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公爵の仕事

 二つの贈り物。


 レイシェスにとって、それは悪魔の贈り物に見えた。


 姉妹でひとつずつ、好きな方を選べ。


 贈り物のひとつは、財宝。


 ロアアールの、年間税収にも匹敵するその目録は、レイシェスの心を動かしはしなかった。


 くれるというのであれば、有用に使わせてもらう、くらいの話だ。


 しかし、もう一つの贈り物は、『人』だった。


 肩書としては、王の二番目の息子となっていた。


 その王子を、ロアアールの姉妹どちらかの婿として、贈るとなっていたのだ。


 何と馬鹿げたことを。


 レイシェスは、呆れかえった。


 ただ、呆れただけだった。


 どうやってあしらおうかと考えながら、もうひとつ届いたイストからの書状を開けたのだ。


 こちらも、王の署名による重要な通達書だった。


 そして、レイシェスは愕然としたのだ。


 そこには、こう書いてあったのだ。


 現王太子を廃嫡する、と。


 二番目の息子から、三番目の息子に王太子が代わることが、事務的な言葉でつづられていたのである。


 刹那。


 あああああああああああ。


 彼女の心の中で、獣が吠えた。


 自分の中に、こんな猛々しい生き物がいるなんて思ってもみなかった。


 王太子は──いや、『あの男』は、王太子をやめたのだ。


 王太子という地位を投げ捨て、ロアアールに婿に来ると決めたのである。


 あの時。


 彼は、贈り物をすると言っていた。


 それは、自分自身のことだったのだ。


 どうやって、父である王を説得したのかは分からない。


 しかし、本人が『次の王になる気がない』という意思を告げれば、王も無理に押しとどめておくような人間とは思えなかった。


 この国にとって、何らかの益を示せば、交代は厭わないだろう。


 何らかの益。


 その取り引きに、あの男はロアアールを使ったに違いない。


『ロアアールを乗っ取る』だったのか『ロアアールを従順にする』だったのかは、分からない。


 しかし、それに近いことだったのではないかと、レイシェスは推測した。


 王太子を捨ててまで、この地に降嫁ならぬ降婿するというのだ。


 王家の威信に賭けても、絶対に向こうは断らせる気はないだろう。


 しかも。


 次の公爵である、レイシェス自身の夫でなくともよいと言っているのだ。


 そここそが、あの男が狙っている部分なのだと、痛いほど分かる。


 ウィニーだ。


 欲しがっているのは、彼女の妹。


 これまで、あの男はずっと、ウィニーに固執してきたではないか。


 贈り物は姉妹で分けろなどという戯言が書状には書いてあるが、彼は最初から贈り物は妹に送ると言っていた。


 レイシェスの名が載っているのは、王太子だった男を婿に出すのに、ロアアールの公爵となる姉を無視するわけにはいかなかったからだろう。


 こちら側が、ウィニーの婿にと選択すれば、それで丸くおさまるとでも言わんばかりに。


 更に、ロアアール側としても、面目躍如だろうと言われている気がした。


 元王太子を爵位も継がぬ妹の婿に降ろさせたという、対外的な優位を示せるのだから。


 それは、どれほどの威光を放つことだろうか。


 たとえその裏に、どれだけのドス黒い計算が渦巻いていようとも。


 レイシェスは、書状を見つめたまま静養中のウィニーのことを思った。


 これまで、妹はどれほど王太子のために、その小さな身を張っただろうか、と。


 向こうが、妹に固執しすぎていたため、レイシェスではどうしようもなかった。


 だが。


 彼女の瞳に、炎が生まれる。


 それは、怒りでもあり、身体の奥底から湧き上がってくる、ロアアールの血の力でもあった。


 だが、今回は違うではないか、と。


 姉妹のどちらでも、好きな方を選べと書いてあった。


 その戯れを、逆手に取る手が、ひとつだけあったのだ。


 レイシェスが、あの男を婿にもらうこと。


 彼女自身の手で、夫になるあの男を、半ば幽閉する気で制御すれば、これ以上、妹を苦しめることはない。


 ロアアールと妹のことを考えると、もはやそれしかないと考えたのである。


 たとえこれが。


 意識の中に、赤い髪の男がよぎる。


 彼女に向かい、優しく微笑みかけてくれる男。


 たとえこれが、自分の望む結婚でなかったとしても。


 レイシェスは、頭を打ち振った。


『自分は、ロアアールの次の公爵である』と、言い聞かせる。


 最初から、結婚もその中のひとつに過ぎないのだ。


 ロアアールと妹を犠牲にしてまで、優先する『私』などない。


 ああ、ああ。


 だからと言って、決してイストを憎むまいと、レイシェスは心の中で悲痛に叫ぶ。



「ウィニー……私は、贈り物である『あの男』を、婿にもらうことにしたわ」



 これを、好機とするのだ。


 これを、ロアアールの最大の強みにするのだ。


 そのために、自分はこの選択をするのだ、と。



 これこそが──公爵の仕事。




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