世界は、皮肉に彩られている
ウィニーがイストから持ち帰った話は、ロアアールの軍の将軍たちだけに伝えられたが、反応は芳しくなかった。
将軍三人のうち、二人は反対。
もう一人も、決して賛成というわけではない。
それもそうだと、ウィニーはその反応を受け入れなければならなかった。
ギディオンの評判は最悪の限りを尽くしていて、彼女との結婚だけでさえ、最悪の二択のうち、よりマシな方を選択したに過ぎないのだ。
そんな男が、結婚後も軍に大きく関わると聞かされて、喜ぶはずがない。
それどころか、彼らからすると、ウィニーがギディオンの口車に乗せられてきたように見えるらしい。
こうなったら、ギディオン自身に、時間をかけてでも己の汚名をすすいでもらわねばならないだろう。
そう考えると、ウィニーは憂鬱になりそうだった。
彼が、己の汚名をはらうという行為に、熱心であるとは決して思えないからだ。
それどころか、今後ギディオンのやらかしたことの後始末に、彼女が奔走する日々が始まるのかもしれない。
だが、ウィニーはそれを黙って受け入れるのは、やめようと思った。
彼に、いいように使われるのでは、決してロアアールのためにはならないだろう。
将軍たちが杞憂することは、まさにそれなのだから。
だから、ウィニーは手紙を書くことにした。
フラの兄弟への手紙は、ここしばらくバタバタとしてたため、まったく書けていない。
だから、ウィニーは三通の手紙をしたためたのだ。
フラの公爵宛、スタファ宛。
この二通は事情の説明と、心配をしないで欲しいというもの。
いきなり、彼と自分の結婚のお知らせが届いては、きっと彼らの心を乱してしまうだろうと思ったのだ。
最後は──イストのギディオン宛。
『あなたの評判は、うちでは最悪です。信用を得られるべく、努力してください』
世界広しと言えども、あのギディオンにこんな手紙を送れる女性は、ウィニーだけに違いなかった。
※
世界は、皮肉に彩られている。
そんな穿った見方をしたいわけではないが、ウィニーは現状にため息をつかざるを得なかった。
つい昨日、ギディオンと彼女の結婚が正式に王に許可され、一年後の婚礼の準備が始まるというところだったのだ。
周囲の目は、いまだウィニーに同情的だったが、誤解はこれから少しずつ解いていけばいいのだと、気長に構えていた。
それなのに今、彼女は馬車の中にいた。
物凄い速度で南下する馬車に揺られながら、ウィニーはその皮肉を眺める時間だけは、たっぷりと与えられていたのである。
皮肉に名前をつけるならば、『男たちの心配』だろうか。
彼女は今、まさにフラに誘拐されている真っ最中なのだ。
フラの公爵とスタファ。
彼らは、どんな気持ちでウィニーとギディオンの結婚の話を聞いたのか。
心配しないでと手紙を送ったが、彼らは前のギディオンしか知らないのだから、心配せずにはいられなかったのだろう。
ただ、問題は。
ウィニーが、ロアアール軍に見送られて誘拐された、という事実である。
彼女は、いつものように軍に顔を出し、将校に視察へと誘われて町を少し離れた。
山の麓の森の入り口に、馬車と男たちがいた。
こんなところに馬車とはおかしな話で、ウィニーは不審に思った。
男たちの中に、赤毛が混じっていることが、余計に不審を募らせる。
馬から降りる将校に、彼女もまた首を傾げながらついていったのだ。
「では、よろしくお願い致します」
「命に代えましても、必ず無事お送り致します」
不思議な会話が、双方で交わされた後、それぞれの視線は一斉にウィニーに注がれた。
「ど、どういうことですか!?」
「失礼いたします」
驚き慌てる彼女の襟元を飾る、深い緑のスカーフが将校によって奪われ、その身は男たちの方へと押し出される。
「どうか、ご壮健であられますように」
そして、ウィニーは深い礼と共に、彼らに引き渡されたのだ。
「あー」
誘拐された時のことを思い出しながら、彼女は馬車の中で小さく唸った。
面倒なことになったなあ、と。
この誘拐には、ロアアール軍も噛んでいる。
彼らもまた、フラの兄弟と同じ心配を、ウィニーにしたのだ。
あのギディオンと彼女を結婚させないで済む、もうひとつの方法。
それが、彼女をロアアールから逃がすこと。
しかし、ロアアール軍には、ウィニーを一生逃げ切らせる場所がなかった。
そして──フラには、それがあった。
双方の利益が、そこで一致したのである。
既に、ギディオンとウィニーの結婚の触書は回っているので、いま彼女が消えたところで、ギディオンが姉に乗り換えて結婚するということは、起きづらいと推測されたに違いない。
この誘拐にロアアール軍が加担しているおかげで、誘拐の後処理はどうとでもなる。
誘拐されたが、見つからなかったでもいいだろうし、死んだことにしてもいいはずだ。
首もとの風通りの良さに、ウィニーは首を竦めた。
緑のスカーフは、将校の手によって取り払われた。
スカーフと、ウィニーの愛馬の『靴下』を揃えれば、限りなく死亡に近い行方不明くらい演出できるのではないだろうか。
そして。
ウィニーは、この馬車から何としても逃げ出す、という選択肢を選ぶことは出来なかった。
もし、騒ぎを大きくして、ロアアール軍やフラの兄弟に咎が行くようなことがあったらどうするのか。
これはもう。
フラに行って、直接兄弟を説得してから穏便に帰る方が得策だった。
少し前までは、ロアアールを逃げ出してフラに行きたくてしょうがなかったウィニーだというのに、いまはこうしているのが憂鬱で仕方なかった。
世の中とは。
本当に皮肉なものである。