召集
「召集?」
ウィニーは、格闘していた本から視線を上げた。
「はい、緊急の会議だそうです」
彼女についてくれている軍の補佐官は、静かにそう復唱した。
緊急の会議。
いい響きではない。
何か大きく事態が動いて、姉だけでは判断できなくなってしまったのだと、その言葉は語っているのだ。
そして。
その会議に、自分が呼ばれていることに、身が引き締まる。
姉が、期待をかけてくれている──そう感じた。
だが。
それは、少し意味合いが違ったのだった。
※
親族と、筆頭のハフグレン将軍のみが公爵家に召集されていた。
この時期、防衛に奔走している将軍全員を、ここに集めるのは大変なのだろう。
議題は、『公爵夫人の処遇』だった。
公爵夫人、それは母のことだ。
会議で大暴れした件だろうかと、ウィニーは前に聞いた話を思い出していたが、そんな悠長な話ではなかった。
「母が、妹を王太子の側室に欲する書状に、相談なく了承の返事を送っていました」
目の前が真っ暗になるとは、このことだ。
上から下まで大変なロアアールに、そんな悠長な書状を送ってくる王族も王族だが、勝手に答えた母も母である。
しかも、あの王太子の側室に、だ。
これぞまさしく、『想像もしていなかった』事である。
頭を軽く振って意識を取り戻すと、ウィニーははっと周囲の様子を見た。
親族もハフグレン将軍も、苦々しい表情を浮かべている。信じられないと、頭を左右に振っている者さえいる。
だが、同時にウィニーはホッとしたのだ。
姉の出した議題が『公爵夫人の処遇』だと、最初に知らされていたおかげである。
母のこの身勝手な所業を称える意味合いは、そこにはない。
むしろ、逆。
すなわち、姉はこの事態により、母を処断しようと考えているのである。
あの母を。
議場に召集されている者たちの表情を見ても、それは明らかだ。
誰ひとりとして、ウィニーが王太子の側室に上がることを望んでいる者はいなかった。
「母にはこの屋敷を出て頂き、南の静養地にて隠居させようと考えています」
言外に、公爵夫人としての全ての権利を剥奪すると含んでいる。
これまでの母の行動は、目に余るものがあったのだろうが、これがとどめとなったのだろう。
誰ひとりとして、姉の言葉に異論をはさむ者はいなかった。
この家から、母が出て行く。
それは、ウィニーにとって驚天動地に等しいことだった。
母は、永遠にここに住むだろうと彼女は思っていたし、普通ならばそれが揺らぐことはなかっただろう。
しかし、あの冷静な姉がこんな決断をしてしまうほど、ひどい状態になっているのだ。
正直に言おう。
ウィニーは、姉の決断が──嬉しかった。
実の母を追い出すと言われて喜ぶ娘など、親不孝者以外の何物でもない。
しかし、姉が初めて自分を守ってくれたのだ。
これまで、二人は母の支配下にあった。
その支配の鎖が、ついに断ち切られたのである。
それを、どうして喜ばずにいられようか。
そんな姉の愛に応えるには──姉とロアアールに尽くすしかない。
ウィニーは、そう心に強く決めたのだ。
「都には、私から母の書状の取り消しを、急ぎ送ることとします」
満場一致で母の処遇が決まった後、姉はウィニーの方を一度見てから、しっかりとした声音でそう言った。
『あなたを、王太子の側室に送ったりしません』
そんな頼もしい声が、聞こえてきそうだ。
それで、全てが丸く収まったかに、見えた。
親族でありながら、軍属でもある者が手を上げて、発言を求めるまでは。
「しかし、我々は初期防衛体勢の完了後、公爵閣下の死を都に正式に知らせると同時に、イスト(中央)に援軍を要請する予定のはずです」
ここまでの話は、ウィニーも把握している。
ほんの少し前に、軍の補佐官から説明を受けていたのだ。
援軍を要請したということを内外に示すことにより、異国に対する牽制をするのだと。
「その事も考えると妹君の件の返事は、すぐに断られるよりも、しばし濁して延ばされたらいかがかと」
要するにさっさと断ってしまうと王が不快に思い、援軍をしぶられる可能性があるので、ロアアールが落ち着いてから正式に断る方がよいと進言しているのだ。
もっともな話をしているようで、ウィニーにはいい策には思えなかった。
何故ならば。
王太子という人間を、間近で見たからだ。
向こうは、こちらの内情を知っている。
なのに、父が死に、地域の安定に奔走しているこんな大変な中、側室などというふざけた書状を送りつけてきたのだ。
絶対、わざとだとウィニーは確信していた。
自分がそう思うのだから、聡明な姉ならもっと強くそれを感じているに違いない。
ぱっと姉の方を見ると、彼女はゆっくりと机の上でその細く長い指を組んだ。
「それとこれとは、別です」
凛と、声が議場に響き渡る。
「妹が側室に上がろうが上がるまいが、この国にとってロアアールが防衛の要であることには揺らぎありません。ロアアールが崩れれば、この国の安寧など決して訪れないのですから」
幼稚な嫌がらせで、国を滅ぼす馬鹿などいない。
誰もが異を唱えることのない論理に、室内は水を打ったように静まり返る。
そんな中。
ウィニーの脳裏に、あの王太子がよぎった。
幼稚な嫌がらせで国を滅ぼす馬鹿。
ウィニーの中では、彼がその形容詞に一番ふさわしい男だった。




