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気持ちの悪い男

 ギディオンの身体が、痛いながらにまともに起き上がって動かせるようになったのは、東牙の王国ニーレイ・ハドの攻撃軍の第一陣を、蹴散らした後だった。


 この攻撃軍を追い払うのは、それほど問題ではない。


 何故なら、向こうの方は明らかに準備不足だからだ。


 討伐に差し向けられたのは、あくまで町の暴動を鎮圧するための部隊である。


 しかし、やって来てみれば、敵は民衆だけではなく、ロアアールとフラの軍が待ち構えていたわけだ。


 同国内より、ロアアール軍の方が速かったのには理由がある。


 暴動鎮圧の救援を、彼らが呼ばせなかったからだ。


 軍の馬を全部逃がし、南側の街道に伏兵を潜ませ、走ってでも伝令に行こうとする兵士を完全に止めきったおかげだった。


 これらのことを可能にしたのは、この町出身の兵士たちが、暴動側の味方にいたからである。


 そんな彼らを──ギディオンは、英雄に祭り上げた。


 これまで長い間、冷や飯を食い続けてきた男たちは、それにひどく感激し、今後もこの町を守るための盾となることを誓った上に、勝手にギディオンに感謝し始めた。


 そんな兵士たちを見て、町の少年たちが目を輝かせる。大きくなったら、絶対に俺もここの兵士になると勝手に誓うのだ。


 いや、それは少年たちだけではなかった。


 いままで、兵に志願していなかった町の若い男たちが、我も我もと詰め掛けたのである。


 ギディオンは、その馬鹿馬鹿しいまでの分かりやすい正の連鎖を、ウィニーを見るのと同じ目で見ていた。


 負の連鎖を起こすのが得意だった彼からすれば、それを逆転すれば正の連鎖が起きるだろうということくらいは分かっていた。


 力で抑えつけるより、分かりやすい目標と、やりがいのある仕事と、報われる環境を作るだけで、人というものは本当に勝手に動き始める。


 苦労してきた環境だけに、ほんのちょっと手綱を緩めるだけで、彼らは勝手に自由や幸福を満喫するのだ。


 その感触を確かめながら、ギディオンは正の連鎖とやらを起こし続けた。


「気持ち悪い奴め」


 そんな彼を見て、スタファが皮肉に顔を歪める。


 この男には、ギディオンが心の底からの善意で動いていないことくらい、お見通しなのだ。


「何か間違ったことをしているか?」


 そんなスタファに、倍の皮肉の視線を返す。


 間違ったことなど、ここにはない。


 いっそ正しすぎるくらいだからこそ、彼は気持ち悪いと言ったのだ。


 その通りだろう。実際、ギディオン自身さえ、この状況は気持ち悪いのだから。


 不快で不愉快で、ぞっとする環境。


 偽善の杖を振るって町の仕組みを整えていく度に、己の身体をかきむしるような感触を覚える。


 だが。


 それが、何だというのか。


 気色の悪いことは、どうでもいいことではない。


 不快で不愉快なことは、退屈なことではない。


 ギディオンにとって大事なのは、そこなのだから。


「単純に言えば」


 顔を顰めたまま、スタファが言う。


「単純に言えば……お前の存在そのものが間違っている」



 ※



 スタファは、この国に入って最初に、ギディオンの腹に一発、強烈な拳を入れてきた男だった。


「顔面を殴らない、俺の優しさに感謝しろよ」


 胃袋に入っている食べ物が、消化されないまま逆流しそうになる吐き気を飲み込み、ギディオンはそんな赤毛の男に──頭突きで返した。


 うがぁっとのけぞる男に、ギディオンはこう言った。


「そんな優しさは、捨ててから来るべきだったな」


 そして二人は──殺し合い寸前までいったところで、ようやくにして互いの補佐官に止められたのだ。


「どこへ行くんですか?」


「北東の国境沿いの町へ行く予定です。ギディオン様が、帰りは陸続きの国境を越えて帰るとおっしゃるので」


「ロアアールに抜ける道、ですか……それは魅力的な帰路ですね」


「はぁ……魅力的、ですか?」


 ボロボロの主たち二人を置き去りに、勝手に補佐官たちが情報交換をしていた。


「俺も行くぞ。ロアアールの国境沿いで、阿呆なことが出来ると思うなよ」


 スタファという男は、まだ殴り足りないとばかりにギディオンに詰め寄った。


 そんな男に、彼はフッと鼻で笑ってやった。


「お行儀よくしていたいなら……自分の国に帰ったらどうだ?」


 そこから、もう一度殺し合いをしかけた後。


 スタファという男は、ギディオンの監視役となった。


 そして。


 一年近く監視された結果。


「単純に言えば……お前の存在そのものが間違っている」


 彼の出した答えは──非常にギディオンを、楽しませることとなったのだった。


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