな楽ちんでいいのかなぁ……」
「まあ、ここはまだ第一層だ。もっと深くに行けば、強いモンスターにも会えるだろう。
だが、わたしの剣技やファシリアの魔法なんかを使えば、そいつらも手ごわいってわけじゃあないかもしれないがな」
「なんか俺の居る意味が……、存在価値がわからなくなってきたよ……」
「勇者はそこに居るだけで勇者だ。ルーザーなしでは洞窟に入ることも、魔王を封印することもできない。それは誇りを持て。
そして戦闘はある程度わたしたちにまかせろ。それでいいじゃないか?」
「なんだか割り切れないなあ……」
ぶつぶつと文句を言いながら、また二股に分かれた道に出た。
適当に右を選んで進んでみる。
すぐには行き止まらない。
「あっ!」
とアイリが声を漏らした。
「どうした?」
「いや……なんでもない。気にするな」
「気になるんだけど? 教えてよ?」
「そうか? じゃあ言うが、今な、結構強めのモンスターが奥に居たんだ。いや、まさかこの階の大ボスってわけじゃないだろうが……」
「逃げたの?」
「いや……、向かってこようとして……、玉砕したよ。とにかく、ある程度は強いモンスターが居たんだ。奥には何かが隠れているかもしれない。
結構重要なアイテムとかな……」
「ああ……、よくあるね、重要なアイテムとか武器とかってモンスターに守られててそれを倒さないと手に入らないって風潮。
だけど……。知らない間に……、その姿をみることもなく消滅するって……、やっつけちゃうって……。
全然達成感がないんですけど?
あっ! 待ってアイリ! 勝手に先に行かないで!」
「ほらあった、宝箱だ。開けろ! ルーザー!」
通路の奥は行き止まりになっていた。そしてぽつんと宝箱が眠っている。
「宝箱の形をしたモンスターってことはないだろうか?」
こわごわとアイリに尋ねる。なにしろ初の宝箱。わくわく感と、ドキドキ感と用心がないまぜになっている。
「トラップってことは無いだろう。それに、これは勇者印の宝箱だ。蓋のところに署名があるだろう?
わたしたちには読めないが……」
見ると乱雑な文字で『山田』と書いてあった。
「山田?」
「それが先代の勇者の名前だ。お前と同じように、魔王の復活を阻止するためにこの世界に召喚されて、そして世界を救った英雄だ」
「前の勇者も日本人だったのか……」
「ああ、そうだ。とにかく、そいつはお墨付きだ。さっさと開けろ。中身を手に入れたら行くぞ!」
アイリに言われるままに宝箱を(慎重に、一応は警戒しながら)開けると中には兜が入っていた。そして一枚の手紙……。
先代の勇者から、次世代の勇者へ向けたメッセージ。
「こんなものが入ってたよ。『次なる世代の勇者へ』だってさ」
「ああ、ルーザーに向けた手紙だな。この世界の文字ではないからわたしには読めないし、あまりルーザー達の世界のことを知っちゃだめだということになっている。
一人で読んでくれ」
「今ここで読んでいいのか?」
「黙読だぞ!」
アイリに言われて手紙を開いた。
それにはこんなことが書いてあった。
『次なる世代の勇者へ
どうも、始めまして。僕は、山田と言います。
世界を救うために派遣されました。
で、結局魔王の封印はうまくいって、さっさと役割を終えたんですが、その後が面倒でした。
だって、兜とか鎧とかそんなのを元の場所に戻さないといけなかったんだから。
ええ、僕もこの兜はこの宝箱から手に入れました。前の勇者は立花さんというおじいちゃんだったみたいで、律儀にちゃんとした攻略メモとかも残してくれてましたが、達筆すぎてちゃんと読めませんでした。
だけど大丈夫でした。
結局僕は、何もしないまま旅を終えたんです。
一応封印の儀式には立ち会いましたよ。だけど結局それ以外の役には立たなかったなあ……。
というわけで、今これを読んでいるあなた。
ダンジョン攻略なんて楽しいことはないです。そのかわりきついこともありません。パーティのメンバーがめっちゃ強すぎてもしこれがゲームだとしたら、ゲームバランスって奴がめちゃくちゃです。
だから、せめて、ダンジョンの外ではできる限り楽しむようにしてください。
あと、面倒なのでこの後手に入る鎧とか盾とかの時には、手紙は残さないので。
では、よりよい異世界ライフを楽しんでください。僕に言えるのはそれだけです。
さようなら。
PS
僕の時はダンジョンの中は真っ暗で、しかも誰も灯りを照らしてくれませんでした。
立花さんの時は松明を持って入ったそうですが……。
で、立花さんは足腰が弱く、長いタンジョン探索には不向きだったようなので神輿のようなものに乗せられて冒険していたそうです。
僕も真っ暗の中を歩くのは面倒だったので、地下二階以降はその神輿を借りて探索しました。
地下一階はパーティの女の子と手を繋いでもらってずっとすり足で移動してたので疲れたんです。
もし、真っ暗が嫌だったり歩くのが嫌だったら、神輿に乗せろと頼めば、乗せてもらえると思います。
はっきりいって楽ちんです。僕は道中ほとんど寝てました。気が付いたら攻略って感じで。
よかったらあなたもお神輿使ってくださいね!
』
「神輿に乗せられて……、戦闘はすべてパーティメンバーの女の子たちに任せて……。
ほんとに俺の役割っていったいなんなの?」
結局、足腰も弱くないしアイリのおかげで暗くも無くなった(そのかわりモンスターには出会わなくなってしまったが)ので、神輿の使用は却下。
来た道を引き返して、地下第一層のさらに奥、封魔の指輪を求めて、再び歩き始めた。