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丸く

 王宮内におけるギディオンの地位など、もはやないも同然だった。


 王太子を降りたことで、彼は王の子の中の一人となり、なおかつ婚姻も決まっていることで、結婚相手の標的としても外されているからだ。


 そのおかげでギディオンは、静謐で膨大な時間を得ることが出来たのである。


 そんな自由すぎる時間を、彼は本と講義に費やした。


 イスト(中央)で得られる知識は、その程度だったのだ。


 実践的な軍のことは、イストよりもロアアールで得た方が、よほど血肉になるだろう。


 しかし、彼の先祖もこの拳の国を治めて安穏としていたわけではなく、常に隣国の状況には目を光らせていた。


 訓練した密偵を放って、情報を手に入れてきたのだ。


 情報は、ロアアールとは別のルートから入ってくる。


 それは──海路。


 隣国を乗り越えた、更に向こうの国家に船で密偵を送り込んでいるのである。


 国同士の大きな付き合いはないが、商人たちにはそれは関係はないことだ。


 彼らは、独自の通商ルートと商船を持っている。


 特にフラの商船組合は、この国でも最も遠方まで貿易を行っている。


 そこを使えば、危険なロアアールのルート以外から、密偵を送り込むことが出来るのだ。


 情報の伝達は遅いが、積み重ねれば十分な知識となる。


 通商ルートとセットのおかげで、隣国の本や地図なども手に入っている。


 勿論、こちらに出来るということは、隣国にも出来るということで、この国にもさぞや年季の入った密偵が潜んでいることだろうが。


 イストから持ち出すことの出来ない隣国の情報をロアアールに持ち込むために、ギディオンは文官を使って写本させている。


 彼に与えられた時間は、そうして別の物へと形を変えながら、着々と使い果たされていったのだ。


 複数の書状が、彼に送り届けられるまで。


 いずれも、ギディオン宛。


 ひとつは、ロアアールより。


 あとふたつは──フラより。


 ※


 茶番が、起きているようだな。


 みっつの書状は、ギディオンの目を細めさせた。


 みっつとも、同じことを書いているようで、微妙にズレがあるのだ。


 ロアアールからは、「妹は、私の名代でフラに行かせております」というもの。


 フラからは、「ウィニーは、丁重にお預かりしています」というもの。


 そして、当の赤毛の本人からは。


--------


 親愛なるギディオン


 フラは、とても暑くてびっくりしています。きっと、貴方もいま、私がフラにいることを知って、驚いていらっしゃるかもしれません(貴方は、驚きなんて感情を知っている方ですか?)


 私は、自分の意思で、いまここにいます。

 何故かと聞かれましたら、私は「貴方のせいです」としか答えようがありません。前の手紙でも書きましたが、貴方はどうにもたくさんの方に、良い感情を持たれていないようです(この辺りは、ご自分でもお分かり頂けているのでは、と思っています)


 それで、私から貴方へひとつお願いがあります。


 どうかこの状況を、貴方の力で”丸く”おさめて頂きたいのです。


 貴方が、このようなことを”丸く”おさめたことのない方だとは、重々分かっております。けれど、貴方の為そうとされている事に比べれば、こんなことはほんのちっぽけなことでしょう。

 それに、これはあなたが為そうとされている事に、必ず必要になることだとも思っております。

 大きな物事は、たった一人で為し得ることは出来ません。貴方には、私以外の強い助けが必要なのです。

 その助けを、どうか手に入れて下さい。


 時間は、どれほどかかっても気に致しません。


 私は、その時まで、フラでお待ちしております。



 お身体、ご自愛下さいませ。



   ウィニー・ロアアール・ラットオージェンより


--------


 他の二つの書状と比べて、随分無駄の多い内容であるが、要約すると「ギディオンのせいでフラにいるけど、残っているのは自分の意思だから」というところだろうか。


 みっつの情報を混ぜ合わせると、ウィニーはギディオンとの結婚を反対されてフラに強制的に連れて行かれた、というところか。


 ロアアールの書状は、冷静だが言い訳めいている。


 何事もなく戻ってくるのならば、こんな書状をギディオンに送る必要などないだろうし、フラと微妙に食い違っている。


 それを考えると、フラがウィニーの姉にも黙ってウィニーを連れて行ったことさえ伺える。


 となると、おそらくロアアール軍もフラに加担しているだろう。


 でなければ、安全にウィニーをあの地から連れ出すことは、ままならないのだから。


 要するに、ギディオンにだけは彼女をくれてやる気はないという、二つの勢力があるということだ。


 彼のことを嫌う理由など、向こうには掃いて捨てるほどあるだろう。


「丸く?」


 少女の字を目で追って、彼は少し笑った。


 彼女の言う通り、これまでのギディオンの辞書には──そんなものは入っていなかった。




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