生まれて初めて抱きしめたもの
ロアアールからの援軍は、驚くほどあっさりとこの町に受け入れられていた。
この暴動は町の人間によるもので、このまま本国の兵が来たとしても、自分たちの処遇が良いものになるとは誰も思っていなかった。それならば、自分たちを害さないという隣国の軍を受け入れ、そちらに庇護してもらう方が良い──そう考えたのだ。
複雑な人々の感情を、少しでも安心させたくて、ウィニーはロアアール軍の一部を町の復興に送り込んだ。
無口で無骨な者の多いロアアール兵は、最初こそ恐れられたようだが、ロアアール訛りが、この地の言葉と類似している部分も多いようで、少しずつ打ち解けてきている。
当然だが、暴行、略奪は一切軍で禁止し、厳罰化していた。
せっかくこちら側に傾いている民衆感情を、自ら遠ざける必要はないのだから。
いろいろ心配なところはあるが、町の人々が暴動の爪あとから立ち直ろうと頑張っている姿を見ると、安堵のため息も出る。
そう、ウィニーは今、町の視察に来ていた。
側にいると、無茶をしているギディオンに構うばかりになってしまいそうで、距離を置くことにしたのだ。
ウィニーは、姉の名代として、この地について責任を負っている。
彼の側に、べったりくっついている必要はないし、向こうもそれを望んではいないだろう。
これからのことかぁ。
補佐官に説明を受けながら、ウィニーはこの地の未来について考えようとしていた。
この国の国軍を待ち受け、撃退するのがこの戦いの最初の仕事。
そして、この地を飢えさせずに冬を越させるのが、一番大変な仕事。
ここはもはや、南部から直接物資を供給されることはない地だ。
全て、ロアアールを経由しなければならない。
しかし、それらをつなぐ回廊は、冬はほとんど機能しないし、冬はとても長い。
この夏の内に、大量の物資の備蓄が必要となる。
町に蓄えられていた物資は、そう多いものではなかった。
秋の実りが来てから、冬越えの物資が運び込まれる手はずになっていたようで、このままでは冬を越すことは不可能である。
そう。
この地は、ロアアールと同じ病を持っていたのだ。
ここで生きる人間を、自給出来るほどの食料の生産が不可能だという──致命的な病だった。
※
そんなウィニーの元まで、たどりついたものが一人と一つあった。
一人は。
「まあ!」
「フラの軍より、正式に護衛の任を受け、馳せ参じました」
フラロアアの護衛隊長だった。
ウィニーを無事ロアアールまで送り届けるのが彼の仕事で、そして彼は見事にそれを全うした。
しかし、彼はロアアールを去らなかったのだ。フラから援軍が来ると聞き、合流したいと切に願ったのである。
本当は、このままウィニーの護衛として国境を越えたいと訴えられたのだが、フラ軍の兵を勝手に使うことは出来ず、許可が出るまで待機させていた。
彼の報告によれば、すぐそこまでフラの公爵と援軍が迫っているという。伝令の早馬とともに、護衛隊長だけ先に駆けてきたのである。
公爵が自ら指揮を執っていると聞き、ウィニーはとても嬉しかった。
もはや、しばらく再会することはないと思っていた相手でもあったし、ウィニーでは追いつかないほど深い思慮を持っている。
きっと、この地の復興と防衛の大きな手助けになるだろう。
そんな公爵が持ってきたのは、精神的な心強さだけではなかった。
フラの公爵の手から一度姉に渡り、そして姉から護衛隊長の彼に託されたものが、ウィニーの前に差し出されたからだ。
麻袋の中から出てきたのは。
「おイモ?」
ごろっと転がり出る、土色で不恰好な形の丸い物を、ウィニーは首を斜めに傾けながら見ていた。
「はい、ロアアール婦人会の……私の母たちが、フラの商人に頼んで世界中で探してもらったものです」
護衛隊長の目は、キラキラと輝いていた。
「寒冷地でも、しっかり実る品種ということです。是非、ロアアールに植えて欲しいと」
寒冷地でも実る品種!?
その言葉に、ウィニーが飛びつかないわけがなかった。
もはや、さっきと同じ目で、不恰好な芋を見ることは出来ない。
ウィニーは自分の目さえも、勝手にキラキラになっていくのが分かった。
フラで出会った、慎ましやかな婦人会の人々は、ロアアールのことを本当にずっと思ってくれていたのだ。
自分の故郷の家族に、おなかいっぱい食べさせてあげたいと、ずっとずっと考えていたのだろう。
そんな彼女たちが届けてくれた希望は、ロアアールを救うだけではなかった。
ウィニーは、この日、生まれて初めて芋を抱きしめた。
後にこの芋は、ロアアールを飛び越えた、新しいこの地さえ救う救世主となるのだった。