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フラの愛

 大任を果たし、ようやく遠征軍をフラに引き連れて帰ったスタファを待っていたのは、領民の最高の出迎えと勝利の美酒だった。


 お祭り好きな民衆たちは、ここぞとばかりに飲めや歌えの大騒ぎで、帰還した兵士たちを祭り上げている。


 領地全体が高揚し、それは素晴らしい経済効果も生んだ。


 そんな日々が、緩やかに平常に戻りかけていた頃。


 スタファは、兄に呼び出しを受けた。


 岩は岩でも白亜の岩で白を基調にして作られた、壁の少ない開放的で明るいフラ建築の公爵邸の中。


 色とりどりの花の咲く中庭を見ながら、長い廊下を歩いて兄の部屋にたどり着いたスタファは、長らく幸福だった戦勝気分を、見事に台無しにされた。


 籐で編まれたの風通しのいいソファは、柔らかくというよりはしなやかに彼の背を支えてくれるが、心の中まで風を通してはくれなかった。


 あの王太子が、王太子を降りてロアアールに婿入りするという報せが、イスト(中央)から届いたのである。


『どちらに』婿入りするかは書いてなかったが、スタファの脳裏にウィニー以外が浮かぶはずもなかった。


「思い切ったことをしたものだな」


 兄のカルダは、苦い表情で短い感想を述べる。


「余計なことをした、の間違いだろう? あのボンクラは、ウィニーをどこまで苦しめたら気が済むんだ」


 短すぎて、逆に腹立たしい気持ちを覚えながら、スタファはそれでも兄に対して抗議の気持ちは抑えた。


 この怒りは本来、王太子に向けられるものであることと、兄がこの事態を軽く見ている訳ではないことくらい、最初から分かっているからだ。


「この、王の名の入った決定事項に抵抗するには、全公爵のサインの入った反対証書を出すしかない」


 その通りで、兄は既に対応策を考えている。


 前代未聞の出来事であることは、スタファにだって分かる。


 他の公爵たちの反発する余地は、そこに十分あった。


 王太子に側室を上げている公爵もいるし、ロアアールとイストが強く結びつくように見えるこの婚姻をよく思っていない公爵もいるだろう。


 フラとは、違う理由で構わないのだ。


 全公爵が、望まない婚姻であることをイストに強く突きつけてやれば、多少の揺らぎは起きるだろう。


 一瞬、スタファはそこに光明を見出しかけた。


 だが、首を振った。


「兄上、それでは弱い。全公爵に反対されて、はいそうですかと引く人間じゃない」


 スタファは、次男坊である。


 次男坊ゆえに立場上、兄ほどイストとのしのぎ合いを見ることも、体感することも出来なかった。


 だが、王太子という人間だけは、間近で見ることが出来たのだ。


 いくら力の強い公爵全員が抗議文を突きつけたところで、虫が通ったくらいにしか思わないことだろう。


「正攻法で出来ることは、これが精一杯だ。だが、ウィニーを守るだけでよければ、もうひとつ方法はある」


『正攻法で出来ることは』の部分に、兄は強い響きを置いた。


 スタファは、皮膚にまとわりつくぬるいフラの空気をそのままに、兄の方へと身を乗り出した。


 正攻法ではない何かで、ウィニーが守れるというのだ。


 それは、決して外には漏らしてはならない守秘事項。


 そう感じると、自然に身体が前に傾いだ。


「ウィニーという人間を……ロアアールから消してしまうんだ」


 兄の唇から出た言葉は、落ち着いていて静かだった。


 そのおかげで、スタファはその意図を心を乱さずに考えることが出来たのだ。


「分かった。ウィニーをフラにさらってくるんだな」


 王太子という人間に、ウィニーは殺されかけた。


 本当に、死んでいてもおかしくはなかった。


 彼女がいるから、あの男は固執するのであり、ロアアールに婿入りするなんて馬鹿げたことをいうのだ。


 ならば、ウィニーがいなくなればいい。


 誰もが反対する、婚姻の準備中である。


 ウィニーを排除したいと思っている人間が、探せば出てくるまさに今が好機だった。


 誘拐されたか、殺された。


 永遠に現れることのない行方不明にすればいい。


 そして、行く当てのない彼女を、フラに連れてくればいいのだ。


 木を隠すなら森の中。


 赤毛を隠すなら、フラほど適した場所はない。


 兄ならば、ウィニーを悪いように扱うことはないだろう。


 肩書きを捨てた彼女は、兄の正妃になることは出来ないかもしれないが、逆に肩書きにしばられないところへ嫁がせることが出来る。


 あの男に一生虐げられるより、それはどれほど幸福だろうか。


 スタファは、強い意志を込めて兄を見た。


 兄もまた自分を見て、小さく頷く。


 彼らの、腹は決まった。



 ウィニーを──守るのだ。




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