因果
「隣国からの侵攻が、始まりました」
母についての処理が終わるや、レイシェスの元に軍部からそう伝令が入った。
都に、四つの書状を送ったばかりだ。
一つは、母の返事の訂正。
二つ目は、父の死の正式報告。
三つ目は、援軍の要請。
最後は、レイシェスの公爵就任の認可を求めるもの、だ。
「分かりました。皆に喪章をつけるように通達して下さい」
もはや、領民にも父の死を隠す必要はない。
民も軍人も、みな喪章をつけて、父の死を存分に悼むのだ。
ただし、軍人はその手に剣と盾を持ったまま。
黒い腕章をしたロアアールの兵士たちは、その出で立ちのままで敵と戦うのである。
正午には、全ての町で悲しい鐘を打ち鳴らす手はずは整っていた。
その鐘が鳴った後、やっと父を埋葬することが出来る。
山の雪を集め、その中で凍ったまま眠る父を。
本来、公爵であれば壮大な葬儀が行われて然るべきだ。
他の地ならば、おそらくそうだろう。
しかし、ロアアールの公爵の死は、外交的駆け引きの重大な材料でもある。
悠長に葬儀に時間をかけられないのは、この地の公爵になった日から、先祖全てが理解していることである。
父も、そんなことで恨み言など言うことはないだろう。
そして、いつかレイシェスもそうなるのだ。
母は既に、この屋敷にはいないため、ウィニーと二人で見送ることとなる。
初めての戦い。
まだ、軍を掌握するという意味では、レイシェスもウィニーも知識・人徳の両方が足りていない。
そんな中、不安にならずにいるのは難しいだろう。
だが、妹はいま懸命に勉強をしてくれている。
軍事方面の家庭教師を、つけて欲しいとまで頼まれたのだ。
幸い、護衛の補佐官が、その任を買って出てくれた。
いま、常に妹に随行しているだけに、最適任者だろう。
苦手なもののひとつを、妹が請け負ってくれたことは、レイシェスの不安をほんの少し軽減してくれる。
これをきっと、『心強い』というのだろう。
足りないものを、姉妹で必死に埋める。
問題は、時間の神がそれを許してくれるかどうか、だ。
いま現在、侵攻が始まったのは事実。
前の侵攻を知る将軍たちが揃っているとは言え、この世に絶対はない。
こちらが必死なように、向こうもまたロアアールを突き崩して、鉱脈豊かなこの地を手に入れようと命を賭けて侵攻してくるのだ。
カーン、カーンと領地に鐘が鳴り響く。
正午だ。
父の死を告げる鐘の音だ。
レイシェスが、音を見ようと窓の方を向きかけた時。
せわしないノックに意識を取られる。
「火急の書状を、お届けに上がりました!」
鐘が鳴り終わらぬ中、それは届けられた。
※
これは、何の因果だろうか。
レイシェスは、書状を握りしめたまま、もはや鐘の音もしない静かな空を見上げた。
過去、ロアアールを作ってきた人たちも多く関係しているだろうし、彼女が都へ行ったことも関係があるだろう。
勿論、ウィニーも関係しているし、そう考えれば、あの母や父、祖母もその因果に入っている。
書状の差出人は、カルダ・フラ・タータイト。
フラの公爵だ。
王の認可も入っているその書状には、フラからの援軍三千が、すでにロアアールとロアの境界にて、待機中である旨が書かれていた。
援軍を率いているのは──スタファ・フラ・タータイト。
この書状に書かれている事務的な文字は、レイシェスに実に多くの事を考えさせた。
これほど早く、フラから援軍をロアまで移動させるには、相当な時間がかかる。
王の裁可も、本来であればこんなに早く取ることは出来ないだろう。
ということは、フラの公爵はまだ王都にいる内から、この手はずを整えたに違いない。
レイシェスが、ロアアールに帰った後すぐに、御前会合で進言したとしか思えなかった。
そしてスタファ。
彼もまた兄の命によって、すぐに動いたのだろう。
過去のロアアール遠征の時のように、騎馬隊のみで編成したに違いない。
ああ、ああ。
人の顔が、レイシェスの脳裏を巡る。
フラの公爵、スタファ、祖母、ウィニー。
そして、頼もしいロアアールの将軍たち。
戦いに、絶対はないとレイシェスは分かっている。
なのに、どうしてか。
心強い味方のおかげか、ないはずの『絶対』がそこにあるように思えてしまうのだ。
レイシェスは、入り口に控える伝令に向かって、ゆっくりと振り返った。
「フラの援軍の、入領を許可します」
喪章の数を──増やさなければ。