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ついでに

 スラエスタンは、緯度的にはフラとほとんど変わらない。


 しかし、砂漠が多い乾燥地帯であるという点で言えば、フラとは随分気候が違った。


 昼間の暑さは、焦げるように強く、昼夜の寒暖の差が激しい。


 褐色の肌を持つスタファであったとしても、フードつきの長袖のローブを着なければ、昼間の太陽にひどい目にあわせられるだろう。


 船の到着した港町は、あらゆる国の商船が集まっているのではないかと思えるほどの人種のるつぼだった。


 そこには、全種類の髪の色、目の色、肌の色が集まっている。


 砂漠地帯のため、多くの産業を育てられないスラエスタンは、己の国の生きる道を海運や商業に特化させたのだ。


 税制、他国の船舶の出入りなどを優遇しているおかげで、取引天国でもあり密偵天国でもあった。


 そんな港町のバザールを、ローブを目深にかぶったスタファは、三人の供と歩いていた。


 一人は、通訳の赤毛。


 もう一人は、護衛の赤毛。


 最後の一人は、通訳兼護衛兼商人役の茶髪──スタファの優秀なる、フラロアア(フラとロアアールの混血)の補佐官だった。


 名をアハトという。


 公爵弟の補佐官という地位だが、その身分は平民である。


 それだけでも、どれほど優秀な人間か明らかだが、平民ゆえにこの男は、どんな分野にでも首を突っ込んできた。


 そのため、異国の言葉もフラの商人の作法も頭に叩き込んである。


 剣も中々の使い手であるし、比肩なき実務能力の高さから、あらゆる方面から欲しがられる逸材だ。


 スタファが異国行きを決めた時、最初に連れて行く人間として選んだのがこの男である。


 しかし、アハトはその使命を聞いた時、考え込む顔をした。


『どうしても、私が必要ですか?』


 そうだと答えると、ようやく観念したようだったが、快諾しなかった理由は笑えるものだった。


 彼の恋人がロアアールにいて、まめに手紙を送っているが、異国に行くとそれが出来なくなってしまうというのだ。


 茶髪で青い瞳という、見た目はロアアール人に近いが、こういうところがまごうことなきフラ人だった。


 そんな優秀な人材であるアハトは、あっさりと拳の国の元王太子とその連れの足取りを掴んできた。


『エージェルブ諸公国の元王太子は何処ですか?』なんて、間抜けな聞き方を彼は決してしない。


 第一、愚かにもそう言ったところで、顔を知らない者がほとんどなのだ。


 しかし、あの男がフラを抜ける時に得られた情報の中に、特徴的な同行者が確認された。


 頬に、大きな×の傷を持つ男だったのだ。


 母国で罪人の証として刻まれるそれは、特徴的で人に覚えられやすい。


 元王太子が罪人と一緒にいるとは、よその国の間者は思いつきもしないだろう。


 目立つことが、逆に隠れ蓑になっているように思えた。


 スタファの感想としては──アイツを連れてきたか、というところだ。


 先のロアアール防衛戦の時、あの男自らが二人の男の頬に×の傷を刻んだのである。

 

 一人は、ロアアールの将軍。


 もう一人は、イストの近衛隊長。


 二人は、ウィニーを守るために彼に楯突き、報復をくらったのだ。


 そんな片割れと、たった二人で異国旅というのである。


 自分に恨みを持っていてもおかしくない人間と旅をするのは、安全とは言いがたい。


 前方だけではなく、背後の味方から刺される心配があるからだ。


 何というか。


 王太子という地位を降りる前は、独善の塊だった男が、その地位を降りるや奇異にひた走っているように見えた。


 しかし、スタファにとって彼がどう変わろうと関係なかった。


 気になるのは。


 殴り甲斐があればいいがな。


 この部分、だけだったのだ。



 ※



 長い隊商の列が、スラエスタンの国境を越えようとしている。


 フラの商人と太いパイプを持つその集団の中に、スタファとアハトはいた。


 三人の部下を連れてきた彼だったが、赤毛は一人までにしてくれと言われたのだ。


 スラエスタンそのものは、自由な商業地であるが、その隣国はそうではない。


 隊商が国境を越える時、国境警備隊に臨検を受けるのだ。


 頻繁に行き来しているルートとは言え、赤毛が突然増えていたら怪しまれる。


 そういう意味で、スタファはアハトだけしか連れて行くことが出来なくなったのだ。


 結果的に、元王太子と同じで、供は一人だけとなる。


「お前の髪が赤くなくて良かった」


 砂埃が舞う悪い視界の中、口元を布で覆ったまま、彼はくぐもった声で隣の男へと声をかけた。


「ロアアールは、フラに幸運を運びますからね。これくらいお安い御用です」


 彼の髪が茶色なのは、アハトの手柄ではなくロアアールの手柄である。


 それをアハト流に表現させると、こうなるのだろう。


 お安い御用とまで言われ、スタファは笑ってしまったが。


「これだけ砂がひどいと、国境警備隊も一人ひとりのフードをはいで確認する気も失せるでしょう」


 昔から、密偵ルートとして使われるだけのことはありますと、彼の補佐官はザル警備に棘を刺す。


「スラエルタン側に、軍事的な脅威を感じていないってことだな。港と商業地区以外、めぼしいものもないし、魅力も少ないんだろう」


 その分、豊富な鉱石を狙ってロアアール側には、いまだちょっかいをかけ続けているが。


「さあて……」


 無事検問を突破し、目には見えない国境という名の線を越えたスタファは、暑さにも関わらず、身の震える思いを味わった。


 この先に見聞きすることを考えると、心も身体も昂揚してしまい、武者震いが起きたのだ。


「あの馬鹿を殴る”ついで”に、その仮面の下、見せてもらおうか……東牙さんよ」


 我知らず、口の端が上がっていくのを抑えられないまま、スタファは砂煙の向こうにある東牙の王国──ニーレイ・ハド王国を睨みつけたのだった。



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