再会
「来たか」
「来たか、じゃありません」
血と泥の汚れがこびりついたシャツのまま、固いベッドに横たわっている男に、ウィニーは呆れたまま言葉を投げた。
黒髪はざんばらに長く伸ばされ、頬もこけ、目だけが強調されている。
とても、昔の姿からは想像が出来ない。
この男が、元王太子──ギディオンだなんて。
「もっと言ってやれ、ウィニー。大人しくしてても暴動を成功させられたくせに、最前線に立った馬鹿野郎だからな」
彼女のすぐ後ろには、野生味を帯びた逞しさを手に入れたフラの公爵弟、スタファが立っている。
こちらは、髪が短すぎる。
何故、ここまで短く刈り込む必要があったのかと、不思議に思うほどだ。
彼女のその疑問は、後に明かされることとなる。
『ここで赤毛は、悪目立ちする』と、ギディオンに剃られたというのだ。
この町に駐留していた兵士は、先の防衛線に参加していた者も多く、ロアアールの援軍であった赤毛のことを、イヤと言うほど覚えていて、なおかつ心に深い傷を負っていたらしい。
騎馬隊に暴れられたことは、相手にとっては悪夢を見るほどの記憶となって残っていたようだ。
それ以来、スタファは頭を剃り続け、暴動が成功してようやくそれが伸び始めたのが、今。
そんなスタファを一度振り返り、そしてウィニーは、ベッドの男の方へと視線を戻す。
胸から腹にかけて、ざっくりやられているらしい。
それを、その辺の縫い針で、ざくざく縫ったのがスタファだと言うから、ウィニーは男たちの余りのアレさに、呆れるやらめまいがするやら、だった。
だが、ギディオンを見捨てることを、スタファはしなかった。
昔の王太子の姿しか知らない彼ならば、きっと自ら助けようとはしなかっただろう。
「いい気味です。存分に痛い思いをすればいいんです。まだ、仰向けに寝られるだけマシだと思って下さい」
昔とは違う、二人の間に構築された別の空気を肌で感じながらも、ウィニーは頬を膨らましてギディオンに言ってやった。
裏表こそ違え、彼女の背中にも同じような傷があるのだ。
痛みの記憶は、もはやおぼろげになりつつあるので、そのことについて恨み節を言いたいわけではない。
ただ、相変わらず無茶苦茶なことばかりをする男に、嫌味のひとつでも言わずにはいられなかったのである。
ギディオンは、そのやけに力のある目を細めてウィニーを見上げた後。
彼は。
恐ろしいことを。
した。
ギシッ。
ベッドから──起き上がろうとしたのである。
いや、起き上がった。
まだ胸の傷は完全にくっついておらず、絶対安静を言い渡されているというのに。
「ああ……確かに存分に痛い思いを味わえる」
そして、唖然として口もきけないでいるウィニーに向かって、ギディオンは顔を歪めながら言い放つのだ。
「ばっ、馬鹿ですか!」
我に返った彼女は、青ざめて悲鳴をあげた。
何てこと、何てこと!
おぼろげだった自分の背中の痛みの記憶が、ぶり返すほどの光景だ。
ほんの少し身をよじるだけで、全身を激痛に支配されたあの時のことを。
「馬鹿だぞ、そいつ。もう死ななきゃ治らないだろうな」
スタファはのん気にギディオンをけなすが、そんな悠長な言葉の前に、彼をもう一度ベッドへ戻す行動に出て欲しかった。
そして、知るのだ。
これまでギディオンがスタファに見せた無茶に比べれば、こんなことは何でもないのだと。
だから、完全にほったらかしているのである。
「俺には、そんな奉仕精神はないんでね」
そして、あろうことか赤毛のはとこは、その部屋を出て行ってしまうではないか。
奉仕精神を見せたければ、ウィニー自身でしろということなのか。
突然、ギディオンと二人きりになったせいで、彼女はもう一度しっかりと足を踏みしめなければならなかった。
彼と──きちんと向き合うために。