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そしてそれは2

 そして。


 それは。


「回廊の向こうを……獲ります」


 レイシェスだった。


 無駄な日は一日もなく、毎時、膨大な量の情報がレイシェスの元に届けられる。


 もはや、彼女がラットオージェン邸の執務室にいることそのものが、軍務の妨げになることを理解し、レイシェスは妹を伴って、国境沿いに臨時の執務席を構えたのだ。


 そして、レイシェスは今まさに──フラの兵士たちの前に立っていた。


 敵の国境警備隊は、ロアアールの先遣隊に、ほとんど抵抗できなかった。


 それこそが、町で起きた暴動の壮烈さを物語っている。


 少しずつ少しずつ、町の暴動鎮圧に警備兵が削り取られ、そして、戻ってこなかったのだ。


 彼らは、前面を古くからの敵、背面を新しい敵に挟まれ、食料さえ補給されずに飢えかけていたのである。


 そんな敵の砦を、ロアアール軍は占拠し、前線基地化した。


 この事実は、レイシェス率いる北西の軍の心に、火種を放り込んだ。


 それこそが、まさに国境線が動いた瞬間だったのだ。


 そこへ、イストからの書状が届けられる。


 宰相でも側近でもなく、拳の王の直筆の書状だった。


『獲れるなら獲れ』


 一文だけだが、王の声で聞こえてくる気迫がこもっている。


『獲れる力量があるなら、獲ってみせろ』──そう、かの君主は言っているのだ。


 しかし、その挑発に乗ったというわけではない。


 それは、あくまでも認可に過ぎず、その前にレイシェスはハフグレン将軍に、面と向かって聞いたのだ。


 届けられた資料通りの情報であり、フラの援軍が到着した場合、獲ることは可能か、と。


 将軍は、重々しい表情と唇をそのままに、是と答えたのである。


 だからこそ、レイシェスは過去何代もの先祖が言わなかった言葉を口にしたのだ。


『回廊の向こうを……獲ります』


 その宣言を聞いたロアアール軍は、一拍も二拍も反応が遅れた。


 ただただ、シンと静まり返った後、ざわりと音のかけらが生まれ──彼らの声は、荒波のような雄たけびとなったのだ。


 ただただ、耐え忍ぶばかりの年月を、彼らに刻ませ続けてきた。


 その枷が、引きちぎられた瞬間だった。


 我らの軍は、これほどまでに雄雄しかったのだと、地を震わせるほどの叫びをたおやかな全身で受け止める。


 フラ軍は、もはやロアアール領内に入っていて、ここへ到着するのも、時間の問題だ。騎馬が主体の彼らは、すぐにこの軍に追いつけるだろう。


「姉さん……行ってきます」


 妹は、彼女の横で静かな辞儀を見せる。


 軍服に身を包んだウィニーの笑みは明るく、レイシェスの心に残る不安を拭い取ってくれた。


 本隊を率いるアーネル将軍とレーフ将軍に、ウィニーは同行するのである。


 彼女は、いわばこのロアアール侵攻軍に、一番ふさわしい御旗みはただ。


 最初にその種をまいた者こそが、妹なのだから。


「武運を祈っています」


 明るく可愛い、レイシェスの妹。


 だが、閉ざされていた彼女の世界の窓を、開くきっかけを作ってくれたのは、いつだってこの妹だった。


 フラとの文通も、王太子に決して屈しなかったことも、その男を地位から下ろし、隣国に飛び込ませたのも。


 ついには、ロアアールの国境さえ開くきっかけになったのだ。


 そんな妹に、レイシェスは『武運を』としか言えない己の立場を、嘆くことはなかった。


 ウィニーと同じ事は、彼女は出来ない。


 しかし、ウィニーに出来ないことが、自分には出来るのだ。


 ロアアールの全てを己が双肩に背負い、ここで彼らを信じて待つということ。


 それこそが、いまレイシェスに出来る一番大事な仕事だった。


「参りましょう、ウィニーお嬢様」


 アーネル将軍が、妹の手を取る。


 ギディオンに刻まれた、頬の十字傷はいまだ古傷にはなっておらず、しかし、彼がそれを隠すことは決してない。


 この国では、罪人の証と同じ形だというのに。


 それどころか、この地ではアーネル将軍の傷こそが、ロアアールの誇りであると賞賛されているのだ。


 ウィニーは馬にまたがり、顔を前に向けた。


「進軍、開始!」


 重々しい兵士たちの先頭で、妹が号令をかける。


 それを見守っていたレイシェスの側に、伝令が駆け寄った。


「何ですって?」


 伝令の言葉は、兵士たちの足音にかき消され、はっきりと聞き取ることは出来なかった。


 

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