訪問
姉は、とても疲れているように見えた。
初めての公務は、どれほど精神的な負担だったのか。
ウィニーには、それを推し量ることが出来なかった。
姉が少し落ち着くまで、ふかふかのロア織りのソファで、温かいお茶を飲みながら話をした。
その真っ白だった頬に赤みが戻ってきた頃、ようやくレイシェスは次の行動に出る気になったようだ。
「フラの公爵様のところへ、贈り物を届けましょうか」
明るい話題に、ウィニーもほっとした。
届けると言っても、向こうがそうしたように、召使いが持って行くだけだが。
それでは、とてもつまらない。
「一緒に、いつご挨拶に伺っていいか、手紙を添えない?」
だから、ウィニーはそう提案してみた。
フラの公爵とは、手紙の方が付き合いが長いのだ。
特にウィニーは、手紙で彼とはとても気さくな付き合いをしてきた。
今日の馬車での出来事は、物語のようにとても素敵ではあったが、それでもやはり彼は『公爵』で。
手紙と比べると、少しだけ遠くなってしまう寂しい感じなのだ。
「素敵なドレスのお礼も書けば、喜ばれると思うの」
特に、ウィニーはその感謝の気持ちを、より速く送りたい気持ちでいっぱいだった。
王都に来ていなかったとしても、ちゃんと彼女のことを数に入れてくれた、フラの公爵の思いやりは、本当に嬉しかったのだから。
「そうね……もう今日は、大きな用事はないし……手紙でも書きましょうか」
姉も、気晴らしになると考えたのか、ウィニーの案にゆるやかに乗ってくれる。
そうして、贈り物に添えた二人の手紙は、フラの部屋へと送られて行ったのだった。
※
二人の手紙は、次の手紙を呼んだ。
公爵からの短いそれは、二人のドレスのお礼に対し、喜んでもらえたことを光栄に思うというお返しの言葉と──30分後に、こちらからロアアールの部屋へ伺いたいというものだった。
女性に訪問させるのではなく、自分から出向くというところが、フラの公爵らしいところか。
あの馬車の出来事だけ取っても、十分に彼が行動派であることが分かる。
「まあ、大変」
姉は、慌てて召使いに来客をもてなす準備をするよう、手配を始めた。
「フラの公爵さまお一人よね……」
「違うわ、二人よ」
レイシェスの独り言のような疑問に、ついウィニーは答えていた。
スタファの顔が、頭をよぎったからである。
姉に興味を持っている彼が、せっかくの訪問についてこないはずがない。
次の時、わずかながらに沈黙がよぎった。
姉の顔が、ゆっくりとこちらの方を向く。
「……何で、知ってるの?」
とがめているわけではない、本当に純粋な疑問の声を聞いた時、ウィニーはハッとした。
彼女が、非常に不作法なことをしていた時に出会ったのが、スタファだったのだ。
彼との出会いを話すには、その事にまで遡らなければならない。
「ええと……その」
結局、ウィニーは『ほんのちょっと』部屋を出た時に、たまたま偶然、フラの公爵の弟に出会ったと説明したのだ。
「お、同じ赤毛だから……ね? ほら」
フラの人間を判断する、一番の材料なのだと主張すべく、彼女は自分の明るい髪を指した。
多少の怪訝は残っているようだが、姉はとりあえず納得してくれたようだ。
「でも、一人で勝手に出てはだめよ……皆がフラの方みたいに優しい人ではないのだから」
姉の諭す言葉は、妙に力が入っていた。
まるで、王宮に危険があるかのように。
いや、あるのだろう。
もしも、フラではなくアール(西)の公爵関係者に不作法を見られたならば、ウィニーの失敗は姉の失敗──ひいては、ロアアールの失敗にされるかもしれないのだ。
「はい、ごめんなさい」
小さくなりながら、姉の言うことを素直に聞いていた。
そうこうしている内に、30分などあっという間にたってしまう。
もうそんな時間と驚く間もなく、静かなノックが部屋に響き渡ったのである。
フラの公爵たちが、やって来たのだ。
慌てて出迎えに立つ姉の斜め後ろに、ウィニーも立った。
恭しく召使いによって開けられる扉の向こうから、明るい髪が二つ現れる。
公爵とスタファだ。
「やぁ、私の可愛いはとこ殿たち……熱烈な手紙に誘われて、早速伺わせていただいたよ」
出会えたことと、ドレスへの喜びは沢山書いたつもりだが、彼にとってそれは、熱烈なものに感じたのだろうか。
姉に合わせて挨拶をするウィニーは、ちょっと恥ずかしくなってしまった。
そんな二人の元へと近づいて来て、公爵はそれぞれに手の甲への挨拶をしてくれた。
馬車ではおでこだったウィニーは、嬉しくなってしまう。
ちゃんと大人の女性のように、扱ってもらえた気がしたからだ。
「弟のスタファだ」
場所を譲って、公爵は彼を紹介する。
「スタファ・フラ・タータイトです……お目にかかるのは二度目ですね」
兄のようにレイシェスの手を取り口づける様は、さっき廊下で笑っていた男とは別人のよう。
気合い、入ってるなあ。
ウィニーは、そっちの方に笑ってしまいそうになった。
「二度目? もしかして……祖母の葬儀にいらしてくださったのですか?」
ウィニーは、すっかりそのことを話すのを忘れていたというのに、聡明な姉はすぐにそれがいつであるか理解したようだ。
「ええ……あの時は、ゆっくり話も出来ずに失礼致しました」
「いえ、私もまだ12でしたから……こちらこそ、ご挨拶もきちんと出来ず申し訳ありませんでした」
熱くまっすぐなスタファの瞳に、姉は恥ずかしそうにまつ毛を伏せる。
絵のように美しい紳士と淑女の会話とは、このようなものを言うのだろうか。
本当は、馬車の中で姉と公爵を見た時も、同じようなことを思った。
大事に扱われるのが何て似合うんだろうと、ウィニーはじっと姉を見つめてしまった。
そんなスタファの視線が、こっちを向いた。
びくっとする。
「さっきぶりだな」
明らかなるウィニー用の顔で、彼は近づいてきた。
「そ、そうですね……先ほどは失礼致しました」
ひきつりそうになる唇を何とか我がものとにし、彼女は聞こえのよい言葉を綴ってみた。
「不作法もほどほどにな」
とどめの一言と共に、手を取られて挨拶をされる。
今日の鬼門の言葉を、フラの公爵の前ですぱっと言われたことに、深い衝撃に包まれたウィニーは、彼の挨拶など記憶にも残らず風化していく。
ひどい。
心の中でメソメソと泣きながら、彼女はスタファとの出会いを激しく後悔した。
もし、あの出会いがなければ、きっともっと淑女のように扱ってくれたに違いない。
彼の中では、ウィニーは敬意を表するに値しない人間という値札をつけられてしまったのか。
いいんだ、もうこの人は最初から×だから。
二人のフラの男が、ソファに案内されるのを見ながら、彼女は再び心を強くする。
雑草のような心だと、自分でも思う。
へこまないわけではないのだ。
ただ、へこんでいたとしても、何にもいいことはないと悟った結果、こんな性格になったのである。
×の人を、気にかけていてもしょうがない。
問題は、いつフラの公爵にお願いするか、だ。
姉のいる前では、とても話しづらいこと。
ウィニーは、そのタイミングをこれから探していかなければならなかった。