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私に免じて

「姉さん、綺麗だったんだろうなあ」


 時の流ればかりが、激しくウィニーの周辺を流れていく気がした。


 夏の盛りは過ぎ、秋だというのにフラの気温は、依然余り下がっているようには思えない。


 それでも、朝夕は随分と過ごしやすくなり、彼女はようやくほっと出来ていた。


 公爵がやってきて、姉が正式に公爵叙任式を終え、ロアアールの公爵の肩書きを手に入れたことを聞いた。


 美しさは折り紙つきの姉であったし、髪もまあまあ伸びていて、綺麗に結われていたという。


 しかし、話の本題はそこではなく、庭の花の色の少し変わったサロンで、彼はこう言ったのだ。


「ウィニー、ロアアールへ帰りたくないか?」


 姉と公爵は、イスト(中央)でその話し合いをしてきたという。


 彼女とギディオンの婚姻は、無期延期という暗礁に乗り上げていることを姉からの手紙で知った。


 いつ帰って来てもいいのですよと、その手紙には優しく添えられていて。


 姉の努力のおかげで、ウィニーは公式にフラを訪問しているという形になっていた。


 行方不明の、フラを頼るしかない状態ではなく、帰る道が作られていたのだ。


 ウィニーは、多く与えられた考える時間の中で、その言葉の未来にあるものを見ようとしていた。


 ギディオンは、きっと生きて戻るだろう。


 その彼に、ウィニーは『フラで待つ』と手紙を送ったのだ。


 ここを出る時は、ギディオンが全てを丸く収めるか、彼ではダメだったのだと自分が見限った時だけだと思っていた。


 そうでなければ、ロアアールに帰ったところで、またギディオンがトラブルの種になるだけである。


 だから。


「公爵のおじさま……フラで、しばらく勉強させてもらえませんか?」


 ウィニーは、ギディオンと故郷のことを思いながら、そう答えていた。


 奥の世界は、お客様のウィニーにとっては平和で居心地がいい。


 けれど、そこで得られるものは限られている。


 ロアアールには、必ず帰るにしても、何の手土産もなしというのは、自分でも少し腹立たしかった。


 ギディオンのように軽やかに異国に行く足はなく、姉のようにしっかりと構えて守る腕も、まだウィニーにはない。


 それならば、彼女に出来ることを手に入れるべきだ。


 スタファが援軍に来た時、彼は非常に熱心にロアアールの資料を写し取っていった。


 それくらいであれば、ウィニーにも出来そうであったし、故郷のためになるのではないかと思ったのである。


 公爵は、一度じっと彼女の目を見た。


 優しい慈しみの向こうに、真意を読み取ろうとする黒い色が閃く。


「私はね、ウィニー……イストにいる時の『君たち』しか知らないんだよ。いつも上から押さえようとしていた彼と、その圧迫と戦っていた君の姿しか、ね」


 彼の言葉は、簡単に昔の光景を引き戻してくれる。


 いま考えても、何というドタバタ劇だったことか。


 ウィニーは、とにかく必死だった。


 払っても払っても伸ばされる手から、逃れるので精一杯。


 その手を取ったかと思えば、大きな渦に飲み込まれ、気がついたらギディオンは外の国、ウィニーはフラにいるといった有様だ。


「けれど、いまのウィニーを見ていると……いまの彼に会ってみたいと思わせられる。そういう意味で、私はスタファが羨ましいよ」


 微笑の中に、言葉通りの羨望が溢れている。


 公爵もまた、しっかりと領地を守る仕事があり、彼の先祖である無謀公爵のような真似は、おいそれとは出来ないのかもしれない。


 その代わり、公爵にはスタファがいた。


 領地を離れて、飛べる弟がいるのだ。


 そういう意味では、ウィニーも飛んでいるのだろう。


 姉も恋焦がれたフラに、結果的には来ているのだから。


「彼が本当はどうなのか、私にもよく分からないんです」


 スタファやウィニーを振り回す、黒い翼の男のことを思って、彼女は困った笑みを浮かべてしまった。


 公爵が期待をしてくれているが、それに応える言葉は、いまはまだない。


「でも、私もスタファ兄さんが羨ましいです。行けるものなら、私も……」


 本音を口にしながら、ちらと公爵を見ると。


 彼は、あーっと一回白い天井を見上げた。


「いや……さすがにそれは……私に免じて許してもらえないだろうか? 可愛い私のはとこ殿」


 視線を上から戻してきた公爵の、穏やかな苦笑と親愛の言葉。


「その代わり、私の書庫への出入りが出来るようにしよう。フラの軍も、見に行きたければ手配させるよ」


 代わりに差し出された、花束。


 普通の女性がもらうものとしては、それは決して喜ばれない花の色をしているのかもしれない。


「はい、公爵のおじさま……ありがとう」


 けれど、いまのウィニーにとっては、一番嬉しい花束だった。




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