表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/109

そしてそれは1

「姉さん!」


「ウィニー!」


 一年ぶりの姉妹の再会は、短い抱擁で終わった。


「ただいま、姉さん。公爵叙任、おめでとう。急いで着替えて、軍の方に顔を出したいんだけど、大丈夫かな?」



「おかえりウィニー、少し日焼けしているから、まるで本当のフラの人みたいね。すぐに軍から補佐官を呼ぶわ。詳細は、そちらからお願い」


 それだけの会話が、足早にレイシェスの執務室でかわされ、ウィニーはそこを飛び出した。


 こんなドレス姿では、馬に乗りにくいからだ。


「おかえりなさいませ、ウィニーお嬢様」


 廊下に控えていた侍女のネイラが、部屋に戻る彼女のすぐ後ろについてくる。


「ただいま、ネイラ。すぐに乗馬服を出して……まだ着られるかな。フラで少し太ったかも」


 一年ぶりだというのに、何も変わっていないように見えるこの屋敷で、自分だけがその規格におさまっていない気がして、わずかな不安がウィニーの中をよぎった。


「お嬢様は、太っているようには見えません……というより、去年より少し女らしい身体になられた気がします」


 懐かしさと嬉しさを込めた声が、静かに後ろから伝えられる。


 女らしく?


 ウィニーは、思わず両手を広げて自分の身体をちらりと見下ろした。


 フラの肉感的な女性の中で暮らしていたせいか、貧相な自分の身体との差がありすぎて、ネイラの言う通りなのかどうかも分からない。


 しかし、乗馬服は正直だった。


 去年の記憶より、少しだけお尻が窮屈な気がしたのだ。


 どうせなら、胸が窮屈でありたかった──そう思ったことは、すぐさま窓から外に投げ捨てたが。


 支度を済ませ、用意された軽食を口の中に押し込み終わる頃、軍の補佐官が現れた。


 フラに誘拐されるまで、ずっと彼女を支えてくれた男だ。


 彼は、神妙な面持ちで、そして青ざめていた。


「どうぞ、いかようにもご処分を」


「そんなことはどうでもいいから、詳しく事情と状況を教えて」


 去年の誘拐事件に、補佐官も関与していたことを表す言葉だろう。しかし、いまのウィニーは、もはやその件について恨みつらみはない。


 彼女の時間は、いままでずっと動いてきたのだ。


 時間の止まった男の尻を蹴飛ばしてでも、動いてもらわねばならない。


「寛大な処遇、感謝の言葉もございません」


 一度頭を垂れた後、ようやく補佐官の時計が回り出す。


「ロアアール軍の先遣隊が、先日国境を越えました」


 言葉に、深い感慨を込めないようにしながら、彼はそう切り出した。


 国境越え。


 防御一辺倒だったロアアールにとって、それは天地を揺るがすほどの大きな出来事である。


「その先遣隊の報告を待つまでもなく、本隊を国境沿いに集結させております。フラの援軍を待たず、おそらく突入することになるでしょう」


 てきぱきと、補佐官はそう語った。


 しかし、それはあくまでも今の『状況』に過ぎない。


 ウィニーには、断片的な情報しか与えられていないため、『事情』の部分がよく分からないのだ。


 だから、「この行軍の目的は?」と、聞かねばならなかった。


『うむ、お嬢様。戦いを起こす場合、そこには、目的がなければなりません』


 前に、ロアアールの筆頭ハフグレン将軍が、教えてくれたことを思い出す。


 部分的な戦に勝利することは、何の勝利でもない。目的を達成出来れば、たとえ局地戦で負けようとも、それが勝利なのだと。


 ロアアールの戦争目的は、これまで長い間『領土防衛』だった。


 今回は、違う。


 何しろ、軍が国境を越えるのだから。


「目的は……フラの公爵弟閣下の救出です」


 補佐官の言葉に、ウィニーは首を傾げた。


「スタファ兄さんは、助けて欲しいなんて言ってこないと思うんだけど」


 記憶の中にある彼のことを掘り起こすと、補佐官の言葉の矛盾はあっさりと浮かび上がる。


「ウィニーお嬢様……我々は、全てを慎重に、しかし迅速に運ばねばなりません。現在、我らが公爵閣下が、イストに打診の書状を送られております。そして、フラの軍隊がいつ到着するかも、現時点では推測でしか分かりません」


 補佐官は、静かに丁寧に言葉を紡ぎ上げた。


 ロアアール人らしい、いわおのような頑強さが、そこには垣間見える。


「全ての条件が揃わない限り、我々ロアアール軍だけで達成出来る目的は、それ以上でもそれ以下でもありません」


 楽観でもなく、悲観でもなく、目の前にある材料だけを吟味して、最良の戦略を練る。


 頭が固いように聞こえるかもしれないが、それがロアアールの生き抜き方なのだ。


 だから、ウィニーは言葉を変えた。


「では、全てが揃ったら、何が目的になるの?」


 あらゆる可能性を、将軍たちが考えていないはずがない。


「それは……」


 補佐官は、言葉をためらわせた。


 皆が心で思いながら、言葉に出来ないものが、そこにはある。


 長い間、誰も口にしなかったそれは、まるで禁断の言葉のように、ロアアール人の中に根付いているのだ。


 その言葉を、代弁する人間が必要だった。


 そして。


 それは。


 ウィニーではない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ